One for All









One for All * The story comes to end










駅から学校へ続く海岸のプロミナ−デを一人で歩く。

海から内陸に向かい流れ込む風が止まない。制服のポケットの中でウォークマンを探り、人差し指で慣れたボタンを長押しするとイヤホンから流れていた機械的な音楽が一瞬にして止まった。
トランスの代りに耳に届くのは、木々が穏やかに揺れる音。ザワザワと、カサカサと、風に吹かれる木には葉も花もない。

「今年も綺麗に咲いてね。」


立海で見る2度目の桜に期待を込めて、まだ冷たい早春のプロミナ−デで微笑んだ。













2月も後半、3年に学年が上がる数週間前が異様に慌しい。部内では病欠者が続出し、学内でも同じように感染者が大量に溢れ、今学期ももうすぐ終わるこの季節に学級閉鎖をしているクラスもある。女子テニス部では宮脇茉莉亜、宮脇由里亜、石井祥子、鈴木リコ、1年のレギュラーとマネが全滅。2年の道明寺琴音、細野春希は2日前からダウンしている。

普段体を鍛えている我が部の部員をこれほどまでイチコロにできる流行風邪の猛威が凄まじい。


メンバーが少ない中でも何とか持ちこたえていた女子テニス部だったが敏腕マネージャーの律愛美が先日菌に倒れ、終に部活が廻らなくなった。
ボールの用意と管理、ドリンクの作成、部室の片づけから彼女とリコちゃんが自発的に行っていた部員への気遣い・・・たとえば差し入れのオニギリだとかタオルの選択だとか・・・そういったことが無くなって、マネージャー2人の存在がどれほど部内でありがたい存在であったのか残されたメンバーはヒシヒシと感じている。


「ねーちゃん、部室の洗濯機の使い方分かんないの。もう洗うものこんなに溜まってるよ。」
あれー、と人差し指で布物が詰め込まれた洗濯物籠3つを指差す麻紀ちゃんが家から持ってきた柔軟剤を抱えてやってきた。

「それが私も分からないんだよ。説明書もどこにもなくてね。」
「オンボロだ、って愛ちゃんいつも洗濯機のどこか蹴飛ばしてたよね。そしたら動くんだって言ってた!」

「蹴るピンポイントが何処なのか、が問題よね。ねぇ、ドリンクのパウダーもう無いんだけどいつもリコちゃんどこで買い溜めてたか知ってる?」

ボールの籠を入り口付近に降ろした奈々からの質問も、答えられない。


「どこだろう・・・。地元の安いスポーツ専門店だって言ってた気がする。」
「やっぱり分からないよねぇ。体調が悪いのに本人に連絡するのも気が引けるし、マネージャー達が回復するまでちょっと値段張るけど他のメーカーのドリンクにしようか。」

少し手に力を入れるとパキンとシャープペンの芯が折れた。部誌を書きながら話をしていた。乾いた目を一度強く瞑って、顔を上げる。普段なら部員で賑わう部室内が、ガランとしている。ベンチに座る麻紀ちゃん、脇に立っている奈々、そしてガットを張りなおしている柚子だけが視界に入る。


他のみんなが居ない。

少し寂しい気持ちに襲われた。


「うん、そうしよう。ありがとう奈々。助かるよ。」
「いえいえ。それより日曜日。男子の手伝いだけど、9時からだっけ?」
「10時に相手校が到着するらしいから、9時からドリンクの仕込みと昼食のお弁当の買出しに行こうかなと思ってる。」




本来なら、女子のマネージャーである愛美ちゃんとリコちゃんが行くはずだった男子テニス部の助っ人を2人が不在の為、私と奈々で賄うことになった。男子テニス部にはマネージャーがいない。

『次の1年で必ず1人は入れる。』

いつか女子のマネージャーの存在を羨ましそうな眼差しで見ていた幸村が私に言った。なんでも1年の男子部員にマネージャー業をやらせたら大変な目にあったことがあるらしい。家で何でもママにやってもらっている子達に慣れないことをやらせても失敗するだけなのだ。

男の子に比べ、女の子は器用だ。これは一般論。
愛美ちゃんやリコちゃんのようにマメで、家でも自立的に家事を手伝っている子にこそマネージャーというのは合っている仕事で、本人も同時にやりがいを感じられるものだと思う。

マネージャーは私の様なガサツな人間には向いていない。
今回は真田直々の頼みで、それにブン太とキリハラ君が泣きついてきたから引き受けたけれど、それがなければ首を縦には振らなかった。





「それにしても白聖中学と練習試合なんて真田副部長は何を考えてるんですかね。」

柚子は話に参加しながらも相変わらずガットとラケットから目を離さない。
心からの正論を放った柚子に聞こえないように溜息を吐いた。




本当に。

日曜日の男子の練習試合がメンドクサイで全てを終わらせられる、そんな低レベルの試合になることは私や他の部員の目に見えていた。













時は刻一刻と