ロングホームルームで学級委員長の松永亮太が黒板に殴り書きを始めた。『テーマ:5月球技大会』と書いてあるらしい。ただでさえ字の汚い男の殴り書きは読みにくくて、クラスの女子からブーイングが上がった。
「球技大会の種目はバドミントン、サッカー、バスケ、卓球、バレーボールだ。いいかお前ら、2年F組全部賞を取る覚悟で行くぜ!!!!」
「「「おーう!!!」」」
笑った。好きだ、こうゆうチームの雰囲気。
「勝つために有無は言わさねえ!クラスの長身組はバレー決定だ!」
その中には春希と私が含まれている。「文句はあっか!?」ビシっ、とチョークを付きつける学級委員長に手を上げて「「異論なしです。」」と春希と返した。
柳は卓球に割り振られられた。うん、彼に合ってる。全員の出場種目が決まり、壇上を降りた松永に「ありがとう。」と礼を言う。本当なら体育委員会の私がまとめるべきホームルームの内容を彼が代ってくれたのだ。
「いいってことよ!お前は体育委員会と部長で大変なんだからな!帰宅部の俺を頼れ!」
ケケケと笑う松永の性格になぜがとても癒された
体育委員会にはなりたくてなったわけじゃない。あまりものに入っただけだ。思ったよりやることが多い委員会で、体育祭には他に実行委員会が設立されていて良かったと心から思う。球技大会の準備だけでも収集が多い委員会、部活動の時間もかなり取られていて、琴音に迷惑を掛けているのだ。これで体育祭まで任されていたらと思うと頭が痛くなる。来週から本格的に対戦表を作ったりと本格的な作業が始まるらしく、部活には遅れて行くことになりそうだ。自分の目が届くうちにできれば今週中に練習メニューを次の段階に進めてしまいたい、そう琴音にメールを打った。
「お前ら!一種目でも優勝したら駅前のファミレスで打ち上げだー!」
「「「「おー!!!!」」」」
F組が一丸となってあげた声にG組から「うっせーぞ!」そう野次が飛んで来た。
外では桜の花が散り始めた。独りぼっちになった桜の花は風に飛ばされ女子テニスコートまで飛んでくる。最近の朝練メニューには毎日「清掃」の文字が載せられていて、部員は力を合わせて桜の花びらをコートから取り除く作業をする。掃いても掃いてもきりがない。女子のテニスコートでこれなのだから、真横に桜の群れがある男子コートはどれだけ大変な作業に追われているのか。レギュラーではない部員の苦労が目に浮かんだ。
6限が終わり、部活動開始の時間が迫る。職員室に寄っていたは校舎を出て、グラウンドを突っ切っていた。
「先輩!お疲れっす!」
男子テニスコートのフェンス内から名前も知らないテニス部員が声を上げる。ヒラヒラと手を振ると、一瞬強くふいた風に道を覆っていた桜の花びらが舞いあがった。仮入部期間も4日目に入った男子テニス部には1年生の姿が多くみられた。去年全国大会で優勝した有名校だけあって、入学してくる生徒は最初からこのテニス部でプレイすることを夢見てきたのだろう。初日は女子テニス部にも多くの仮入部希望者が現れたが、ラケットを持たせる前にはっきりと練習はかなりキツイ旨を伝え、実際に体験させたことで残った人数は3分の1。正直、もう少し減るかと思っていたから歯を食いしばってついてくる1年の気合と根性に少し驚いている。
「あの子、大丈夫かな。」
男子のコートに数日前知り合った1年の姿を探すが、見つからない。幸村君以上の癖っ毛のあの子は、初日に先輩にテニスで喧嘩を売ったらしく部活終了後中庭でうずくまっていた。たまたま通りかかった私はお腹が痛いのかと思い保健室行へ行こうか、そう声を掛けた。すると顔を上げた少年。目が赤くなっていたのは食いしばった涙のせいか。私の顔を見たそのキリハラ君は『あんた、女子の…。』そう口をパクパクさせた。
『テニス部の部長って奴に今の俺じゃ『女子テニス部の部長にすら勝てないよ。』っていわれたんすよ。』
冗談じゃねぇ、拳を握る1年生は内に炎と怒りを燃やしている。琴音が話していた3強に喧嘩を売った1年はこの子かとシナプスが繋がる。幸村君、何で私の話をそこに出すのか。今度ちゃんと言ってやろうと思った。知らないところで他人に恨みを買われるのはごめんだ。
『キリハラ君。悔しいなら、練習しないとね。』
私は彼を立ち上がらせ、ついて来なと女子テニスコートまで引っ張って行った。その日はもう帰ろうかと思っていたけど、1時間彼が倒れるまで練習に付き合ったのだ。
キリハラ君は見かけに寄らず人懐っこい1年生だった。次の日、基3日前には部活後ボロボロの格好でフラリと女子コートに現れて、今日も練習つけてくださいと言ってきた。河原でタイヤを引きずる練習をしていたらしく、あまりにも悲惨な格好をしていたのでジャージを貸した。何でも仮入部最終日にまた3強と試合をするんだとか。果たし状が何とか柳が言っていた。本当にやる気なんだと判断して、私は昨日ボールに高速のスピンを掛ける方法を教えた。真田にバレたら何を言われるか分からないが、教えた技は全国を目指す人間が最低限身につけるべき初歩中の初歩。裏手を受けることはないだろう。
「今頃河原でタイヤかな。」
ラケットバックを背負い直し、女子テニスコートへ足を進める。今日も男子コートに群がる女子の数は非常識だ。その中で、人一倍フェンスにベッタリついている女の子を今日も見つけた。この数日毎日のように同じところに立っている。この子と他の女子の違うところは、目的の対象だ。それは遠くから見ていても分かった。
「きゃー!丸井君!!」
「真田くーん!」
熱烈なコールを送る彼女達の目的は選手達。好きな男の子がどうやって動くのか、その身体を追っている。でもこの子は、彼らのやっているテニスを見ている。ボールを追って動く頭、誰かがミスをすると「おしい!」と声をあげて、わくわくしている。声を掛けてみようか、そう思い迷わずその子に近づいた。隣に立って見ると麻紀ちゃん並みに小さい子で、相変わらずフェンスの網にくっ付く子を「ねぇ。」と覗き込む。
「え、あ、あの…。」
いきなり声をかけられたことでパッと手を網から離し、挙動不審になった子。次には私を見てさらに挙動不審になった。
「あの…もしかしてあの先輩、ですか?」
「そう、よろしく。」
「あ、あの。ほ、ホンモノかい!?よ、ギャー駄目だ!」
思ったより面白い子らしい。言葉にならない言葉を自分でも持て余している。うちの部内には見ないタイプの子。
「ねぇ、テニス好き?」
身体の動きをピタっと止め、コクンと頷いたその子を引きずって仲間の待つテニスコートに帰っていく。
いい人間手土産が出来た。