One for All









One for All * The story comes to end










全国大会を2連覇して王者と呼ばれるようになった立海大付属男子テニス部。
昨年の全国大会で3位を勝ち取り一躍全国区に登りつめた立海大付属女子テニス部。

今年学校の両部が背負っている期待と、部員が誇る優勝への意識は強い。昨年の夏の大会を機にガラリと変わった協会が統計的にまとめている中学生個人ランキング、相次ぐ出版社からのインタビュー要請、学外では意気の良い店員に立海のテニス部だと言うだけでスポーツ用品が割引される高待遇。これも全て世間が我が校に注目している証だ。

たった2人しかいない部長という存在の一人が欠けたのはもう半年近く前の話。だから残った片割れは密かに心に誓った。

倒れた部長が帰ってくるまで両部をまとめ、優勝という目標の腰が折れないように必ず支える、と。

彼が戻ったとき、取り残された部活の在り方が最小限に留まっているように。
彼の部活が、失われることのないように。

彼の居場所がなくならないように。















白聖中学との練習試合を真田が許可したことには正直驚いた。格下との試合に割ける時間があるのなら校内対抗戦を企画した方が有効的だ。そんなことは誰の思考にもあった。

『時間の無駄だね。』

単刀直入に告げると、彼はムスッとコワい顔をした。俺だって納得などしていない、そんな表情だった。

『顧問からの頼まれたのだ。』

男子テニス部の顧問教諭は女子の顧問(長妻先生)より影が薄い。そんな彼が絶対に練習試合を受けろ、そう命令を下したらしい。急ぎの回答を迫られた真田は幸村の許可を取る暇もなく首を縦に振った。

幸村に事後報告をすればそれは嫌味を言われたようだ。『あん時の幸村君の笑顔凍りついてたぜい。』これは昨日一緒にアイスを食べたブン太から聞いた話。

白聖中学は神奈川県のワースト2。
例を上げればサッカー欧州チャンピオンズリーグの優勝チームがコーチもいない田舎のサッカーチームと試合をする、そんな感覚に近い。

幸村が怒るのは当たり前だ。














時間の無駄遣いの練習試合はやはりあっけなく終わりを迎えた。

必然のゼロゲーム。
顧問の伝が無ければ実現しなかった試合、相手のチームにしたら王者に相手をしてもらえただけでもありがたい話だ。
立海の男子テニス部はどんな相手にも容赦しない。それは勝ち、そして相手を下すことに信念を置く幸村や真田のやり方。言い換えれば、格下の相手にワンポイントでも許していたのなら翌日から容赦ない追加特訓が待ち構えたことだろう。



予想通り、何事もなく終わりを迎えると思われた今日という日。3月13日。
病室で最後にキスを貰った幸村の誕生日から丁度1週間が経った水曜日。

私と奈々が一日マネージャー業から解放されるその直前に私達の部活を、生活を、そして感情を変えてしまう事が起こる。




「おい赤也!!!」

その時私はコート上でボール拾いをしていた。大声を上げたのはジャッカル。普段は穏やかな彼の尋常ではない声色に驚いた私はビクリと一度肩を竦ませ反射的に顔を上げた。
声が飛んできた方向に目をやる。

(・・・何?)
尻餅をついているキリハラ君と、慌てて駆け寄るジャッカルが目に映る。彼らの前には相手校の選手数人が仁王立ちでキリハラ君にジリジリと足を寄せていた。傍から見ても分かる、ヤバい雰囲気が突然コート内に現れていた。

(行ったほうがいいかな。)

今日調子が良くなかった仁王を連れて、真田は一度部室へ戻っている。副部長がいない。ナンバー3の柳がこちらに向かって歩いてくるのが視界に入る。彼はこちらを見て目を細めた。

足を騒ぎのほうへ進め、相手の選手に横から声をかける。顔を真っ赤に油汗を浮かべている相手校の選手はお世辞にもタイプじゃない。半径1m以内に漂う男の匂いが気持ち悪い。


「どうかしましたか?」
「どうかしたか、じゃねえ!!この1年のクソガキが白聖を馬鹿にしやがって!!」


巨体、ハゲ、筋肉マッチョ。典型的にキレやすそうな人間だ。尻餅をついているキリハラ君は頬を押さえている。

まさか殴られたのか。


「どんな理由があろうと暴力はよくないよ。」
「うるせえ!この尼!!」

やっとこちらを向いた男は俊足で私の手首を持った。精一杯握られ筋肉が吊るように細い痛みが肘まで伝う。
汗ばんだ男の手が、神経に障る。気持ちが悪い・・・でも、振り払いたくても力が強すぎて離れない。

「・・・痛いんだけど。離してもらえる?」
「たかがマネージャーの癖に俺様にタメ口を聞くんじゃねぇ!!」
「おい!!先輩に何すんだよ!!!」


立ち上がったキリハラ君が血相を変え、飛び掛るように巨体の相手に突っ込んできた。「やめないか!」駆け寄っている柳が声を上げるのを聞いた。
同時に男が私の腕を離すと掴まれていた部分の皮膚が赤くなっていた。

それに、手が痺れてる。

「落ち着け!真田のいないところでこの騒ぎはまずい!」
「このガキ!!!お前なんて全国に行けねぇ様にしてやるよ!!」

キリハラ君を止めながら相手を睨むジャッカルも、それに柳の声も、この修羅場を変えることを出来ぬまま終に男が右手に持つラケットを振り上げた。



その真下には、キリハラ君の頭部がある。



「ちょッ・・・。」
「金田!それはまずいやめとけ!」
「おい!金田を止めろ!!!」

白聖中の部員もようやく騒ぎ始めた。止めろ、そう言うが止めに入ろうとする部員は誰一人としていない。






まるでスローモーションのように一瞬が細切れに描写され、脳に届く。

高く上げられたブルーのラケットを強く握り締めた手。
怒りに満ちた表情に、額に浮かぶ汗。
耳に届く「うおー!!」という金田という男の怒声。

勢いよく振り下ろされるブルーのラケット。
目を瞑り衝撃を覚悟するキリハラ君。









『必ず帰る。』

脳裏に浮かぶ、幸村の決意。

手首の痛みも、足の感覚も、まるで神経が遮断されたかのように何も感じない。







だけど、病院のベットで微笑むあの男性(ヒト)を想ったら・・・

体の反射が最後に足掻いて、私をキリハラ君の前に立たせた。






!?」

遠くで奈々が私を呼ぶ声が聞こえた。

降りてくるラケットに咄嗟に出したのは利き手。

折った肘を突き上げたそのすぐ後に、ガシャンとラケットが鳴る。
同時にバキンと聞いたことの無い音が耳に届く。


落下したのは、割れたラケットのフレーム。
私の腕が伝えたのは、失われていく手の感覚。




・・・あんたそれ・・・。左腕だよ!!!!」


真っ青な顔で奈々が泣き叫ぶ言葉も、奈々の横で同じように青い顔をして目を見開くジャッカルも、普段は閉じられた瞳を全開して立ちすくむ柳も、そして地面にへたり込み瞬きもせず涙を流すキリハラ君も、

全部、全部遠くにあるようだった。



そして数秒後、信じられないような腕の痛みに襲われ地面に倒れこんだ私は、自分が咄嗟に犯した行動をようやく頭の中で整理した。






たった2人しかいない部長が、
両方欠けることになってしまったことを私はこの時初めて認識したんだ。

























全てが変わってしまう時