湧き上がる観客と、成功に笑みを零す部員が体育館の雰囲気を最高潮に満たしている。舞台で一列に並んだ役者メンバーが全員で手を繋いで3度、お辞儀をすると観客の拍手がより一層大きくなった。テニス部の劇が始まる瞬間まで嫌がっていた春希は見事に王女様を演じきり、彼女に同調した王子様は本気を見せた。そして主役2人を彩った脇役と、敵である魔女。
『蔑まれ、落とされ、笑われ、お前たち王国の者が当時私に何をしてくれたッ!』
怒り、無き、叫ぶ。
普段の生活で一切見せない感情を、がラストシーンで爆発させた。あまりの役へののめり込みように、舞台脇で見ていた私達は口をアングリ開けてそのラストシーンを見ていたのだが、遠くから見ていてもの変りように心臓がバクバクしていた。あの表情を目の前で、あの近さで見ていた王子役の幸村君は何を考えただろう。
『お前たちなど・・・こんな国など絶えてしまえ!』
魔女が死に際、王子に放った凍りつくような言葉とその声色は観客に鳥肌を催わせ、目の前に立つ王子にこれほど無い敵意と哀れみを打ち付けた。体育館に反響する彼女の叫びにシンっと静まり返った空気の中で、魔女の死を人間が喜び湧き上がる。少し、胸が痛んでしまった。正義しか見ていない者は悪役がなぜ悪になったのか、その背景に目を向けようとしない。
『・・・悪は倒れた。これで王国に平和が訪れる。』
死に横たわる魔女の傍に膝をついていた王子が言葉をつむぎ出すと喜ぶ王家の者達がまた舞台の上で優雅に踊り出す。王女が王子を迎えに来るその時まで、彼が魔女の頬を摩り苦い顔を見せていたのは、完璧なアドリブだった。
「素敵でした!」
「細野先輩美人!!」
「来年もまたやってください!」
重い衣装を身に着けたまま戻る控え室、もとい部室への道では、メンバーを待っていた大勢の学生が体育館裏の出口でお出迎え。揉まれるように進むその道が果てしなく感じる。男子生徒も多くいて、肌に手が届きそうな芋達の四肢を何とか避けようと魔法使いE、仁王の後ろに隠れて道を行く。
「カトレア、大丈夫?」
魔法使いAの奈々に背中を摩られる。芋への恐怖が顔に出ているだろうか。
「平気。」
「、おいで。」
仁王の前を歩いていた王子と王女がチラリとこちらを振り返って手を伸ばしてくれた。咄嗟に掴んだのは幸村の手。触れると同時にしっかりと握られる。そのまま2人の後ろにピタリとついて、後ろでは奈々と仁王が守ってくれてようやく安堵の息を吐き出した。転げるように入った男子テニス部の部室でようやく部員が全員でハイタッチを繰り返す。劇の練習時間もあまり取れなくて、台詞を呪文のように暗記してぶっつけで望んだ本番。出来は予想をはるかに上回った。
「みんな素晴らしかったわ。桔梗に見せてあげられなくて残念。」
お疲れ様と一人一人に声を掛けながら飲み物を渡すローズマリーは今回、役者のメイクに協力してくれた。
「みんな解散前に一度外に集合して。記念撮影しましょう。」
奈々のお姉さん、洵子さんは現役フォトグラファー。舞台の写真を取る役をかって出てくれた。
「みんな疲れただろう。昼食を買ってあるから持って行ってくれな。」
女子テニス部顧問の長妻先生が大きな段ボールに入ったお弁当を指差して言う。
「俺様の発声練習のお陰ってか!?礼はいらんぞ、はっはっは!!」
「いや響、僕の演技指導のお陰じゃないかな。」
音楽の中野響先生は相変わらず大らかに笑って、その隣で数学の南先生が中野先生に喧嘩を売る。これは私達テニス部員だけで作った劇じゃない。成功はたくさんの強力と理解があっての賜物だ。
「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」
ラグビー部にも野球部にも負けない肺活量で、テニス部は全員で頭を下げた。そんな私達を見てくれる先生と家族の視線はいつまでも暖かかった。
2年E組 お化け屋敷
「きぃりぃはぁらぁ・・・みぃやぁわぁきぃ・・・根性・・・叩きなおしてやー!!!ひょーひゃーぁぁぁぁ!!!!!」
