One for All









One for All * The story comes to end










「俺、部長が先輩じゃなかったら殴ってました。」

正座をして、膝の上で拳を握りしめた宮脇茉莉亜が下唇を噛む。その肩に手を置いたのは細野春希。静かな部室には嗚咽も聞こえる。陣内麻紀と宮脇由里亜だ。水上柚子葉は冷静に辺りを見廻し、隣に座る石井祥子の手を握った。

流行り病が終息を迎えたのと同時に女子テニス部の自主練の期間も終わりを迎えた。通常の練習が再開される前夜、道明寺家の客間に集まったレギュラーがの腕を見て絶句した。流行り病終息の宴だと思い、和気藹々と此処へ集まったメンバーを迎えたのは厳しい表情の副部長道明寺琴音と早めに会場入りしていた浜野奈々。

そして現在一同が案内された席に着くや否や、客間の上座でが己の怪我とその経緯を語り始めた。




「全国にはおそらく間に合わない。」

茉莉亜の言葉を受け止め、目を伏せる。彼女の感情は痛いほど理解できる。

優勝を志に辛い練習にも耐え、テニスのために大好きなゲーセンの時間をも費やして、高みだけを目指しているのに、その部活を引っ張っている人間が自分の欲と感情のままに動き、目標への腰を折ったことに対する怒りは最もなことだ。

骨が戻っても、リハビリにどれだけかかるかなんて現段階では何とも言えない。
私がプレイヤーとして全国に上がることはないと考えた方が良い。

「でも、」

だけど、

「私達立海が今年全国優勝することは変わらない。」

ハッと顔を上げた部員は目を見開く。この状況下、部長である私がこれ以上部活の士気を下げることは許されない。

この1週間部活のことばかりを考え、ある根本的な理が脳裏に刻まれた。

私達の目標は、全国大会で表彰台の頂上へ上がること。
部長のはレッドローズの腕を捨てることにはなったけれど、彼女達の目標である全国優勝はレッドローズがいなくても、今も、これからも部活のためにあり続けるじゃないか、と。

そのために、私がプレーする必要はない。

「優勝は変わらない。この責任は必ず優勝メダルで償うから、」


これから待っている練習がどんなに辛くても、

時に精神が無理だと泣いてしまうことがあっても、

何度でも立ち上がって、


「私に付いてきて来てくれますか?」



一番近くに座る茉莉亜が丸くした目から、涙を流した。我が女子テニス部の強いルーキーが初めて泣いた瞬間。手に落ちた涙に驚いた彼女は慌てて涙を拭って、歯を強く噛みしめたまま首を勢いよく縦に振った。そして茉莉亜に続く部員達は、瞳の輝きを少し取り戻したように顔を上げる。

「当たり前だよ!麻紀、がんばるから!!ちゃんの分も一生懸命頑張るから!!」

春希の膝の上で真っ赤な目を見開く麻紀ちゃん。

「優勝以外はいらない。」

麻紀ちゃんの髪を撫でながら、不敵に笑う頼もしい春希。

「私達、先輩方と優勝したいです。御指導御鞭撻の程よろしくお願いします。」

まるで茉莉亜じゃ理解できないような素晴らしい敬語で丁寧に頭を下げる由里亜と祥子ちゃん。

「部活をあなたに任せたあの日から、どんな時もついていくと決めています。例外はありません。」

緑茶を啜り、強い眼光を向ける琴音。彼女は先年の全国大会が準優勝で終わったことを一番後悔している人物。

「私も。最後まで全力でサンシャインゴールでありたい。」
「私達マネージャーもみんなを精一杯サポートします!ね、リコちゃん!!」
「はいです!!」


続く力強い言葉の数々に熱くなる目を深呼吸で抑える。感動涙よ引っ込めと念じる。

私は、ラッキーな人間だ。
素晴らしい仲間に恵まれ、今でも部長で在り続けられる。これ以上望む物はない。
沢山の幸せをくれるみんなに私がお礼で返せるもの、それは今までの経験と、技術を伝えること。

そして最終目標は変わらない、
今年の全国でみんなをトップに立たせること。
皆で頂上に立つこと。

そしたら感動涙を流そうと思う。だからそれまで、涙はお預けだ。



部長、ダブルスのリーダーとして聞きたいことがあるんだけど。」

茉莉亜の隣で話しにくそうに言葉を紡ぐ柚子葉に頷く。彼女が今一番気にしていることは分かる。ダブルスのリーダーとしてダブルスワンとツーを見てくれている柚子。責任感が強いからこそ不安要素があるなら今の内にはっきりさせておきたいはずだ。

