One for All









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さんはいらっしゃるかしら。」

6限の英語が終わりクラスのみんなが部活へと忙しそうに荷物をカバンに詰める放課後、F組に訪問者が現れた。ドア側の一番前の席に座る私の机の前で腕を組んで高い鼻を吊り上げ、を呼べと言う人間に「げッ・・・。」と声を漏らしてしまった。こいつは去年一緒のクラスだった・・・

「・・・安藤、久しぶり。」
「全くです春希。それよりさん呼んでくれないかしら。」
と知り合いだったのか。」

私と一番離れた席、窓側の一番後ろに座る彼女は空を見ていた。最近、ぼーっとしていることが多い。特に、学校が終わった瞬間は生気が失われた落ち武者のように身体を重力に任せている。部活外で唯一身体を起こしている授業中も先生の話なんておそらく頭まで届いていない。それほどに、の心はこの数日此処にあらずなのだ。



聞かずとも分かる。幸村のことで頭がいっぱいなのだろう。


「ええ、それはもう何年も前から。」

私が送った視線でがどこに座っているか確認した安藤が不可解な言葉を残して歩き出した。『何年も前からの知り合い』とはどういうことだろうと考えてみたが答えが見つかるはずもない。数秒後、バンッ!と大きな音が鳴った後方を驚いて振り返る。安藤がの机を叩いて、ぼーっとしていた彼女を起こしに掛かったらしい。音で現実に引き戻されたが、真ん丸な目で堂々目の前に立つ安藤を見上げていた。

「何度も呼んでいるのに人をシカトなんていい度胸ですこと・・・。場所を変えましょうさん。部活の時間申し訳ないけれど、15分私に付き合っていただきます。」
「あなたは・・・A組の安藤さん?ごめんなさい、ぼーっとしてて。」
「言い訳は聞きません。さぁ、行きますよ!」
「い、行くってどこへ?!」

「いいから黙って付いてきなさい!!!!」

安藤が大声を上げて、周りの人間が一斉に静かになった教室に余韻が響く。大声に身を引いたのは。これはきっと廊下を越えてフロア中に響いたのではないだろうか。なんだなんだと目を丸くして安藤を無言で見つめるクラスメイト、そしてその安藤に今まさに引きずられて行く


「追うのか?」

スッと歩み寄る柳に聞かれて、頬を掻く。どれだけ長くかかるかも分からないし、いつのまにかあと5分で筋トレ開始の時間に時計の針が進んでいた。

「・・・いや。とりあえず、部活に行く。」
ラケットバックを持ちあげ、教室を後にする。安藤は変だけど害がある女じゃない。

でも彼女がに何の用があるのだろう、全くもって見当がつかなかった。
















「部活の時間を邪魔してはいけないから単刀直入に2つお聞きするわ。」
連れていかれた先は人目につかないプール裏。夏は水泳部が練習する屋外プールもこの季節は放置され、静かな場所だ。着いて早々、話を切り出した安藤さんはジッと鋭い視線で私を捕えている。その厳かな雰囲気に頭をブンブン縦に振る。必要のないことは言葉にするな、そんな恐い雰囲気だ。

「一つ目。あなた、昨日精市の病院で私に『初めまして』っていいましたよね?」
「はい。」
「本当に私のことを覚えてないと言いますの?安藤、アンナ!よく思いだしてみなさい。兼丘第二小学校のあ・ん・ど・う・あ・ん・な!」

聞いたことのある小学校の名前に眉間を寄せる。どこかで聞いた。どこだ?ここで知りませんなんて言ったらそれこそ蹴りかパンチが飛んできそうだ。記憶の奥底を探ってみる。確か小五の・・・。

