ザ・ダイアモンドDAYS


ー!!」

ガラガラ、と勢いよく教室の扉が開いて、私の名前を呼んだ声の主はいつものように、窓際前から4番目の私の席に駆け寄ってきた。

「おはよう、。」
「なんだかんだ久しぶりだね!のコンクールの日以来。」

関東ピアノコンクール、高等学校の部は今年も例年通り夏休みに開催されて、
音楽部に所属してピアノをひたすら弾いている私はこの2年連続で出場した。
音楽部というのは吹奏楽部にもオーケストラ部にも軽音部にも所属しない音楽好きの人間が集まる部活で、
私が1年のときには部活として認められておらず、「音楽クラブ」という名前だった。
隣の組で部長の斎藤将太が言うには、音楽をエンジョイするモットーさえ持っていれば何でもありの部活なのだ。

「今さらだけど、応援に来てくれてありがとう、心強かった。」
「何水臭いこと言ってんのよ、あたりまえでしょ。」

「2人は本当に仲がいいんだね。」
私たちのやり取りを見ていた私の後ろの席の河村君が眉を下げながら笑った。
菊丸君に聞いた話、彼は3丁目にある河村寿司の当主の息子なんだとか。

「なんだかんだ理系学科たった2人の女子生徒だからね。」

は女子生徒じゃないだろ!ぎゃははは!」
近くを通りかかった男子がの髪をガシガシ撫でて何事もなかったのように去って行く。

「うっさいわね、ほっとけ!」

男勝りな面があるは男友達も多くて、同じクラスの男子と仲良くなるキッカケをくれた。
今の高等部の3年でこんなに仲の良いクラスはきっと他にないと思う。

「それよりさん、ピアノコンクール準優勝って聞いたよ!すごいんだなぁ。」
河村君は目をピカピカさせて、ピアノって難しいんだろ?と思わず頬が綻んでしまう質問をしてきたりした。

「そんなことないよ。テニス部だって関東優勝したんでしょ?すごいよ。」
「おはよう、の今日の弁当は90%シラスご飯。」
「げッ、乾。なんでそれを・・・。」
「データは嘘をつかないさ。好きなんだなシラス。」





こんなやり取りが毎日ある3年10組、3年唯一の理系学科。
私はこの学科を選んで良かったと心から思っている。
このクラスには1年のころの私を良く知っている人は乾君と河村君くらいしかいないから。

相手があのころの私を知っている、そう思うだけで他人に話しかけるのが怖くなる。
これは、きっと高校を卒業するまで治らないだろう。



他のクラスの女の子達、特にテニス部のファンクラブの子達はおそらく私のことを良く知っている。
ベンチの前で初めてあったが私の顔と名前を知っていたように、当時の私は「不二周助の彼女」として、有名だった。
まさか自分の彼氏があんなにモテる人間だと、誰が想像しただろう。



青春学園中等部に通っていた不二周助、彩林女子大付属中等部に通っていた私。
出会ったのは中学2年のクリスマス前。私は、街のピアノ屋さんのショーウインドウにクリスマス仕様に飾られた透明なクリスタルグランドピアノを窓に手をついて食い入るように見ていた。
『綺麗だね。』
『・・・。』
『ずっとピアノ見てるよね。寒くない?』
『大丈夫です。』
『これ、貸してあげる。』

手渡されたのは今まで彼がしていたマフラー。有無を言わさず私の首に巻きつけて満足そうに笑った。
まだ彼の体温が残るマフラーは冷え切った私の首元に熱を持たせた。
Seigakuとプリントされたジャージと着て、大きなラケットバックをしょっていたから、あのスポーツで有名な学校のテニス部かバトミントン部に所属しているであろうことはすぐに見当がついた。


『青学・・・。』

女子中に通う私には間違っても共学に乗り込んで「マフラー返しに来ました!」なんていう勇気はなくて、
近所に住み、青春学園に通う小学校の同級生にそれを頼むことにした。
私の記憶が正しければ、彼もテニス部だったはず。マフラーの持ち主を見つけられるかもしれない。
お礼にクッキーを焼いて、ありがとうございましたとカードを書いて、3軒先の彼の家まで持っていった。

『よろしくね、治ちゃん。』
、いいかげんにその呼び方は−。』
『やめれないんだもん、許して。』
















「テニス部関東大会優勝の表彰を行いたいと思います。テニス部、出場選手は前へ。」

始業式の終わり、毎回恒例の夏休み期間中の部活動の表彰式。
壇上に上がる河村君と乾君に大きなエールが10組から贈られた。遠くの列から菊丸君、大石君、そして不二周助が立ち上がるのが見える。
廻りの女子からの喝采とラブコールは相変わらずだ。は菊丸君を、遠い人を見る目で見ていてすこし悲しそうだった。
テニス部の表彰式の間、私はずっと下を向いて不二周助を視界に入れないように努めていた。



「続きまして、夏休みに代官山ホールで行われた関東ピアノコンクールで素晴らしい実績を納めた2人を表彰致します。
優勝、3年9組斎藤将太、準優勝、前にどうぞ。」

「ちょちょちょ・・・表彰ってなんでよ!!」
人前に立つのが嫌であれほど表彰は無しにしてくれと顧問に頼んでおいたのに!

「おい子!!行くぞ!」
「人前で子ってつけるなって言ってるのに!はーなーしーてー!」

9組のほうからドカドカやって来て嫌がる私をムリヤリ立たせようと伸びて来た斎藤将太の長い指を折るわけにも行かず、半ば引きずられるように壇上へあがった。
全校生徒の視線が私の背中に向けられていると思うと、背中に冷たい汗が流れた。
不二周助も私の事を見ているのだろうか。いや、私がそうしたように、目を下に向けてくれていることを切に願いたい。

「では全校生徒の方を向き一礼。」
振り向いた瞬間、斎藤将太が校長からマイクを奪い取り、大音量で、

『音楽部、アホでもバカでも絶賛入部募集中!!!!』
その発言に全校生徒は大笑い。

「イエーイ!!ピースピース!!おい子もやれ!!」





私はこの部内一の阿呆の脇で頭を抱えた。