全国中学生テニス大会初戦日
『皆様にお知らせいたします。15分後、岡山県三河新第六中学校対、神奈川県立海大付属中学校の試合が中央競技コートにて行われます。まもなく、大会掲示板にオーダー表の掲示が行われます。関係者の方はどうぞご確認ください。』
少しでも身軽な物を着て、暑さを逃れようとする人間達が大勢集まる夏の会場で、長袖長ズボンを身に纏い、一人涼しい顔で太陽の下を歩く人物を誰もが振り返る。そしてその人物を見た者は、次の瞬間に『レッドローズ』という代名詞を口から漏らす。中学テニス界の事情に詳しい人間が知らないはずのない人物が、たった今アナウンスで案内があった掲示板の前でその足を止めた。
彼女が足を止めた少し先には、同校の男子レギュラー達が立っている。そしてその奥には相手校の主要メンバー。一同、張りだされたオーダー表を真ん丸な瞳で凝視していた。そんな彼らのまぬけ、とも言える表情を見た彼女はしてやったりと片唇の端を引きあげる。
「・・・な、何この組み合わせ。」
勝つための布石。
どう転ぶか分かっているからこそ、弄りに弄った今回のオーダー表。今までの校内練習を全て無視した大胆且つ、斬新な組み合わせを採用した。
相手の学校は予想通りのメンバーを予想通りの所に入れてきた。実力を充分に備え、確実な勝利をモットーにする学校だからこそ、保守にまわると予想した。それは見事に当たりここまでに用意された状況は完璧。すこぶる立海に有利にある。
「みんな、問題児の登場だ。」
一番外側に立っていた柳が、の姿に気付き、共に応援に来ていた男子メンバーに声を掛けた。彼女を「問題児」と発言した彼は副部長の道明寺琴音にデータテニスを教えた人物。自分の弟子だからこそ、このオーダーを組んだのが道明寺でないことは手に取るように分かっていた。
こんな大胆な計画を実行に移す人間は以外にあり得ない。
『お前、一体何考えてんだ。』
そんな心の訴えを男子レギュラー全員から受けたは貫禄の笑みを残し、試合が始まろうとしているコートへ足を運び出す。その背中は勝利への自信と、関係者の度肝を抜いた満足感で満たされている。見送る立海大付属男子テニス部員はもう一度掲示板を見上げ『大丈夫かよ』そう女子の第一試合突破を疑わずにはいられなかった。
『三河六中はダブルスがすごく強い学校でね。ダブルス2つ、そしてシングルス3で勝ち上がる傾向がある。』
『もっとも、それは去年の話だから今年もそれで来るとは言い切れない。』
『ただ、その戦法で去年勝ち上がった学校だからこそ、戦略に自信があって今年も同じようにしてくる可能性は高い。』
『一か八か。やってみる価値はあると思う。』
試合前日の夜、ミーティングでが発表した初戦のオーダーを聞いた全員がその耳を疑った。何かの聞き間違いではないかと彼女の発言を頭の中でリピートした。
カラン、麦茶の中の氷が高い音を立てる。そんな微かな音が木霊する旅館の一室で、部長のが私達、部員に採択の是非を問う。
『この間のレギュラー選抜戦でつけた順位あるよね。その順位が1,3,4,5だったメンバーが全員ダブルスに入る。2位だった者はシングルス3に出場。』
『つまりシングルス1と2は勝つのを当たり前に、相手が取ろうとしているゲームに私達の主要戦力を全投入ということですか。』
開いていたデータノートを畳み、私は賛成ですと意見表明をした。練習で一度も組んだことない者同士のダブルス、それも立海の主要シングル選手がダブルスに廻るとなれば、今まで取ってきた個人データは明日の試合でなんの役にも立たない。個性が強いシングルスの選手が、ダブルスでどう変化するのかデータは何も教えてくれない。これは技術じゃない精神的なレベルを問われる試合になりそうだ。
相手校がどんな手でくるか分からない今、私達の戦略が不確かな物であることは変わりない。だけど、にこの部活を任せた時からどんな状況にあっても彼女についていくと決めている。理由のある体制変更を彼女が支持するのなら、私は部長の下で自分のできることをするだけ。
『ダブルス1、・細野春希、ダブルス2、水上柚子葉・道明寺琴音、シングス1、宮脇茉莉亜、シングルス2、陣内麻紀、シングルス3、浜野奈々、該当者は以上です。』
『あの部長!フォーメーションはどうするんでしょうか!!』
はいっ!と思い切り手を上げたダブルスのリーダーが身を乗り出した。もっともな質問だ。何たって、明日ダブルスに出る予定の人間は私を含め、4分の3がシングルスを得意とする選手。今からフォーメーションの練習なんてしても間に合うわけがない。部長の口から出るであろう奇跡のダブルス成功策を聞けると思っている柚子葉さんがその身をより一層前かがみに乗り出す。
『・・・。』
「「「「・・・・・。」」」」
溜めに溜めた沈黙の末、
『それはその時考えようか。』
(((((ヲィ!!))))
