One for All









One for All



05







ぽかぽか。
ぽかぽかという言葉は今日のような天気の日のためにある。冬服には暖かすぎる光が、私達が立つ地球を照らす。先週まではっきりしない天気が続いていたのが嘘のように晴れた今週、学校中が桃と白の花を万と携えた木々に囲まれた。向かいに座る人物に渡された数字が並ぶ紙の束に一通り目を通して、窓の外を眺める。何で、何でこんなに綺麗なんだろう。

「あとこれが2学期までの予定表。」

1年の内、1週間か2週間しかみられないこの光景。日本ほど桜が似合う国はこの地球にない。この光景は両親の住むスウェーデンにない。日本に来て初めて見たのは幼稚園のころ、祖母に連れられ行った動物園でのことだった。

「…さん?」

名前を呼ばれはっとする。反対側の彼が紙を一枚差し出していて、ぼうっと外を見ていた私は「ごめん。」と一言謝りその紙を受け取った。『年間行事』と記されたそこにはテニス部が参加する学校の行事と試合予定がづらづらと並べられていた。



4月15日 新入生歓迎会 部活動紹介
4月15日〜22日:仮入部期間
4月24日:生徒会部活予算会議
5月30日:地区予選壮行会
6月3日:球技大会
6月4日:地区予選開始
7月01日:関東大会
7月16日〜19日:試験期間
8月12日:全国大会 3年引退
9月15日:新人戦 
10月26日〜28日:海原祭 (夏休み中に出し物検討)



文化祭はクラスでも出し物があったはずだ。クラスメイトの北野さんが「このクラスは海原祭何やろうか。」そう他の子と半年先のプランを立てているのを休み時間に聞いた。凄いハリキリようだな、その時はそう思った。月ヶ丘女子大学付属中等部にも文化祭はあったけれど、部活動で少し落ち着いた企画をするくらいで、クラス一丸になって何かやろうなんて提案すら出たことない。

でもこれが普通の中学生なのかも、そう自分と北野さん達クラスメイトを比較した。一つのことに熱くなって、無茶をしようとする。一人でいることより、友達と何かをやり遂げることに意味を強く感じている。私から見たら幼稚園生が固まり騒ぐ、そんな光景。いつからだろう、一人でいいやと思うようになったのは。
お嬢様学校の月ヶ丘女子に通っている人間と、この学校の生徒は比べられない。この学校の子達のほうが何倍も素直で、優しい。できるなら自分もそうでありたい。



ふと紙から目を上げると、目の前に座る幸村君が窓の外を見ていた。さっきまで私がそうしていたように目じりを下げて、じっと桜の木が春風に揺れる一点を見ていた。

「綺麗だ。」
肘を突いて手の上に顔を乗せる横顔は澄み切っている。私もまた、彼が視線を流した桜の木達を見つめた。本当に、何で彼らはこんなにも綺麗なんだろう。

「思いに耽った顔して何を見てたのかな、って。桜だったんだね。花好き?」
「ものによる。」
「この学校の屋上には花壇があるんだ、知ってる?」

私が首を横に振ると「じゃあ今度見てみるといいよ。さんの好きな花があるかものしれない。」幸村君はそう、机に散乱していた紙達をまとめ始めた。みんなまだランニングから戻ってきてないかな、とか今日はどんな練習メニューだろうとか、一人でくるくる話す彼は本当にテニスが好きなんだなと思わずにいられない。まるでテニスを始めたばかりの少年のようなイメージさえ浮かぶ。花もきっと好きなんだろう、屋上の花の話をする目が微笑んでいた。



意外だ。あんなにひどいテニスをする子が。










「どうだった、部長会議。」
部室に戻ったに春希が声をかけた。先週まで、ランニングだけでぶったおれていた部員達の数人が今では一通りの基礎練後、他人に話しかけられる余裕が出てきたようだ。が組み立てている全国大会出場、優勝への計画は順調に進んでいる。私は靴紐を結びなおしながら、何となく2人の会話に耳を傾けていた。

「桜の話をしたよ。」
「桜?」
「そう、桜。」
ここにいるみんなは気づいていない。今、が話している内容が…、彼女が他人と花の話をすることがとても滅多にない貴重な行為であることを。花の名前をミドルネームに持つはその名前のせいで幼稚園の時にイジメられていたらしい。小さい子供にすればヨーロッパ人とのハーフで容姿が自分たちと全く違う女の子を同じ人間に見られなかったのか。カタカナの聞きなれない名前はそんな幼心に拍車をかけ、に良い思い出を残すことをさせなかった。
『カトレヤ』というミドルネームを持っていることを知る人間は幼馴染の道明寺さん、真田君と私、そしてとっくに調べているだろう柳君。この学校では4人だけ。これは厳守しなければいけない秘密であり、口が滑って誰かに漏らしでもしたらから精神的に痛い成敗が待っている。



