One for All









One for All



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時だけが残酷に流れて行く。

居るのが当たり前の人間が一人いないだけで、その場所の雰囲気ががらりと変わった。男子テニス部のコート前を行く時、毎度横目で彼らの練習姿を眺めているけれど、やっぱり違う。幸村がいないだけで、部員の覇気が、コート内の緊張感が薄れている。女子テニス部部長の私がどんなに手を貸しても、それは戻らない。幸村じゃないと、この部活は「通常」を取り戻せない。

『大丈夫だよ。』
『俺はまたコートに立つ。』
『心配しないで。』

幸村はそう言う。弱さなんて見せてくれない。いつも強がって、大丈夫だって言い張る。幸村が倒れて1カ月半、時はもうすぐ12月になる。クリスマスが近いと湧く学生の中で、私はフラフラと歩いている心のない人形のようだ。

彷徨って、一歩先の足元すら見えていない。
女子テニス部を来年優勝させること、男女揃って優勝すること、目標は失っていないのに何だかやる気が出てこない。


。元気ないね。」

駅まで一緒に歩く奈々が独りごとの様に呟く。聞えていたけれど、反応を返さなかった。『そんなことないよ』って嘘をつくことが彼女をもっと心配させてしまうことが分かるから。

「幸村君がいないと、は元気になれないか。」
「・・・私部活に迷惑かけてる?」
「そんなことないよ。ちゃんと部長してる。でも、最近はあまり笑わなくなった。」

そっと奈々が手を優しく私の背中に置いた。ゆっくり地面から視線をあげて、彼女の横顔を見る。私と同じくらいに辛そうな顔をしていた。

「ねぇ、。」
奈々の足が止まる。そこは駅前の大通りで、目の前には大きなクリスマスツリーが眩くライトアップされていた。すごく、綺麗だと思った。ツリーの前に掛ける多くのカップル、急ぎ足で行くサラリーマンも視線を一瞬クリスマスツリーに送ってフッと緩んだ表情を見せ、また歩き出す。

「私達、女子テニス部も男子テニス部もみんなが揃っているからいろいろなことを乗り越えられるんだよね。」

ツリーの一番上に掲げられている大きな星に目を細める彼女が続ける。

「転校してきてさ、メンバーとこんなに仲良くなれるって私思ってなかった。こんなに守り守られる部活があるなんて想像しなかった。」


そう。その私達の居場所から片方をまとめる幸村がいなくなってしまった。

いつ戻るかも分からない不安、それは私だけじゃなく男子レギュラーも、そして女子テニス部のメンバーも抱えている。そんなこと、充分過ぎるほどに分かっているのに、

一人だけ落ち込んだ顔を見せてしまう私は、やっぱりみんなに迷惑を掛けている。






幸村の病気のことを、真田が男子テニス部員全員そして女子のレギュラーに話をした。

誰も口を聞けなかったその日以来、みんながショックを受けて、みんながそれぞれの遣る瀬無さを感じている。


「幸村君が元気になりますように、って愛美ちゃんとリコちゃん毎日学校近くの神社にお参りに行ってるんだよ。」

無意識に握った手が、震える。

「春希はね、お兄さんが作業療法士さんだから幸村君が病院で不自由しないようにアドバイスもらって麻紀ちゃんと便利グッズを買いに行っててさ。」
街のクリスマスソングも感情が高なってもう、聞こえない。

「ねぇ、。」

水が、頬を伝う。胸が熱くなって喉が閉まる。



「幸村君、早く元気になるといいね。」


私もここまで気を張り詰めていたことを今日この場で奈々に諭された。

「今日いっぱい泣いて、また幸村君にの笑顔届けてあげてね。」







フルーツパフェを食べに行く予定が台無しだ。


失恋でもないのにクリスマスツリーの前で泣き崩れたなんて、将来笑い話にできる日がいつか来るのだろうか。





















片割れを想う