ザ・ダイアモンドDAYS


「また上手くなったね、。」
「ありがとうございます!!」

青春学園中等部でテニスを始めて3年。最後の年で俺はようやくレギュラーの座を手に入れた。
3年間、地道に努力した。でもきっと自分の力だけではここまで上手にならなかったはずだ。
1年で入学したとき、の弟だと知って可愛がってくれた桃城先輩や、朝のランニングに毎日付き合ってくれた海堂先輩、
そして時間を見つけては練習後、今でもストリートテニス場で成果を見てくれる不二さんがいなかったら、レギュラーになんてなれなかった。



青学に通い始める1年前から姉さんと付き合っていた不二さん。二人が別れたのは2年前くらいだと思う。
姉さんが病院に運ばれて、登校拒否になったころ。
中学3年まで、数あるコンクールで入賞を逃したことの無い姉さんが、始めて予選で落選した年だ。


「不二さんは高校卒業したら大学へ行くんですか?」
「そうだね、それも考えてるよ。プロを目指すのはそれからでも遅くないし、大学でもっとやりたいことが見つかるかもしれないからね。」
姉さんと別れた後も、不二さんは俺の練習を当たり前のように見てくれた。

俺は今でも不二さんに会っていることを姉さんに話していない。
ようやく元気になった姉さんに不二さんのことを話したら、また、表情が曇ってしまうだろう。
最近またやっと賞を取れるようになったピアノにも支障が出るかもしれない。


「じゃぁ、。僕これから学校へ戻らなきゃいけないんだ。」
「はい!!どうもありがとうございました!」

そして不二さんは、姉さんのことを何も言わないし、聞かない。

この2人に何があって、なぜ別れたかは分からないけれど、できるならあのころの2人をもう一度見たいと思うんだ。



あのころの2人は今よりも、ずっとずっと綺麗に笑っていた。































、来週の土曜日のJAZZコンサート一緒にいかない?』
そんなメールが19時にから届いた。メールの内容を確認して、返信ボタンを押すことなく携帯を閉じた。

外はもう真っ暗だ。

先週から、日が沈むのがまた早くなった気がする。

普通ならこんな時間まで生徒が校舎に残っていることはない。
だけど、卒業アルバム製作が思ったより遅れていて、委員会担当の森高先生に特別に許可してもらったのだ。

私以外の担当者は、学校向かいのファミレスに夜ご飯を食べに行っている。
私はコンビニ袋でぶら提げたおにぎりとインスタントの味噌汁を持って校舎に戻った。


電気をつけても薄暗い廊下。2階の東棟突き当たりの教室に明かりがついている。
ファミレスに行った生徒が帰ってくるには早すぎる。アルバム製作委員会の委員長が来たらしい。





2人きりか。気まずいな。




そう思ったのは、私が今と同じクラスで、親友だからだ。
そっと教室の後ろ扉から中を除くと、不二君が椅子に座って何枚かの写真を机に並べている。
今中に入るか否か、悩んだけれど足はすでに教室への一歩を踏み出していた。

「…素直じゃないよね。」
はっと顔を上げた不二君に、私は苦笑した。

「それ、全部の写真でしょ?」
はぁ、っと観念のため息を吐いた不二君は手を額に当てて、天井を仰いだ。

、やっぱり変ったよ。この写真、高1の春?今より全然いい顔してる。」
「…。」

「…本当に、2人とも素直じゃないよね。」



不二君の趣味は写真を撮ること。
そんな事を知る中学からのクラスメイトが、高校の卒アル委員はまた不二君がいいのではないかと推薦したらしい。

中学でも卒業アルバム作りに参加していたということで、勝手の分かっている彼は一応、委員長。
イベントがあるごとにカメラを持ってきてもらって取った写真。
アルバム用の写真を一番多く提供してくれているのは間違いなく不二君だ。





「あー!!!やっと終わったぜ!待たせて悪いっ!もう金ちゃん今日も相変わらず厳しくってよ!!」
の昔の表情を写した写真を一枚手にとって見ていた教室に唐突に響いた声は9組の斎藤。
この万年元気君もアルバム製作委員会の一員。
今日はどうやらと斎藤のことを指導している他校の先生が学校に来ている日だったらしい。


普段なら、はもう帰った?と聞きたいところだけど、不二君の手前スルーした。
「おつかれー。冬のコンサートまでガンバレ。」

「ま、楽勝、楽勝。」
あまりにも当然のことのように言う斎藤の発言にカチンときたのはきっと私だけじゃない。

「何よその余裕!今度はが勝つわよ、絶対。」




一瞬、斎藤の周りの空気が変ったような気がした。まるで子供をいじめる大人を見るような、蔑む瞳で、斎藤は私を、そして不二君を睨みつけた。

「お前らは、何も分かってねぇよな。」
「…斎藤君、それはどういうことかな。」
あくまで冷静な不二君に、斎藤は大きなため息を吐いた。


「あいつは…。は俺の目標だったピアニストだ。小学校、中学とあいつが出たコンクールに俺は必ずと言っていいほど一緒に出ていた。
毎回トロフィをもらうあいつに勝てたことは1度も無かった、高校1年の冬のコンクールまではな。
高校1年、夏のコンクールは怪我のためエントリーを取り下げ。
冬のコンクールはまるでアマチュアのような精神状態で結果は見事に最悪評価。
その時金ちゃん先生に拾われて、今では技術が戻ったように見えるけど、あんなの俺が目指したじゃない。
昔の子に比べたら全然だ。」