「桜の話以外には何もなかったのか?」
「来週から始まる仮入部期間の話をちょっとしたくらいかな。」
「そうだ、来週から仮入部期間だ!」
部室のソファに座ってドリンクを飲んでいた陣内麻紀はぱぁ、っと表情を輝かせ「「後輩!!後輩!!」」と酒呑みコールのように手を取り合ってマネージャーの愛美ちゃんと喜んでいる。

「残れる1年がくるといいな。」
の横で呟いた春希は少し、悲しそうだった。春希の言葉に、麻紀ちゃんと愛美ちゃんも握り合っていた手を離し、床に目を向ける。ああ、そうか。道明寺さんがこの部活には元々沢山の部員がいたのにみんな辞めてしまったんだ。琴音ちゃんが昨日の帰り道で話してくれたっけ。大半が辞め、今では数えられるくらいになってしまったんだ。

退部届けを渡された道明寺さんは辛かっただろう。日々、名札が消えていくロッカーを見る部員も辛かっただろう。でも、その辛さなしに全国大会を目指すなんて無理だ。は暗くなったみんなのことを見渡して、春希の肩にそっと手を置いた。

「仮入部期間に1年生を考えて甘い練習メニューにすることはないし、一通り体験してもらって、やれそうだと判断した子からだけ入部届を受け取るつもり。それに一回入部した子から退部届はよほどの事情がない限り受け取らない。覚悟を決めて入部してほしい旨も正式入部前に1年生に話すから大丈夫。私達、先輩になる人間が悲しい顔はやめましょう。」
「ああ、そうだね。やめよう。」
の言葉には説得力があった。
「じゃぁ、悲しい顔したバツに全員でランニングもう20周。行きましょうか。」
和らいだ部の雰囲気をすかさずテニスの練習に結びつけるところも流石だった。






グラウンドから女子テニスコートに戻るにはかなり遠回りをしない限り、男子テニスコート前を通ることになる。グラウンドと男子テニスコートの間には桜の木が固まって植えられている、木の花壇のような場所があった。いいな、女子のテニスコート横にもこうゆう景色が欲しいなぁ。そんなことを歩きながら考えていた。

「ああ、そっか。作ればいいんだ。」
手っ取り早いアイディアが閃いてポンっと手を叩く。すると前を歩いていた部員が振り向いて立ち止まった。
「何を作るんですか、。」
「ふふふ。女子テニス部の家庭菜園。それも花が咲かない果物限定の。」

「「「「はぁ?」」」」 

女子テニス部員の「は?」に男の声が混じっていた。首を傾げて下を見ると、一段低くなったテニスコートに立つ幸村君と仁王君がこちらを見ていた。仁王君と春希、奈々、柚子ちゃんはあからさまに呆れた顔をしていて、幸村君と琴音、麻紀ちゃんはクスクスと笑っていた。
、花が咲かない果物なんてあるんですか?」

「あるよ。」

私が口を開こうとした瞬間、代わりに答えたのはさっきまで笑っていた幸村君だ。みんな幸村君のことを見て「え?」と驚いた顔をしている。もしかして、さっきの呆れ顔は「花が咲かないのに実がなる植物なんてあるわけないだろ。」っていう意味だったのか。今気が付いた。

「無花果(いちじく)は、漢字の通り花がないよね。最も外から見えないだけだけど。一緒になって笑ってしまってごめん。『家庭菜園』って予想してなかった単語が出てきたからつい。」
無花果植えるのか。植えてどうするんだろう。誰が世話するんだ。そんなことを考えながらコートに向かい歩き始めた女子メンバー。はまた男子テニスコート横の桜の群衆に目をやった。何か桜に思い入れがあるのだろうか、仁王はその横顔を見ながら手中でラケットを回す。

「仁王、真田に休憩をいれるように言ってくれ。さん。」
未だに突っ立って桜に目を細めるに幸村は続ける。
「新入生歓迎会の出し物、俺良いこと思いついたんだ。」
「聞こうか。」

幸村はフェンスの外に出て、に並ぶ。2人は数分話して、それぞれの場所へ帰った。戻って来た幸村は蔓延の笑みを浮かべてメンバーを集合させる。そして「来週の新入生歓迎会のために今日は早めに切り上げて、貸衣装屋に寄って帰るよ。」そんな突発的なことを言う。その有無を言わさない決定事項に、誰もが頭上にハテナを浮かべた。


















中盤奈々さん視点