ザ・ダイアモンドDAYS
私がテニスコートの菊丸君を尋ねた次の週末、私はを隣町のカフェに呼び出した。
このカフェはに教えてもらった今や私のお気に入りだ。
昼はアットホームなカフェは夜、ピアノの生演奏をバックミュージックに、雰囲気のあるバーに姿を変える。
午後4時、3時までピアノの練習があるに合わせて窓際の席を予約した。
学校では言いにくいから呼び出した。
「それで?改まって話があるって何。」
淹れたての紅茶をカップに注いだは相変わらず落ち着いていて、どう話を切り出そうか悩む私を見透かしているかのようだ。
この話を切り出せば、私はを今以上に傷つけてしまうかもしれない。
でも、反対に立ち直ってくれるかもしれない。チャンスは五分五分。
このままじゃ、なにも変わらない。
このままじゃ、いけない。
賭けてみたかった。
が、不二君が、別々でも2人がまた笑える日が来るかもしれないなら、やってみる価値はある。
「昔話よ。2年前のね。」
は表情を崩さない。
今までずっと一緒に居ても、私たちは彼女の過去や、過ぎた出来事の話を一切しなかった。
「私、に隠してたことがあるんだ。あの日、校庭で知り合ったよね。でも、実はそれが初めてじゃないの。
私たち、もっと前から面識はあった。少なくても私はを知っていた。」
「…どういうこと?」
「、私にとっても大事な話なの。最後まで聞いてくれる?」
ゆっくり頷いた親友にそれから語ること2時間。
時間が、とてもとても重く感じた。
「意外だな。不二がこのことを知らないとは。」
「…初耳だよ。英二の好きな子がさんだってことは中3の時に聞いてたけど、まさか告白されてたなんて。」
乾は一度メガネを外して掛け直す動作をする。
データノートをベンチに置いて僕に向きあった表情は、何かを期待しているような怖がっているようなそんな微妙なものだった。
「不二。そのを好きだった菊丸が彼女をフッた理由、分かるか?」
「んー、テニスに打ち込みたかった、とかかな。」
「残念ながらはずれだ。」
「…乾。」
乾いた声が背後から響く。
そこには清清しい表情をした英二が立っていてる。
「それは俺から不二に言うよ。」
コクリ、とゆっくり大きく頷いた乾が席をはずして、英二は唐突に言葉を紡ぎだした。
高校1年の時、『菊丸君に告白してみよう。』私はそう決めていた。
振られてもよかった。彼とならその後もギクシャクせずに友達として仲良く付き合っていけると思ったから。
が病院に入院して、学校に復帰した後すぐに不二君が彼女を突き放したという話を聞いたのは菊丸君からだ。
を探す不二君が、菊丸君に彼女の居場所を知らないか聞きに来たときに、たまたま居合わせたのが私だっただけで、私は彼らの事情には無関係。
不二君との破局に口を挟むなんて出すぎたことするわけもなく、その後も何ら変らない学校生活を送っていた。
だけど、菊丸君は付き合っていたころのと不二君をもっと近くで見ていた。
彼にとって、2人の事情は他人事ではなかったんだ。
『菊丸君、好きです。』
ある日の放課後、一緒に日直を担当した菊丸君と日誌を書いているときに私は決断した告白を実行に移した。
唐突な私の発言に日誌を書いていた菊丸君は顔を上げて、『嘘だろ。』と言いたげな大きな瞳を向けた。
いつもなら陽気に言葉を返してくれるのに、その時は日誌に目を伏せてた。
眉間を寄せて、苦しそうな表情。あまりに気まずい沈黙に私は逃げ出したくなった。
「ごめん。」と一言言ってくれていいのに。
『俺、のことが好きだ。』
まっすぐ私に向けられた視線。とても真剣な表情。
そして紡がれた言葉にどれだけ私の心が高鳴ったか、あなたは知らない。
『…でも、不二とちゃんがこんな時に、俺だけ幸せになるなんてできない。』
菊丸君はそう残して駆け出した。
置いてけぼりにされた高鳴った私の心は、菊丸君の言葉の裏に隠された「ごめん。」という言葉の真意を理解する作業に追われていた。
『私がフラれたのは、不二君とさんが悲しい結末に終わってしまったからということ?あの二人が上手くいっていたら私は菊丸君と付き合うことが出来ていた?』
私の心は泣いていた。
菊丸君が教室に残していった日誌に涙が落ちた。
惨めとか悲しいという感情のほかに、怒りという感情が渦巻いた。
私が振られたのはあの二人のせいなのだ。
そんな幼稚な感情で支配された私は、重い足を校庭に進めた。
よく窓から校庭を見ていた私は、が休み時間によく校庭のベンチに出て本を読んでいたのを知っていたから。
「あんたのせいで私はフラれたのよ。」
そう言う代わりに、私の口から出たのは嫌味としか言いようの無い言葉。
『不二君にフラれたときどうだった?』
『…別に。』
あまりにも冷たい響きに、流れていた涙が一瞬で止まった。
「辛かった。」という言葉を期待していたのに、はその期待を見事に裏切った。
この子まさか・・・。
入学式でピアノを弾いていた当時の彼女からは想像できない。
まるで心に全く違う色のペンキを塗りたぐったように別人だった。
こんな風に変ってしまった彼女と不二君を知る菊丸君。
彼が私の告白に出した回答は、今思えば当然のものだったんだ。
あの日以来、菊丸君とは同じクラスでも話すことがなくなった。
そしていつしか気づいた、テニスをしている菊丸君も、たまに廊下ですれ違う菊丸君もあのころのように100%の笑顔で笑っていないこと。
私たちみんなが、お互いを考えすぎて、想いすぎて間違った道に進んでしまったんだ。
このままじゃいけない。
それだけは明確だった。
私が話を進めるたびに、の表情は険しくなった。
トイレで倒れていたを見つけたのが私だったこと、そして私が菊丸君に振られた理由の話では口を手に当てて、泣き出しそうな表情を見せた。
こんな彼女の顔見たくない。
でも、これからが私たちが前に一歩進むために、
私は今、聞きたくない言葉で、閉ざした記憶を無理やり引きずりだしている。