「でもは、今回準優勝した!そりゃ、斎藤には負けたけど、それはあんたが上手すぎただけで…。」

「ちげーよ。俺が上手かったからじゃない。子、あいつは今のままじゃ本当に自分が持ってる力100%出すことなんて無理だ。
この前のコンクールも80%出てればいいほうだっただろ。」

「どうゆうことよ、それ…。」

「あいつの音楽の趣味が変わったことは悪くない。新たな分野を学んで、知識も増えてる。
本人は技術も、知識も上達したと自分で思ってるだろう。だけど、それは勘違い。
自分でも気づいてないんだよ。あと20%欠けてることを。それにあいつが自分で気がつかないようじゃ、これから先一生俺には勝てねえよ。」

「その欠けてる20%って…。」
チラリ、と不二君のほうをみた斎藤は、壁に背中をついて天井を見上げた。

「…子、今のあいつにはあいつの音楽を『聴いてくれる人』がいないんだろ。
俺は自分のためにピアノを弾く。だけど子は違う。聴いてくれる人がいるからピアノを弾くことに意味があって、今まで生きがいにしてきたはずだ。
でも、その人物がいなくなったことで、音楽を作る喜びとか、やる気とかが本人の気づかないところで欠けてんだ。
お前らにわかるか?小学校からずっと、ずっと追いかけてた、勝手にライバル視して、いつか絶対超えるんだと思ってた同学年のピアニストが、
いきなり堕ちて、変って、自分よりも格下に転落してしまった俺の気持ち。張り合う前に、自滅されたんだよ。
不二。あまえとあいつの間に当時何があったのか知らないけど、このまま冬のコンクールで俺が努力もなしに勝つようなら、俺はおまえを一生恨むぜ。」

「…。」

「ああー!話したらすっきりした。お、これ子の写真じゃん!不二が撮ったの?かっわいい!!
焼き増ししてくれ!やっぱ今のあいつはミイラだよな、な?そう思わねえ?」

真剣すぎる顔つきから、いきなり「普通」のバカ斎藤に戻ったその背中に一発かました。

私のことじゃないのに、斎藤が言った、今のの状況を考えたら涙が止まらない。



ライバルとしてだけじゃない、こいつはこいつなりにを心配して、私や不二君に諭してくれたんだ。




「泣くな、。おれが泣かせたなんて知れたら俺が子に怒られるだろ?」






























その夜、アルバム製作は9時過ぎまで続いた。
明日は平日、今から帰って明日はまた7時に起きると思うとドッと疲れる。

あの後、ファミレスに行っていたみんなが戻ってきて、私も不二君も斎藤の話が無かったかのように普通だった。

帰り際、下駄箱で土足を取り出したとき、不二君が来て「一緒に帰らない?」って誘ってきた。
確かに、変える方向も一緒だし、「いいよ。」そう言って、私達は今、ライトアップされた街中を歩いている。

私の半歩前を行く背中を、2年前はこのポジションで毎日のように見ていたんだ。

ふと、不二君が立ち止まった。私の足も止まって、足元を見ていた顔を上げると、不二君が楽器屋のショーウインドウを悲しそうに見つめていた。


「3年前、ここでと知り合った。」
という名前を不二君の口から聞くのは2年前、学校から病院に運ばれるの名前を不二君が叫んでいたとき以来だ。

「この窓に飾られたクリスタルピアノを毎日見ている女の子に好奇心で声をかけた。」
今、クリスタルピアノなんてこの窓のどこにもない。
ソプラノからバリトンのサックスが4本綺麗に並べられているだけだ。

「付き合ってたとき約束したんだ。僕はきっとプロのテニスプレイヤーになって、はピアニストになって、2人の家にクリスタルピアノを置こう、って。」

不二君は私の相槌を求めるでもなく、まるで一人ごとのように言葉をつむぐ。
私はこの人の話を聞いてあげなくちゃ、そう思って視線を彼に向けた。


「あのころのはまぶしいくらいに笑う子だった。なのに今は…。
突き放せば幸せになると思っていたのに、結局、の心を本当に壊してしまったのはファンクラブの先輩じゃない、僕だった。」


泣いているのかな。髪の毛で隠れた表情は見えないけれど、声が震えているように聞こえた。

こんなとき、不二君と部内で仲のいい菊丸君だったらなんと返すのだろう。



「…このままでいいの?」
私たちはあと半年で卒業する。そのあと、進むのはみんなバラバラな道だ。

私は知ってる、この人が別れた後ものことずっと好きだったこと。
不二君はと別れた後も、彼女が出るコンサートやコンクールに必ず来ているんだ。

私は今年初めての舞台を見た。その会場で見た見覚えのある男の子。
その子も私に気付いて、内緒、と人差し指を口元に当ててジェスチャーした。

ステージよりずっと後ろのほうに座って、遠くから今までずっとを見ていた。


「不二君、本当にこのままで後悔しないの?」