「え・・・。」
掠めた記憶に女の子が一人、浮かび上がる。そうだ彼女の学校が兼丘って名前だった。

「ええ!!?」
まさか、と彼女を凝視する。だって、今目の前にいる子と似ても似つかない。

「ソバカスとペシャンコ鼻と眼鏡が有名で、小5の全国ダブルスで優勝したあのアンアン!?」

驚愕したついで思い切り本人に人差し指を向けてしまった。嘘だ、嘘だ。だって今目の前に立っている子は鼻の高い、肌の艶やかな美人さんじゃないか。

「やっと思い出したわね。整形しましたの。あの顔のせいで男子から嫌がらせを受けまして。この学校で当時の私の容姿に触れたらぶっ飛ばしますからご注意を。」

まさかの是正にポカンと口を開ける。ここ最近なかった衝撃だ。

「立海だったんだ・・・。」
「元々ここが地元なんです。」
「でもアンアン、ならなんでテニス部に入っていないの?」
「道明寺さんにそれは熱烈に誘われましたけど断りました。クラブチームで今でも練習していますから。」

何てもったいない!部活にいてくれたらそれは『極』がつく程のダブルス戦力になったのに!アンアンこと安藤アンナのことを琴音は一言も言っていなかった。誘いを断られたことを恥だと思っているのだろう。確かに、去年の立海女子テニス部の低レベルにアンアンは頂けるようなプレイヤーじゃない。私が彼女でもクラブチームを選んでいたはずだ。

「そんなこと言わないで入って下さい。」
「レッドローズの頼みと言えど断ります。それより、」

目つきが些かキツくなったアンアンがドーンと胸を張って私に詰め寄る。どうやらここからが本題のようだ。


「2つ目です。昨日言いましたが私は去年から精市にそれはそれはゾッコンに惚れています。やっとE組の久賀さんと別れてチャンスが廻ってきた。だから、あなたには渡しません。精市があなたを好きでも、私に振り向かせて見せます。」

真剣な眼差しに、押されてしまう。
幸村も、仁王も、アンアンもこうやって人に自分の感情を話せる人達は、私には眩しすぎる。思わず目を瞑って全てを視界から追い払う。そしてシャットダウンしたくなる。

私は閉ざして、殻の中に引きこもって光をみない人間のように臆病だ。



「それは私に断ることじゃない。」
「別に私は幸村が好きというわけではないから。そう言っているように聞こえますけど、その彼とキスまでしているあなたは何なのです。」

言いたくないその先に足を踏み込まれる。

「あなたにとって、幸村精市という存在は何?」

握った左手が汗を掻いていた。


「・・・相変わらずキツイね、アンアン。」
「こうみえても人の感情には敏感でして。私に奪われたくないと1%でも思っているのなら、示した方がいいのでは?後で後悔しても知りませんよ。」

助言をする彼女の真意は理解できない。私を諭して彼女に利益なんてないはずだ。恋の敵として私を見ているアンアンが、自分に正直になれと言う。

「話はそれだけです。」
ちょうどチャイムが鳴って、180度向きを変えて歩き出そうとする彼女の腕をとっさに掴んだ。行動は無意識だったけど、脳が行かせるなと命令したんだ。

「なんです?」
「ちょっと部室に寄ってかない?奈々が喜ぶ。」
「入部の勧誘は受けません。」
ちッ、ばれたか。

「いや、純粋に奈々に会わせたいだけ。」
今さっきまで嘘だったけれど。














、この人は?」

キョトンと首を傾げて問う奈々はやっぱり連れて来た人物が何者なのか分かっていなかった。奈々の呆けっぷりにまた頬を引きつらせて「どいつもこいつも何て記憶力の悪い・・・。」そう今にもプツンと来てしまいそうなアンアンを抑える。

「アンアンだよ。」
「アンアン?」
「ソバカス、潰れっ鼻、眼鏡の・・・グェッ!!」
「ッえええええええええ!!????兼丘第二のあのアンアン!!!!!!????」


彼女のかつての容姿に触れた瞬間、背後から本気の回し蹴りが飛んできた。