ザ・ダイアモンドDAYS


「今日もいい天気だにゃぁ。」
10秒前に昼休みを告げるチャイムが鳴って、自前の弁当をもって教室を出て行く学生や、購買に走る生徒の足音、
机をくっ付けあう雑音で教室がガヤガヤする中、自分の席から校庭を眺めていた。

窓際の一番後ろの席は今まで座った席の中でも格別だ。
授業中、級友が何をしているのか人間観察もできるし、万一寝てしまっても最前列に比べて教師に見つかる可能性は低い。
今日もそう、この天下の秋晴れに負けて最後の授業はコックリいってしまいそうだった。


あまりの天気のよさに緩みきった緊張感は、もう部活の時間まで戻らないだろう。
一度大きく欠伸をして、そろそろ自分も購買へ向かうか、そう席を立とうとした時だった、
校庭を横切った見覚えのある女の子に気づいて、歩き出そうとしていた足が止まった。


りんだ。」
彼女の隣にはさんという女の子が付き添い、二人は校庭の脇に置かれたベンチのほうに向かって歩いている。
あそこでお弁当でも食べるのだろうか、そんなことを思いながらが親友に見せた笑顔を見て、ホット自分の心が息を漏らしたのに気づいた。

「本当によかったね、笑えるようになって。」















」という名前を聞いて、一番最初に脳裏に浮かぶのは、絆創膏だらけの両手で自分の体の震えを支えて、水溜りの上に泣き崩れた女の子の残像だ。
あれは紛れもなく、今校庭を歩くあの、という生徒と同一人物。

俺があの日、支えた体は本当に折れてしまいそうだった。
泣きに泣いていた彼女に掛ける言葉も見つからない、この子はまた普通に笑えるようになるのかな、と同情した。

不二とりんが付き合い始めた具体的な時期は分からない。
中等部3年の初めから、部活後のラーメンやカラオケに不二が付き合わなくなったから、2年がまさか彼女ができたのではと騒ぎ始めた。
そんな根拠のない噂は日に日に学内に浸透して、テニス部ファンクラブ、特に不二周助ファンクラブに所属している女子生徒を刺激していた。

ファンがいるのがいやなわけではない。ただ、ファンの中には過激な子もいて、テニス部男子はおそらく全員、彼女たちを全く迷惑に思ってないといえば嘘だった。
だけど学内で不二が女の子と密会なんて見せる素振りもなく、噂はいつしか風化していった。




そしてそんな噂があったことすら記憶からなくなりかけた3年の夏休み、学校整備の関係で隣町にある紅川四中のテニスコートを借りて練習したことがあった。
どこのコートを借りて練習するって前もって公にしてなかったから、ファンクラブの子にも見つからなくてとても静かな練習だった。
見学していたギャラリーは見たことのない顔ばかりで、男性も多くて新鮮だったから、あの日のことは今でもよく覚えている。
ウォーミングアップも始まって、練習トーナメントが始まる直前、俺と「河村VS海堂」のシングルスを見にそちらのコートに歩いていた不二が、
前方で控えめに手を振る女の子を一人見つけて駆け寄った。


、来てくれたんだ。」
「ピアノの練習、早めに終わったの。」
後方でこんな短い会話を聞いていただけだけど、本人に確認する前に二人が付き合ってるんだろうことは簡単に想像がついた。
だって何ていうか、空気が甘すぎだよ不二。

もうその日の不二ったら絶好調で、手塚とのシングルスで4セット奪うし(他の対戦相手にはもちろん圧勝。)、
タカさんと組んだダブルスで俺たちゴールデンペアをかなりのとこまで追い詰めるし。


、今度の地区大会応援に来ないか。がいたほうが不二もやる気になるみたいだ。」
なんて幼馴染だという手塚に言わせちゃうくらいあの日の不二は彼女のおかげで絶好調だった。





部活後、みんなで夕飯を食べに行くことになって、麺屋でたまたま彼女の左側になった俺に、彼女の反対に座る不二から、
「英二、この子僕の子だから、手だしたら承知しないよ。」って悪魔の微笑みで、
青学レギュラーにが本当に彼女なのだと不二本人によって公にされた。


夏が終わって、秋が来て、が青春学園のテニスコートに来たことはなかったけれど、
クリスマスの話題やバレンタインの話題を話すとき、まだ彼女と付き合ってるらしい発言があったから、続いてるんだなとみんな微笑ましく思っていた。

彼女が青学へ来ない理由は分かる。

おそらく不二がそうさせているんだろう。
俺が不二でも、彼女には自分の学校へ来るな、って言っただろう。




















「英二、今日は購買行かないの?」
不意に脇から聞こえた聞きなれた声に、一瞬肩がこわばった。

「あ、行く行く。不二は?」
少しあわてた俺の様子に気付いた不二は、校庭のほうに目を細めての姿を確認したようだ。
でも何も言わないし、何も態度に出さない。

「僕は・・・そうだな、久しぶりにマドレーヌでも買いに行こうかな。」
「よっしゃ、じゃあ決まり!」
不二とは中学3年のときも同じクラスだった。そして高1と高3年でまた同じクラス。
腐れ縁とでも言うべきだろうか。長く一緒の空間にいるだけあって、不二のことは自慢じゃないけれど他の人間よりも少しよく分かる。

何も感じていないように振舞っているけれど、きっと内心では深く深く傷ついているんだ。
その傷はもしかしたらのものより深いかもしれない、もっと痛いのかもしれない。




誰にも何も話さずすべてを自分で処理しようとしている不二は、強いけど、哀しい。



先週の始業式、俺たちテニス部に続いて、表彰式の壇上に上がったりんの背中を、まっすぐ、
目をそらすことなく見ていた不二の背中は小さくて、今にも泣き出してしまいそうだった。







「不二、今日の午後シングルスで勝負にゃ!」

そして不二を元気付ける方法がテニス以外に見つからない俺は、とても弱い。

りんのこと、話してよ。聞くからさ。』

こんな短い文を言えない自分が、とても非力に感じられるんだ。