ザ・ダイアモンドDAYS
『僕たちの関係、終わりにしよう。』
雨の日のテニスコート横。そんな台詞の直後、女の子がすすり泣く声が聞こえた。
部室へ歩いていた足を止めて、声がしたほうを見ると不二とちゃんの姿があった。
彼女は地面に座り込んで、声を上げて泣いていて、不二はそんな彼女に背を向けて立ち去っていく。
あまりにもショックな光景に目を見開いて、気づけば彼女の肩を支えていた。
『不二!!お前、なんのつもりだよ?!』
浴びせた罵声に反応をしない背中。
まだ包帯が巻かれている手を胸の前で震えないように支えているちゃんが惨めでならなかった。
その日、始めて部活を無断で休んだ。
雨で濡れたちゃんに、部室に置いてあったヨネックスのシャージを着せて、家まで送っていった。
『菊丸君、ごめんなさい。』
その言葉を最後に、彼女はあれから一週間学校に来なくなった。
『菊丸君、さんの様子最近どう?』
クラスが一緒のは、倒れているちゃんを見つけた第一発見者。
だけど病院には来なかったから、ちゃんはのことを知らない。
『…良くない。』
『そうだよね、あんな目にあわされたんだもんね。』
『いや、それより不二が…。不二が別れ話したみたいなんだ。多分そっちのほうがショックになってるんだと思う。』
『何…それ。』
俺の発言に驚きを隠せなかったらしいは、それから黙り込んでずっと考え事をしていた。
好きな人がいる高校に入学してたったの2,3ヶ月でこんなことになってしまって彼女はこれから大丈夫なのだろうか、そんな心配ばかりしていた。
不二がフリーになったという噂はあっという間に広がって、中学の時の様に、我こそはと告白する女子の姿がまた見られるようになった。
やっと学校に顔を見せたちゃんと廊下ですれ違った。
彼女はとてもやつれてしまって、あの綺麗な笑顔はもう表情に宿っていなかった。
不二と付き合っていた時とはまるで別人。掛ける言葉が見つからなかった。
不二に告白する女の子達の話はちゃんも耳にしているだろう。
そんな元彼を彼女は、一体どう見ていたんだろう。
2年前、怪我をして、退院して、学校復帰早々大好きだった人にフラれた私は、あれから1週間ずっと部屋に閉じこもっていた。
何でこんなことになってしまったのか、考えても分からないことが悔しかった。
一方的な別れ、突き放されて、私は雨の中で自分という存在を見失ってしまった。
何もやる気にならない。
毎日四六時中涙ばかり流れて、どんなに元気のいい曲を聴いても虚しくなるだけ。
両親も手の着けられない状況だった。
その閉じこもった一週間で、自分を見失った私の性格は天地の間のように変わってしまった。
何にでもポジティブに生きていたのに、何を考えても悲観することしかできなくなって、大好きだった明るい曲なんて吐き気がした。
持っていた楽譜は全部捨てた。
代わりに大量に買ったのは「絶望」や「破滅」「哀悼」という言葉がぴったりな悲しい曲ばかり。
不二周助にフラれて、1週間後学校に復帰した初日、誰に挨拶することも無く、挨拶されることも無く、休み時間一人でお弁当を食べていても何も思わない、そんな人形のようになってしまった。
不二周助という存在をシャットダウンした。
クラスの女子が不二周助の話をすると、大きくなっていた胸の鼓動も時を重ねるたびに動かなくなった。自分と彼が「他人」と思うことで彼の存在を自分の中から消していった。
そしてある日校庭で出会ったに聴かれた不二周助との別離について彼女に返した言葉は一言だけ。
『さんは、不二君にフラれた時どうだった?』
『…別に。』
辛かった、涙が止まらなかった、そう叫んでいた自分の感情を押し殺した。
私はばか者だ。大ばか者だ。
好きな男一人のために将来の可能性を捨てて、その信じていた人に捨てられて。何もやる気の起きない毎日。
学校に行って、授業を聞き流して、そんな虚しすぎる学校生活で、放課後の第3音楽室は私の泣き場所になった。
毎日毎日、そこに行っては悲しい曲ばかり弾いて、泣いて。
1年の冬のコンクールには間に合って完治した手だったけれど、結果は散々だった。
やる気のなさは見て分かるようなもので、審査員のコメントも厳しかった。
もうピアノなんてやめてしまおうか、そんなことを考えていたときに私を弟子に拾ってくれた今の先生を私は尊敬している。
中学3年のコンクールで彩林第付属高校に来ないかと声をかけてくれた正にその人、金本先生。
高校1年の冬のコンクールで散々な結果を出した私に最後の救いの手を差し伸べてくれた国際的に有名なピアニストだ。
『ずいぶん荒れたな。やり直す気があるなら個人的に教えよう。青学の音楽部に私の弟子がいる、斎藤だ。
あいつに言ってピアノを確保して置け、斎藤のついで、週1で青学まで出向いてやる。』
悩んだ末にもやめられなかったピアノとの付き合いを、また最初からやり直そう。
一つだけ、胸に宿った希望の光は消えることがなかった。次の週には斎藤という生徒を探した。
『ああ、お前がか!金ちゃんから聞いてる。
第3音楽室のピアノ使わせてくれって言ってあるからそこで練習しろよ。これから子って呼ぶからよろしく。』
そんなんで始まった斎藤との付き合いだけど、私が選んだ道は間違っていなかった。
金本先生に教わるようになってから、落ちていた腕も戻って、今夏は立派にコンクールで準優勝。
今年の冬のコンクールは斎藤に負けたくない。
上階にある第一音楽室から聞こえてきた斎藤のピアノの音を聴きながら、に週末遊びに出ようと、メールを打った。