ザ・ダイアモンドDAYS


ちゃん、そろそろ起きなさい。」
コンコン、とドアをノックする音に起こされて体を起こすと何と時刻はすでに10時半を回っていた。

昨晩食べた大量の天ぷらと蕎麦を消化するために体がいつも以上の睡眠を必要としたらしい。

ベット脇に置いた牛乳瓶メガネを掛けて洗面所まで歩く。
顔を洗ったら何よりも先にコンタクトレンズを入れて、少し化粧をした。

昨日寝る前に悪友から受信したメールは昔一緒にテニスをやっていた新藤大輔からだった。
半年前から彼女がいるようで、来週誕生日の彼女へのプレゼント選びに付き合ってくれという内容だった。

午後2時から4時までという約束でOKした。


「ママ、昨日のミュージカルどうだった?」
私は母親のことを心の中で「お母さん」と呼んでいる。でも本人は「ママ」と呼んでほしいらしい。
高校時代にイギリスに留学していた話を聞いた。きっとそのころに「ママ」という響きに感動したのだろう。

「とっても良かったわ!ねぇ、パパ。」
お父さんの方に手を置いて見詰め合う2人、相変わらず万年新婚カップルだ。

ちゃんもパパのような素敵な人彼氏にして紹介してね。」
「期待せずに待ってて。奈緒は?」

「部活に行ったわ。今日は午後から不動峰中と秋川運動公園で練習試合ですって。」
「へぇ。」

秋川町、これから大輔と行くところじゃないか。帰りに迎えに行きがてら寄ってみよう。

妹、奈緒は女子テニスが有名な都立最上第五中学校へ通っている。
中学からテニスを始めた奈緒の素質はメキメキ開花して、2年ですでにレギュラーの座を掴んだ。

現在彼女が使っているラケットは3本すべて昔私が使用していたものだ。
姉妹2人でテニスやバトミントンをしているのは大のスポーツ好きのパパの影響かもしれない。
スポーツのためならどんな高いラケットもシューズも買ってくれるから娘の私たちからしたらありがたい事なのだ。




「いってきまーす。」
13時過ぎには家を出た。待ち合わせ場所に行くとすでに待っていた大輔に久しぶり、と挨拶をして町を歩き出した。

2時間歩いて結局、一番最初に入った雑貨屋さんで猫の可愛い置物をラッピングしてもらった私たちは、その後秋川運動公園へ移動した。
テニスの試合と聞いてほうって置く大輔でない。言えば、必ずついてくると分かっていた。


「奈緒ちゃんはもう第五中のレギュラーか。すごいな。」
練習試合はもうダブルスが2組終わっていて、第3シングルスが始まるところだった。
コート内に立つ妹の姿を見つけて立ち上がった。

「奈緒ー!がんばれ!!」
「お姉ちゃん!?」
何でいるの!?と驚いた表情を見せた妹は、次の瞬間には「任せといて!」とVピースを返してきた。


「やっぱり、似てるなお前たち。」
「そんなこと今まで言われたことないよ。」
「いや、顔とかじゃなくてさ。お前も昔、テニスやってたときはあんな表情してたよ。」

「私が辞めるきっかけになったあんたがそれ言う?」
「いや、悪い。」

「今はね、バトミントン本当に楽しいんだ。テニスに未練はないし、大輔のこと恨んでもないし。」

そっか、と少し苦い顔をした大輔にシャキッとしなさいよ、って一発背中に入れてやった。

大輔の学校は、来週から始まるテニス地区大会第2戦で青学と対戦する。
青学と当たる、イコール全国の夢は断たれると、有名でもないテニス部に所属する部員は誰もがそうゆうシナリオを描いている。
大輔は昔私とミックスダブルスを組んでいた。でもシングルスに転向した。それは彼の希望であり、テニスクラブのコーチの希望でもあった。

一方、まるでシングルスに向かなかった私は、パートナーを失ったことでテニスを諦めた。
大輔以外のペアなんて、と突っ張ったことも理由だった。

テニスラケットを捨てたとき、久美子と知り合ってバトミントンをやり始めたのだ。






大輔はシングルスに向かない選手だった。弱いわけじゃない、ただ、向いていない。
中学も普通の学校に進んで、テニス部に入ったらしいけど、昔のようにちゃんとトレーニングをするわけじゃない。遊びのテニスプレイヤーになった。
別に悪いことじゃない。弱くたってテニスを楽しむ心さえ忘れなければ、立派なテニスプレイヤーなのだから。

「シングルス2だっけ?」
「おう。勇敢に負けてくるぜ!!」
清清しい顔で言った大輔に「うん。精一杯やって負けて来い!」って笑った。青学から誰がシングルス2に出るかは知らないけれど、大輔、その人といい試合ができるといいな、そう思った。

シングルススリーの試合が始まって40分、6−3で勝った妹に拍手を送った。
「私、このあと妹と帰るから。」
「おう、また連絡する。」
「うん。彼女…由理亜ちゃんによろしくね。」

大輔と別れて、すぐにお母さんに奈緒が勝った旨をメールで連絡した。
これで、肉じゃがが予定だった今夜のご飯は、おめでとうお祝いにローストビーフに大変身だ。



続いて新しいメールを立ち上げた。テニス部の地区大会第2戦、いつある?と菊丸君に送信したのだ。時間が合えば大輔のかっこいい負け姿でも見に行こう。

数分後帰ってきたメールには来週日曜、午前10時から、と書かれている。

テニス部の地区試合はバトミントン部より早く始まっているらしい。





塚本先生が休みをくれることを祈った。