「こんなところで立海中テニス部部長同士の試合が見れるなんてラッキーだね!」
「あの人って神奈川の幸村選手でしょ?私本物始めて見たぁ。」
「あの子めっちゃ美人じゃねぇ!?これで言葉遣いが良ければ最高だな!」
高校生だろうか。私達より一回り背が高い集団がコートに立つを指さして言う。3決あたりまで上がったらこんなドリーム対戦もあるかもしれないと、応援に来ていたマネージャーの愛美ちゃんと話していた。そのドリーム対戦がまさかこんなに早く、トーナメント第2回戦で見れるなんて、あの高校生の言う通りこれはラッキーだ。
でも・・・。
「・・・せっかく2人が最近良い雰囲気になってきたと思ったのに。」
「そうだな。この間の校内放送でくっ付くかと思ったのにな。」
「これではまるで喧嘩の様ですね。」
「っていうか喧嘩だろい。」
和気藹々と楽しむはずの交流試合が、こんな修羅場と化すなんて誰が予想した?
「ちゃんレッドローズ化しちゃったね。」
「女だというのにあの言葉遣いはなんだ、けしからん!」
真田君の言うとおり、今日は特に言葉遣いが荒すぎるよ。
試合前までは仲良くテニスの話をしていたと幸村君。2人のペアが2回戦で当たることは早朝から知っていて「お互い楽しくやろう。」そう言っていたのに・・・。
さっきから幸村君を睨んでは悪態をつく彼女を挑発する彼。幸村君とペアを組んでいる柚子なんてコートの端っこで泣きそうな顔してラケットを下ろしている。まさにやる気ゼロ。懸命な判断だ。プラス、柳君が幸村君のインプスにやられたせいで第2試合は部長同士のシングルスとなり果てた。リコちゃんに氷の入った袋をこれでもかというほどたくさん頭に押し付けられている柳君はしきりにを気にして起き上がろうとしているけれど、かなわない。
試合が終わるまでにまともに回復することは難しいだろう。
和気藹々と、楽しく進むはずだった試合を乱したのは幸村君。
彼が楽しい試合を蹴飛ばして本気を垣間見せ、がそれに煽られた。
そんな急遽始まった中学トッププレイヤーのシングルスを見ようと、噂を聞いて駆けつけた他校の中学生の姿が多い。私達と反対側のフェンスには、氷帝と青学、そしてあれは・・・六角中の男子テニス部の数名。大喧嘩で一度ペアを解消したという跡部君と玲も並び試合観戦している。2人寄り添い小声で何かを話しながらに目を向けている姿を見る限り、どうやら怒涛の夫婦喧嘩騒動は円満に終焉を迎えたらしい。
「それにしても柳先輩がインプスにかかるなんて意外だなぁ。」
「かかんねぇ奴なんかいるのかよ。あ、でも先輩は平気そうっすね。」
「多分、まだ軽い方のインプスなんじゃないかな。ほら、あの子は慣れてるから。」
「慣れてる?」
「うん。月ヶ丘時代に何度かかなり強いのにかかってるから。」
「「「「「へぇ・・・。」」」」」
鋭く幸村君を睨みつけるの視線は、あの目。槙野先輩との練習試合でがボロクソにやられた時見せたあの目そっくり。男子中学テニス界で最強と言われる幸村精市とジュニア世界ランク3位の槙野ツグミ、2人の共通点は『勝利に拘るテニス』だけじゃない。
インプス。
これも2人の共通点。
強い者だからこそ、完璧にボールを捌ける技術と相手の心理を手に取るように視る事ができる人間だからこそ、使える技。は槙野先輩との対戦でインプスに対する免疫ができたのだ。云わば予防注射を槙野先輩に施されたおかげで、今幸村君がに向けている程度のインプスでは効かない。
もっとも彼が本気で出してきたなら、柳君と同じように倒れこむのか。
もしくは既にインプスへの対策を見つけていて、対応できるのか。
気になるところだけど、対策があってもは今日、この場でそれを見せることはないと思う。だって、きっとそれはいつか槙野先輩と戦る時のとっておきだろうから。
「君の本気を見たくなった。」
気になるのはだけじゃない。部外者の私達には幸村君が本気で彼女を相手にしているのか、遊んでいるだけなのか、コートの外からは何も分からない。
「そんなもん見てどうすんだよ。」
ただ、この日が、これが私達の部長同士の始めての試合だったことはきっとこの先忘れることがないだろう。
「一々突っかかってこなくていいから、かかってきな。本気で。」
「良く私の親友をからかってくれてわね。」
午前の試合が予定通りに終わって、芝生の上で寛いでいた昼休み。私は玲に会いに行こうと会場をブラブラと歩いていた。第2コート脇にある花壇で、腰を下ろしていたのはさっきまでと張り合っていたテニス界の有名人。彼の前に差し込んだ私の影が、その端整な顔を上げさせた。
「俺はに本気を見せてもらいたかっただけだよ。」
花壇の可愛らしい花を手に取りながら落とすように呟く横顔を綺麗だと思う。綺麗な、子。でも見た目の儚さからは想像できないほどに、彼はいろいろな考えを持っていて、常にそれを解こうとしている。
「あの子、部活中に一度でも「本気」の試合を見せてくれたことあるかい?俺達にはないよ、一度たりとも。向かってくる相手が手を抜いていることほど、腹立たしい事はない。」
だから、少し本気になった。そう言う彼に悪びれた様子はない。私もテニスプレイヤーだ。彼の言わんとすることは分かる。私だって例えば部内選抜で春希が舐めかかってきたらいい気はしない。
「・・・でもそれはさ。幸村君が男の子だから言えるんだよ。」
「?」
だって、幸村君が女の子だったら思いっきり試合していただろう。あの時、槙野先輩に挑んだときみたいに、息を上げて、汗を?いて、何が何でも勝ちたいと我武者羅に叫んだはずなんだ。
「女は男にテニスで勝てない。これの口癖。」
「・・・。」
男に生まれてきたかったと嘆いている彼女は、男性相手に本気で試合をしたりなんてしない。
前提にある「負け」という結果が怖いから。
本気で戦って、負けて、女だから負けたと再認識することが怖いから、本気にならない。
「ま、何にしてもは難しい子だよね。」
「レッドローズの時はただの単細胞だけどね。」
笑った。私の親友をよく分かってくれている男の子が一人、ここにいることに。
ゲーマー的に言うと、幸村精市はこの日120の経験値を獲得し、レベル12になった、とでもいうのだろうか。
まさかの交流会終了。