部長がレギュラーから抜けるってことは今までダブルスとシングルスをスイッチしていた麻紀と春希のどちらかがシングスに固定されるってことだよね?」
「そうだね。次のレギュラー戦で決めるけど、現段階だと春希はシングルス専門になる予定。」

手を顎に当て考え事をする柚子に続いて、琴音が極秘データノートを広げた。

「私が危惧していたことは、柚子葉さんが今仰った問題が一つ。そしてもう一つはレギュラーと同じレベルの補欠選手がいなくなるということです。」

そう。それがギリギリの人数でテニスをやっている我が部の欠点。一年生と数名の2年部員はまだ発展段階で補欠になった時、本番の試合で技術が通用するのはせいぜい関東大会までだ。レギュラーに負傷があったとき、全国大会で補欠は通用しない。つまり負傷の分、負けゲームができるということ。これは何としても未然に代役を立てなければならない大問題だ。


「それに関しては私に案があってね。もう手配したから大丈夫。」


5日間の部活休み中、薄くなるダブルスと補欠の実力不足、この2つの問題を打開するため策を巡らせ、学校帰りの水曜日ある人物の家を訪ねた。
私達が抱える2つの問題を一気に吹き飛ばしてしまえる魔法のような可能性が一つあったのだ。それどころか、女子テニス部に今はない新たな技術や試合の考え方を導いてくれるだろう有力な人物がいた。

『テニス部の部長としてお願いします。絶対に損はさせない。』

ウンともスンとも言ってくれない彼女だったけれど、3時間の口論の末最後には頷いてくれた。


「本当、・・・説得するのが大変だった。」

あの3時間の葛藤を思い出し腹から溜息を吐いた私にレギュラー一同がハテナマークを頭上に浮かべた。


















「というわけで、今日を持って皆さんとプレーさせていただくことになりました安藤アンナです。どうぞよろしくお願いします。」

立海のレギュラージャージではなく、YONE○のユニフォームでテニス部に現れた人物を部長のが感動の奇声で出迎えた。目が点になっていたレギュラーもが言っていた『案』がアンアンであると把握して彼女を全員が拍手で部室に迎えた。

「来てくれたー!!!」
今の今まで彼女が本当に来るか不安だったがギプスのことなど忘れてジャンプを繰り返す。「喜びすぎですよ部長。それに一度した約束は破りません。」そうアンアンがを「部長」と呼ぶのが何だか嬉しくておかしくて、私は笑顔になっていたと思う。

「奈々さんもニヤニヤしないでください、気持ち悪い。」

毒舌は健在だった。



「安藤さん!!!わたくし、嬉しいです!!」
すでに何百回も入部を断られていた副部長もとても嬉しそうにアンアンの手を取る。

「安ちゃん何も言ってくれなかったー!麻紀悲しい!」
同じクラスなのに何も聞かされていなかった麻紀ちゃんがアンアンに駆け寄ると彼女は麻紀ちゃんを羽交い締めにしてじゃれる。全然タイプが違う2人だけど、とても仲が良いようだ。




「アンアン、こちらは柚子。ダブルスのリーダーだよ。」

実力も、経験も遥かに劣る自分をリーダーと紹介された柚子が身を硬直させた。冷や汗が見て取れる。私が柚子の立場だったら同じように動揺したはずだ。彼女の恐縮してしまう気持ちは痛いくらい分かる。

部長・・・安藤さんが入るのに私がリーダーのままって申し訳ないよ。」

でも、柚子はが認めるダブルスのリーダーなのだ。

「何言ってるの!」「何をおっしゃいますの?」

ハモったとアンアンの声に柚子が目を丸くして後ずさった。

「レッドローズが築いた部活が実力で上下が決まる集団でないことは百も承知で参加しています。リーダーは柚子葉さん、あなたに変わりありません。私はただの補佐です。今までに身に付けたダブルスの知識、技、全てあなたに差し上げる覚悟で此処にいます。これからどうぞ扱き使って下さい。」

ひゅーっと春希が口笛を鳴らす。アンアンの言葉に部長と副部長は感動のあまり今にも泣き死にしそうだ。

「あ、あの・・・。」

柚子が胸の前で握っていた拳を下ろしてアンアンに深く丁寧にお辞儀し、手を差しだした。上げた顔は、誇らしいリーダーの顔だった。

「未熟なリーダーですが、これからどうぞよろしく!」

そして笑うアンアンも柚子に手を伸ばす。その表情は、楽しそう。

「こちらこそ。お近づきになれて嬉しいですわ。立海のダブルスを今よりももっと強くしましょう!目指すのは・・・。」

「「全国優勝!!!!!」」


強く握られたダブルス2人の手に注がれるレギュラー全員の視線。

新メンバーを迎え、目の前の問題を見事に打開した私達の女子テニス部。


今夏へのスタートが今、切って落とされた。