One for All









One for All * The story comes to end










「安ちゃん見てあれ!」
「すごい大きな機械だね!何に使うんだろう!?」
「ああ!!あっちにも!!ほら安ちゃん!!」
「すごいなぁ。私こんな大きい病院初めて来たよー。」

辺りをキョロキョロ見回しながら見たことのない物があるたびに私に「あれは何、これは何。」と聞いてくる陣内さんを見かねて、いよいよ手を繋いで引っ張りにかかった。一瞬でも目を話したら通路を歩いている医師の白衣を掴んで「あれはなんですか!?」って聞きだしそうな勢い。これではまるで小学校低学年だ。

「精市君、こんな大きい病院にいるんだぁ。遠い病院だよね。ちゃんいつもこんなところまで来てたんだ。麻紀全然知らなかったよ。あ、安ちゃんもか!毎日授業のノートコピーして精市君に渡してたんだよね。柳生君が言ってた!」

随分長い台詞を一気に告げ、彼女はやっぱり辺りを見回した。

「ええ。テニス部に入るまではほぼ毎日来てましたよ。」

テニス部に入ってからはこうやって週に1度早めに上がらせてもらい、ノートのコピーを届けている。正直なところ、A組の学級委員長に任せても良い仕事だ。

彼を好きだった時、毎日せっせとノートを届けることで彼と2人という貴重な時間を作れていた。だけど去年のクリスマスに失恋して以来私が毎日此処に来る意味がなくなった。それでもテニス部員になるまで毎日のようにこの病院を訪れた。今さらプツリと来なくなるのもおかしいし、もしかしたら0.1%でも恋の望みが残っているかもしれないと心に秘めた悪あがきだった。

でもそんな悪あがきも可能性が0.1%もないことを悟ると、見舞いがただただ気まずいものでしかない。

慣れている訪問、見慣れた病院。

最近ただでさえノートのコピーを届けるのにここまで足を運ぶ根性が必要なのに、今日はいつもに増して少し気が重い。














『隠し通して。』

2人きりの部室。ノートを届けに行くということを部長に告げた私は、彼女のギプスを見て口元をキュッと締めた。

『ぜーったい幸村にばれない様に!!』

念に念を押すの目が失敗は許さないと血走っていた。
あはは、と口元に笑みを浮かべて『最善を尽くしてまいります』とは言ったものの、あのするどい精市にバレルことなくことを運べる自身は皆無。最近男子レギュラーがなかなか精市の見舞いに足を運ばないのも『隠し通せ』と言われている骨折を何らかの形で漏らしてしまうのではないかという恐怖からなのだ。


「陣内さん、分かっていらっしゃるとは思いますけど・・・。」
「分かってるってば!麻紀はそんなに子供じゃないよ!ちゃんが体育員会と部活に振り回されて幸君に会いに来れないって言えばいいんだよね!」
「骨折の事は?」
「絶対禁句!ちゃんとの約束破ったら麻紀が怒られちゃうもん!」

「よろしい。では行きましょうか戦場へ。」

精市の病室5m前、見えてきた目的地を直前に私達2人は息を呑んだ。














「最近、は来てくれないね。」

さんから精市に渡してくれと言われたケーキの箱を受け取った彼が物悲しそうに言葉を漏らした。
本当は怪我をしていることを告げたい。病に一人で戦っている精市、そして骨折という選手生命に関わる大事を自分の気力だけで乗り越えようとしている彼女。二人は似たもの同士だ。

さんは弱みを私達部員の前では見せない。その気丈な態度がいつ崩れてしまうかも分からないのに、頑なに泣き、励まし、支え合おうとしない部長を心配しているのは誰でもない彼女についていこうとする部員なのだ。

