One for All









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今年の全国大会の会場は愛知県。1学期の終了式で全国大会へ出る部活が全校生徒からエールを送られた。壇上に立ちエールを受けたのは男女テニス部、男女バスケットボール部、卓球部、弓道部、そしてチアリーダー部。吹奏楽部も全国コンクールに出場する。部活に力を入れているだけあり、優秀な部がとても多い。特にチアリーダー部は大変だ。自分たちの全国大会が終了したら、他の部活の応援に駆けつける過酷な夏休み。それでも3年の先輩達は一日でも長く部活にいられることを喜んでいるという。

「ついに・・・。」
「・・・ここまで。」
「きたね。」

全国大会出場校受付とデカデカ書かれた案内表の前で春希、麻紀ちゃん、柚子が横一列に並び感慨している。琴音ちゃんも感動しているみたい。「うっ・・・。」っと声を漏らしてハンカチを目に当てた。

今から泣いててどうする、副部長。



朝6時に学校を出発し、午後2時にようやく名古屋駅にたどり着いた。『部費の節約』だと各駅停車を乗り継ぎ、歩き、迷い、尋ね。新幹線で行けると思っていた私達の落胆さと言ったらない。それに引き換え男子は大型バスを借りていくのだという。まぁ、あの部員の多さだし電車移動が大変なのは分かるけど。待遇の差がヒドい。

「男子はもうとっくに会場入りしたらしい。先生受付してくるから、みんなはぐれないように固まっててくれな。」

顧問の長妻先生が弱弱しい声を残して背を向ける。普段は全く女子テニス部に関わろうとしない先生だけど、今日半日一緒に行動して思ったことがある。

あの先生は多分、すごくテニスが好きだ。

行きの電車の中で、この前がインタビューされた月刊プロテニスの記事を熱心に読んでいたし、昨日の練習後、全国へ向け気合を入れるためのミーティングでが最後に言ってた。

『長妻先生にトロフィープレゼントしてあげようね。』

彼女の口から出た思いもよらない名前に驚いた。真意は分からないけれど、は長妻先生がテニスを好きなことを前から知っていたのかもしれない。
小さくなるおじいちゃん先生、長妻康介の背中は丸まっていた。


















さん、お久しぶり。」
さん、大会中よろしくね。」
、元気だった?」
「今年は負けませんよ。」

長妻先生が受付から戻って来て、私達は受付会場の建物の外で遅い昼食を取った。全国大会トーナメント表をみんなで眺めてた。去年の全国大会で見た学校が過半数あった。他のみんなは「全国なんて初めてだからどの学校がどうとか全然分かんないよねー。」ってトーナメント表をすぐに地面に置いてしまう。不安や恐れは全く感じられない。遠足に来た幼稚園生みたい。

私達の第一試合目の相手が、去年の全国大会3位だった学校だと聞いたらどんな反応をするだろう。


円を描いてご飯を食べる団体の中に、の姿を見て近づいてくる他校の選手が絶えない。はその都度立ち上がって、選手の人達と握手をしたり立ち話をしたりしていた。さすが小学校から全国区の人間は顔が広い。

「全国大会って社交の場でもあるんだね。」
麻紀ちゃんがお弁当のウインナーを箸で掴もうと奮闘しながら言った。

「あの人達、見たことある。」
茉莉亜がの隣にいる女子を凝視する。誰だっけなぁ、と頭を抱えあー、とかうー、とか言ってる彼女は回答に辿りつけそうにない。

「・・・左の人は確か東北代表の森さんで、右の人は九州代表の藁科さん。去年のジャパンジュニアでとチームメイトだった人達だよ。」

槙野先輩がリーダーのジャパン選抜で地獄の練習を経験した人達だ。

「先輩も選抜だったんすか?」
「ううん、私は選ばれてない。去年の月ヶ丘からは槙野先輩ととあと玲が行ってた。男子の方には幸村君辺りいたんじゃないかな?琴音ちゃん知ってる?」
「はい。奈々さんの仰るとおり3強のお三方が選ばれていました。もっともフランス代表との公式戦で出場したのは幸村さんだけでしたね。」



「・・・何かこうゆう話を聞いてるとさ、私達って本当に凄い人達とテニスやってるんだって思うよね。」

ハハ、とはにかんで笑う柚子に全員が頷いた。

























『応援に行くわ。』
「いいよ、来なくて。第一試合なんて見てもつまんないでしょ。どうせなら決勝で来て。」
『でも一戦目、岡山の三河六中でしょ?いい試合になると思うけど。』

初日の夜、明日の第一戦のオーダーをメンバーに発表した。明日の試合は去年3位の表彰台に上がった学校。絶対に負けられない一回戦目、相手は充分過ぎるほどに強い。

「負けないようにオーダー表を組んだつもりだから、多分大丈夫。」
『大分変えたの?』
「まぁね。」
『明日見るのが楽しみだわ。』
「だから私のとこより景吾の応援に行きなよ。また拗ねるよ、あいつ。」

玲はそんなことで拗ねないわよ、と言う。氷帝学園女子テニス部は関東大会3回戦で敗退した。玲と小池先輩のシングルス1、2以外が相手の学校に完敗したのだ。私はその試合を見ていた。気の毒なことに、2人以外のプレイヤーの実力が関東を勝ち抜くために乏しすぎた。
お疲れ様を言うために、試合が終わった氷帝のチームを訪ねた。小池先輩にもうお礼が言いたかった。「すみませんでした!」と泣くチームメイトを精一杯評価していた小池先輩。玲も彼女も全く悲しい顔はしていなかった。

『月ヶ丘をボコボコに出来ただけで私は大満足だわ。氷帝女子テニス部が本当に名を上げるのは今のメンバーが高校で全員そろってから。』
中学で全国を目指す気はないのだと、玲が爆弾発言をした。マイペースな彼女らしいなと思った。

『高校では立海の女子に負ける気はないわ。』
『うちも、負ける気はサラサラないよ。』
宣戦布告を受けて立った。高校3年の全国大会決勝で氷帝と立海が当たったところを想像した。あり得ないことじゃない。彼女達は強くなるだろうから。そしてそれを同じ地区内で見ることになる立海も今よりずっとずっと強くなる。





「じゃ、おやすみ。」
携帯電話を置く。気がつけば1時間玲と話していた。1時間前まで騒がしかった隣部屋が静かになっていた。

寝たかな。

茉莉亜と祥子ちゃんのことだ、麻紀ちゃんを巻き込んで枕投げでもしていたんだろう。あまりの煩さに3人を無言の視線で沈めた春希の姿が容易に想像できた。

「私達も寝ましょうか。」
私が障子をしめた音に、布団がモソリと動いて琴音が出てきた。布団の中でデータノートに何かを書き込んでいたらしい琴音が眼鏡を外してノートをまた布団の中に入れた。

「ソレと一緒に寝るの?」
「ふふ。大切なデータノートです、今夜スパイが来て盗まれない為の対策に。絶対に手放すなと師匠柳さんに釘を刺されました。」


柳もノート抱いて寝てるのかな。


男子は午前中が第一試合だ。午後にある女子の試合に来るかもしれない。
幸村にあのオーダー表を見られて言われる言葉なんて一つしかないに決まってる。






『何考えてんの?』





この夜、私を心底馬鹿にする幸村が夢に姿を現した。