ザ・ダイアモンドDAYS


キーンコーンカーンコーン、と響くお決まりのチャイムに意識を叩かれて、机に突っ伏していた顔を上げた。

ヤバイ、寝てしまったと大慌てで顔を上げると、何とクラスに誰もいない。

まさか、と時計を見れば何と12時15分。さっきのチャイムは4時間目終了の合図だ。
今日の4時間目は科学、みんな科学室へ移動したのだろう。

まだはっきりしない頭をできるだけフル回転させてみた。
最後の記憶はたしか、朝練をあがって早めに教室に来た菊丸君と夏休みについて話していた時のこと。「さん、おはよう。」と美奈子の前の席の不二君が挨拶をくれた。

すでに眠さも極限に差しかかっていた私は「あ、うん。」とまともに挨拶も返さずそのまま机に体を預けた。
つまり朝のショートホームルームから今まで4時間ぶっ通しで寝ていたというわけだ。




「ああ!!やっと起きたな!」
科学室から帰ってきたクラスメイトの男子が笑った。

「あ、起きたー!もうお昼だよ!」
「ごめん、サボった。」
呆れ顔の親友は軽くため息を吐いて、授業で配布されたプリントを渡してくれた。

「今日は1、2限が自習だったからラッキーだったね。3限の塚本先生には『日ごろの疲れで今日は死んだように寝てます。見逃してあげて!』って言ってあるから大丈夫だと思うよ!」
塚本杏子先生は私が所属するバトミントン部の顧問で、体育の先生。
まだ若くて、生徒の気持ちをすごくよく分かってくれる先生だ。

部活の時間になると鬼のように怖くなって、普段の温厚さを残さないほどに人格が変貌するので、久美子は『ジキルハイド先生』なんてあだ名をつけている。

今日の部活の時間に釘を刺されないといいな、冷や汗を掻いた。






「おはよう、さん。」
「おはよう、不二君。今日2回目だね。」
「はは、そうだったね。」
私の横に座る菊丸君の席に腰をかけた不二君が覗き込んできた。
菊丸君は授業の後そのまま購買にでも行ったのだろうか。


不二君、この人はこうやって誰にでも優しいんだろうな、と私は推測している。
カッコいいらしいという噂は1年のころから聞いていたし、実際に、容姿とその性格のよさで女の子にも大人気だ。
噂どおり、本当に性格がいいことは今年クラスが一緒になって知った。


バトミントン部の女子、特に1,2年はみんなテニス部の男子メロメロ。
グラウンドを外周しながら、見ているのはテニス部ばかり。でもその気持ちはよくわかる。

テニスやってる男の子って、何故かみんなカッコよく見えるんだよね。

先輩、菊丸先輩と委員会同じなんですか!?うらやましい!!』
そう後輩に何度言われたことか。

ちゃん、お目覚め!?」
パンが入った袋を3つと、ジュースパックを持ってものすごい勢いで帰ってきた菊丸君の溌剌さを分けてほしい、と言えば不二君が笑った。























中庭の芝生に移動して、お弁当を広げれば、自分から言い出さずとも必ずといっていいほど幸子が話題を切り出してくる。

「それより、昨日また呼び出されたって話は?」
「また、ごめんなさい&さようならに決まてるよね、。」
幸子の質問に美奈子は私の反応を待たずに答え返した。

「それがさ…。」
いつもと違う私の様子に目を見開いた2人に、一つ大きなため息を吐いて昨日あったことを話し始めた。

幸子のリアクションは予想したとおり、大爆笑。未だかつてない大爆笑に、周りで昼食を取っている生徒達の注目が私たちの方へ向けられた。
美奈子は「馬鹿じゃないの。」と言いたげに額に当ててさっきの私のため息より大きなのを二つついた。


「でも謎よね。がテニスしてたのって小4まででしょ?のそんなレア情報知ってる人あんまりいないと思うんだけどな。」

「うん。行ってたクラブに私の小学校の子いなかったし、テニスのこと友達に話したこともあんまりなかった。」

「顔は見えなかったけど声は聞いたんでしょ?知ってる声だった?」
「それが、相手も走って来たみたいで声あがってて。私もちょっとパニックだったから覚えてないんだよね。」 
なるほどねぇ、と考え込んだ美奈子はアロエドリンクを一気に飲み干し、缶を机に置いたと同時に閃いたように言った。
「そうよ、簡単じゃない!!テニスつながりでを知っているなら、テニス部かもよ?」 

「ありえるね、それ。」
私より興味津々そうに話を進める2人はなんだかとても楽しそうだ。

「ねえ、バト部って土曜日は午前練だけだよね?午後テニス部の練習見に行ってみない?何がピンとくるかもよ?」
私も土曜は午前練だけだし、たまには彼氏の様子も見たいしね、と吹奏楽部に所属する美奈子が言った。


「…2人も来てくれるなら。」
「「喜んで。」」

その日は、午後の授業もぼーっとすることが多くて、昨日の「彼」を考えては無意識にシャープペンシルを手の中で回ことを繰り返した。

幸子の言っていたように、小学校でテニスをしていた私をよく知る人間はかなり少ないはずだ。

今、バトミントンで一緒にダブルスを組んでいる久美子はその一人。
彼女は私をテニスからバトミントンに転向させた張本人なのだ。

でも彼女以外に検討が全くつかない。
考えていてもしょうがないか。


考えても、閃かない。時間の無駄だと自分に言い聞かせて、6時間目最後の10分だけは、黒板に集中して無駄な思考が働かないように勤めていた。