三河六中撃退作戦の言いだしっぺ、部長・はノープランだった。
「では一回戦突破を祝してカンパイ。」
「「「「「「かんぱーい。」」」」」」
私達、女子テニス部しか泊まっていない旅館の食堂を借りての宴会には、明日一回戦を控えている男子テニス部の面々と応援に関東から駆けつけた保護者も参加した。試合で汗を流している時間、厨房を使い料理を作ってくれたのは男子テニス部の保護者数名。食卓に並ぶ料理の多さは流石運動部と言うべきか、いくら大人数の席とはいえ多すぎるくらいに見える。
長妻先生には日本酒が用意され、隣で接待しているのはのお姉さん、優さん。彼女の目の前にはすでに空になったワインのグラスが2本。あんなに呑んでも全然変わらない、私の姉さん、浜野洵子とは大違いだ。我が姉はビール1本で現実を忘れ、酔いに身を任せる傾向にある。
「の姉ちゃん、肝臓どうなってんだ。」
私の隣に座る丸井が目を真ん丸にした。
と言えば、長妻先生と話す優さんの隣でデザートに用意されたフルーツポンチばかりモグモグと食べている。そんな彼女の様子を見た幸村母が向かいに座る幸村君に笑いかけた。
「あれ、私が作ったの。さん喜んでくれたかしら。」
あれ、と指さされたフルーツポンチのガラスボールを一人占めする彼女に目を向けた彼は食べているのが甘いものだと分かり、首を縦に振った。
「ユッキーのお母さん部長のこと御存じなんですか?」
幸村母の隣でパスタにタバスコを振りかけていた柚子がその動作をやめて、ようやくタバスコのグラスを卓に置く。ビネガーの刺激臭がキツイ。
「ええ。精市が持ち帰ってきたことがあるの。」
「それって!噂のおもちかえりってやつですか!?」
バン、とテーブルを叩いて立ちあがった麻紀ちゃんがをジッと幸村君を交互に見て叫びながらの方へ移動を始めた。すごーいすごーいと言いながら拍手している。
「母さん・・・。」
「あら、本当のことじゃない?」
「あははは。」
「奈々?」
麻紀ちゃんが考えてることが何となく分かって、笑ってしまった。あの子は小さいし、幼稚園生みたいだから可愛い純粋なキャラだけど、彼氏がいるだけあってそうゆう知識はあるようだ。
「ちゃん!!!!!」
「・・・ん?」
うふふ、と奇妙なニヤケ顔で飛んで来た麻紀ちゃんに、だけじゃなく優さんと長妻先生もこちらに顔を向けた。先生はお酒で茹でダコの様に赤くなっていた。
「ちゃん!精市君に食べられちゃったの!!!???」
「「「「ゴホッ!!!」」」」
男子レギュラーの面々がその一言に一斉に食べていた物を喉に詰まらせ、そして噎せ返る。は目の前の麻紀ちゃんから視線を外して、奥にいる私達に怪訝な顔を見せた。
「幸村、麻紀ちゃんに何吹き込んだの?」
私達(麻紀ちゃん除く)はと幸村君がすでに関係を作ったなんてこと、万が一にもないことを普段の2人から知っている。でもあの麻紀ちゃんは純粋さ故に信じているに違いない。数秒黙った幸村君が楽しそうに立ちあがっての方へ歩き出し、麻紀ちゃんを越えて後ろからに腕を廻した。
「説明するの面倒だし、そういうことでいいんじゃない?」
「・・・よくないでしょ。」
見ているこっちは赤面ものだ。の反応を見て遊んでるんだろうけど、保護者の前でこ熱烈なアピールとも言える行動に切原君が顔を真っ赤にしている。真田君も。怒鳴りたいのだろうけど今日は保護者がいるから何とか我慢していた。持っている箸が震えている。
「ねぇ、みんな。精市とちゃんって付き合ってるの?」
「「「・・・。」」」
キャキャと嬉しそうに目を輝かす幸村母に詰め寄られ、顔を見合わせた私達。
「「「「・・・私達(俺達)が聞きたいです。」」」」
同じフォークで残りのフルーツポンチを食べ始めた当人2人を横目に、全員が苦笑いした。
中2全国大会