「「ぎゃあああああああ!!!!」」
薄暗いE組教室から聞こえる恐怖の叫び声が、廊下を歩く人々の背筋を凍りつかせる。何事だと、立ち止まりジッと教室を見つめる人々の視線が私に届いて痛い。
「絵里、客入りは上々?」
クラスメイトの亜紀がB組の焼き蕎麦屋さんから昼食用の焼き蕎麦を下げて帰ってきた。お化け屋敷入り口の椅子に腰掛けて、他のみんなより早いお昼ご飯をいただく。私も午後はお化け役、ようやく受付業務から解放される。
「うん、やっぱり真田君の歌舞伎メイクと竹刀を持っての追いかけっこはかなり怖いみたいだよ。」
2年F組 ホスト喫茶
丸井・律・柳生
「お待ちしておりました、お姫様そしてお兄様方。」
これは台詞だ、そう自分に言い聞かせて顔を上げたその先で、予想通り固まっている男3人に営業スマイルを見せる。ここで笑ってはホスト失格だとジュリアンノにまた怒られてしまう。
「こちらが我がF組ホストのメンバー表となっております。私、ナンバー3です。他にご指名になりたいホストがおりましたらお申し付けください。」
「あ、お、おう。どうする柳生、細野指名するか?」
「いえ、私は別に・・・。」
「さんのホストやっぱりかっこいいわブン太!白いブラウスに、黒のロングパンツ、ワックスで短くまとめた髪型が女の心をソソル!まるでロシア人形のような顔立ちに、この振舞い方!!!分かる、ねぇブン太、この女心分かる!?」
「わ、わかんねぇ。」
マネージャーの律愛美が鼻息荒く、全力で乙女心の説明を試みる。そんな律から柳生が足を一歩引いた。
「お嬢様、私の様なものにそのお言葉はもったいない。こちらへどうぞ、我々のナンバー1ホストを紹介します。」
柳生がいるのなら、少しでも春希の近くに座らせてあげたい。
「大変、フェロモン大放出だわ!行くわよブン太、柳生!春希さんにドンペリ3本入れるわよ!」
「春希。こちらのお客様が君をご指名だよ。」
3人の中の1人が柳生なことに顔を些か赤く染めた春希が、愛美ちゃんの手を取って彼女・・・いや、彼専用のテーブルへ歩き出す。すでに多くの女子達に囲まれている春希は先輩のドンペリ(シャンメリー)3本追加で売り上げもナンバー1になりそうだ。
2年A組 占いの館
「A組の占いの館は6時まで開いてるんだって!行ってみない?」
F組のホスト喫茶1日目が終了し、片付けも大詰めの会場に奈々が祥子ちゃんを連れてやってきた。そういえば、劇が終わってから麻紀ちゃんの姿を見ていない。A組に行けば会えるだろうか、そんな期待を持って訪れた視聴覚室。A組の出し物はここにある。
「人生、恋愛、相性占い、どれにしますか?」
受付の女の子に聞かれ、金運を占いたかった私の望みは尽きた。なら人生占い、そう言おうとした瞬間、奈々の手に口を塞がれた。
「恋愛占いで!!ね、リコちゃん!?」
「はい!私も占ってもらいたいです!」
「んーんー!(私は人生占いがいい!)」
「かしこまりました。では恋愛占い3名様ご案内します。この先は個室となっています。この番号の部屋にお入りください。」
手渡された木の札に振られた私の番号は、08。
「じゃぁ、2人とも後でね!」
私に怒られると思ったのか一目散に03の部屋へ消えていった奈々の背中。12の札を持つリコちゃんと歩きながら、恋愛占いなんてと心中悪態をついた。
「先輩、08はこのお部屋ですよ。」
部屋を通り過ぎてしまう刹那、リコちゃんに言われ足を止めた。真横には確かに08と書かれたドア。これはもう入るしかなさそうだ。
「リコちゃん、終わったら一緒に綿飴買いに行こうね。」
「はい、ぜひ!」
そうだ、綿飴を楽しみにこの占いを乗り切ろう。
そんな希望に背中を押され、思い切って開けたドアの先には怪しい紫の明かり。そして水晶玉を前に座る魔女衣装の人物。深くトンガリフードを被った人物の顔は見えない。学祭のクラス出し物にしてはずいぶん本格的だ。椅子に座るよう無言で促され腰を落ち着けた。