「来たいと仰ってはいたのですが・・・。」
ちゃんね、いま体育員会がすっごく大変でね!でねでね、A組ではね!」

話を逸らそうとする麻紀ちゃんは自然だ。彼女だから、常人には不自然に聞えるフレーズも自然に聞える。連れて来てよかった、そう心中安堵の溜め息を吐いた。

「麻紀ちゃん、安藤。」
持ってきたさんのケーキを口にする精市が、視線を窓の外に投げる。

「俺と、君達の目にはどう映ってる?」

首を傾げて済ました視線を送る彼が、まるで人生最後の発言をするような穏やかさを醸し出していた。



「部長同士、性格は正反対の恋人同士に見えますわ。」
「私はね!何だか兄弟姉妹みたいに見える!!」

陣内さんの発言に、彼が微笑む。

「兄弟?」
「そう!!双子の!お互いがお互いを一番分かってる関係!!」

瞳を大きくした精市が、ケーキに目を落す。長い睫毛が揺れて、彼は一度目を閉じる。
切ない、とはこうゆう表情のことをいうのだろう。


「その双子の片割れが、もう一つの片割れに会いたいと思っているように・・・。」

彼に恋をした私が告げるのは変だけれど、言わなければと思った。

さんの代弁を私の様な者が勝手にするのはエゴだけど、彼女は精市に会いたいと思っている。その事実を、私は言うべきなのだと心に決めた。


「その片方もあなたに会い触れたいと、心から思っているのをお忘れなく。」

目を細め、微笑む彼の顔。
私が普段一度も見たことのないその優しい表情は、彼が私を通して見ているさんに宛てたもの。



穏やかな、切なげな、誰かを想うこの笑みを、

できるならば本人に見せてあげたかった。

























「・・・ッ!!!」

スポーツ選手が怪我をすると、その治療は一般人の様にゆっくりは進まない。再生期間に合わせ、出来るだけ早い段階でリハビリが進んでいく。それは筋肉が収縮してしまわないように、そして手にしている技術を取り戻す期間を最小限に留まらせるためだ。

治療の際だけギプスを外し、最小限の抵抗度で運動が許され初めてのトレーニング。
スポーツを専門にする理学療法士の元で今日から始まったリハビリは、骨折の再生を侮っていた私に現実を突き付けた。

「左腕の筋力はかなり落ちてしまっている。」

常に運動をしている人間は、程度決まったレベルで運動を続けなければならない。それは怪我をしている状況下でも例外ではない。その決まったレベルよりもインテンシブが弱いと、筋力や運動能力が目まぐるしく落ちていくのだ。
普段から何もしない人間が1,2カ月運動をしないのと、スポーツ選手が1週間運動としないことを比べたら、失う者はスポーツ選手の方が何倍も大きいのだ。

「でも持久力はあるね。お医者さんに黙ってトレーニングしてたんじゃないかい?」

私のセラピストは何でもお見通しだった。

「すみません。」
「いや、謝らなくてもいい。持久力を保持するのは基本中の基本だ。だけど間違ったトレーニングをしないように、これからはその内容を事前に私に伝えてくれ。」
「はい。」
「ギプスが要らなくなる前に筋力を少しづつ増やしていこう。ギプスが要らなくなったら最大ボリュームまで上げていくね。ス普段からスポーツをしている人間はね、運動しない人間よりも怪我の完治が早いんだ。」

一般的な話だけどね。

私の腕をマッサージしながら教えてくれるセラピストの英田さんが笑う。

「また最高の腕を取り戻すまで、一緒にがんばろう。」

ああ、この人が施術士でよかったと私はその時心から思った。

「あの英田さん。」
「何だい?」
「・・・知り合いに神経系の病気を患っているプレイヤーがいて。そういった病気も運動をしない人に比べたらリハビリの進行も早いんでしょうか。」

幸村が治ったら、コートに戻るまでにどれくらいかかるのだろう。

「神経系か。そうだね、人間は脳に運動のプロセスを記憶しながら成長していく。だからコーディネーションとか、感覚を取り戻すのは普段その機能を最大限に使っている分、一般人より早いと思う。でも・・・。」

動かしていた手を止めた彼が、少し顔を顰めたのを見た。

「私の経験から話をすれば、そのトレーニング段階まで辿りつくための途中はスポーツ選手も一般人もそう大差がない。神経系も疾患によるけれど、身体の四肢を動かせなくなる物は骨折や内科系の疾患に比べるとリハビリにかなりの時間がかかるし、以前の状態を取り戻せないことも多い。」

予想はしていたけれど、実際にプロの経験を聞くと少し持っていた期待が薄れていった。

「でも、大切なのはどんなときも前向きな気持ちを持つことだ。その気持ちなしに最高のリハビリはついてこないからね。」
「はい。」



幸村は、強い。

弱みを見せてくれない。

もしかしたら強がっているだけなのかもしれない。

だから、私はその気丈が嘘ではなくて彼の本心なのだと信じることしかできないのだ。




「君の大切な人なのかい?」

英田さんが、心配そうな瞳を私に向けているのに気がついて顔を上げた。言葉を濁す私を見て何かを察したらしい彼が私の頭を撫でた。

「知り合いに有名な神経系のスポーツトレーナーがいるんだ。必要だったら声を掛けてくれ。取りあうよ。」
「ありがとうございます。」
「よし!じゃぁ今日は酸素運動して終わりにしようか。」

パンパンと手を叩いて笑う英田さんは、来る週末を楽しみにするかのように立ち上がる。




「幸村・・・。」

診療所の窓の外で紅に染まる空に星が輝き始めていた。その下で葉を揺らす桜の木が風の強さを教えている。


幸村もこの紅い空を見ているのかな。

自分でも驚くくらい、彼のことを想う自分に戸惑わないと言えばそれは嘘だった。

















離れていても、想うのは君だけ