「こちらは恋愛占いの部屋です。間違いありませんか?」
知っている声に視線を水晶だまからその人物に上げる。占いの内容も入った部屋も間違いだったらしい。
「・・・はい。」
「分かりました。では私の質問にいくつか答えていただきます。」
優しい声に、知っている息使い。私が恋愛占いに来たのが信じられなくて確認したんだろう。現に人生占いをしてもらいたかった私。この人は私のことを良く分かってる。
「今、欲しい物はありますか?」
「プラモデル用の接着剤。」
「恋人と行くなら遊園地、植物園、それともショッピング?」
「・・・植物園。」
前にこの人と一緒に行ったからじゃない。その3つの中でどれかと聞かれたら植物園だったからそう言っただけだ。そう自分に言い聞かせるけれど、顔が少し熱くなるのを感じた。
「とても気になる人に告白されました。でもあなたにはもう気持ちが冷めてしまった彼がいます。どうしますか?」
何だ、その質問は。
質問の状況にいまいち自分を置くことができなくて、少し考えた。だいたい、気持ちが冷めてるのに付き合っていることがおかしいだろう。
「彼と別れて告白してくれた人をもっと好きになりたいと思う、と思います。」
「なるほど。では最後の質問です。今付き合っている人、または気になっている人はいますか?」
ああ、どうしよう。
「付き合っている人はいません。」
どうする。
「気になっている人は・・・E組の久賀さんかな。可愛いからね、うん。」
「・・・っあはは。」
途端、フードを取った占い師が笑いだす。「絵里がライバルか。」笑いで溜まった目じりの涙を拭ってようやく私の占い師が素の姿を現した。
「占いの結果は?」
「好きな女性(ひと)の恋愛を占うのは難しいね。」
まるで当たり前のように私を『好きな女性』と抽象する幸村を前に、訳の分からない気持ちになった。そしてそれに反応する自律神経。苦しいような、胸焼けのようなそんな変化が起こる。
「手、貸してごらん。」
促され、手を出すと私の手首に優しく触れる体温を感じる。私より暖かい。彼の人差し指が私の動脈を押さえていた。
「心音、早いよ。」
幸村に目を細める。頭の中で行きかう、微妙な気持ちの変動を見透かされたような気がした。未だに神流に会いたいと思っている、男を好きになるわけない、部長仲間の幸村を好きになることなんてない、そう100%確信していた数日前までの私。意見は今も変らないけれど、感情だけが少し変化を見せている。そんな自分の変化に気づかないほど鈍くはない。
幸村は優しいから、私はそれに甘えているだけで、好きっていう感情じゃない。
そうに決まってる。
私の手にそのまま指を絡ませて、甲に口付けを落とす幸村は躊躇という言葉を知らない。自分の気持ちに真直ぐだから、好きだと思ったら行動で示したいんだろう。私も神流とつき合っていた時はそうだった。
そして水晶玉が置かれた机を挟んで、背中に廻された長い腕にやっぱり鼓動が早くなってしまう。
「結果はその気になってる人が絵里じゃなくて本当は誰なのか言える時が来たら教えてあげる。」
「水晶玉は教えてくれなかったの?」
強い腕の力に諦めて、幸村の首筋に顔を埋める。密室に、幸村と2人こんな体制にあるなんて、こんな状況普通じゃない。
「いろいろと試練が多いってこと以外はね。」
「試練?」
聞きなれない言葉に首をかしげる。頭にその漢字が2文字浮かんだんだ、そう言う彼は体を離して笑う。そして、手をそのまま私の頬へ。前かがみになった行動で、彼がせんとすることは分かっていたけれど、体を引くことはしなかった。
「君に恋人が出来るまで、俺以外の男とこうゆうことはして欲しくないな。」
優しい我侭を口にする占い師。するわけない、柳と兄さんを除いた芋達には触られることさえ妥協できないのに。
彼だから、こんなこと妥協できるのに。
「・・・ん。」
2回目のキスは1回目のキスより深かった。