One for All









One for All



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数学の課題を休み時間中に終わらせた。難しい。分からないことがあったときはいつも精市君に教えてもらっていた数学を一人で片付けられるように、最近なった。

頑張った後に楽しみがあると思うと何でも早く終わらせられる。数学のノートを机にしまって、カバンに入れた『月刊プロテニス』の雑誌を取り出す。初めて買ったテニスの雑誌だ。先週、同じクラスの真田君が立海テニス部の特集が組まれることを教えてくれた。今日、バックの中に身を潜めているのはこの雑誌だけじゃない。お世話になったさんに焼いてきたマフィンもお披露目の時を待っている。

「ええっと・・・23ページ。」

「絵里ー!何してるの!?」
クラスメイトが声をかけてきた。表紙を広げようとしていた手が止まる。

「これ、うちのテニス部が載ってるって聞いたから買ってきたんだ。」
「ああ!目的は幸村君か。」
ふふ、と笑う友達に「そうじゃないんだ。」そう本音を言った。これは精市君が載ってるから購入した物じゃない。

さんのコメントが読みたくて。」
「そうなの?女子テニス部もがんばってるもんね。」
「うん。亜紀も一緒に見る?」
「いいの?見る見る!」

亜紀には精市君ととっくに別れたこと、言わないといけないな。


「では、開きまーす・・・。」
ドキドキしながら開いた関東大会の特集記事には『快挙!立海大付属!』と題が打たれている。記事の始めには『レッドローズ』が立海女子テニス部で部長をしていること書いてあった。
さんってレッドローズって呼ばれてるんだ。」
私はテニス全般のことを何も知らない。精市君と付き合っていたけど、テニスを知ろうとは思わなかった。
「テニスって、面白そう。私、帰る時女子テニス部のコート通るんだ。みんなすごく楽しそうで見てるこっちまでいいなぁなんて思うよ。」
帰宅部の亜紀が高校ではテニス部に入ろうかな、って真面目に言った。






3ページを占領する特集を2人で読み終えて、そっと雑誌を閉じる。

女子テニス部、素敵だな。

さんのコメントを読んでそう思った。
最後のページに載っていた部長2人のツーショット写真。カメラに笑いかける精市君と、その隣で真顔で写っているさんの綺麗な髪が風に靡いている。

「放課後、マフィン渡しにいこう。」
ありがとうって言って、これからも応援してますって言おう。



興味のなかったテニスに始めて親近感を感じた。
























「読んだ!?」
「読んだー!!!」
部活後の女子テニス部は本日発刊された月刊プロテニスの話で盛り上がっていた。買った人間はいなかったが、直接取材をした芝という女性が部員分、わざわざお裾分けにと持ってきたのだ。

「私はいらない。」
部長は頑なに読もうとしない。彼女に貰われなかった雑誌が一冊、部室の机に置き去りにされている。

「最初の1ページは別として、2ページ目からははっきり言ってテニスの話じゃないな。」
細野春希が笑いながら言う。
「芝さんナイスじゃん。」
浜野奈々は『ただの試合インタービューより面白いよ。』とに目を向けた。

「えー何何?『芝と選手の秘密部屋:さんへ質問です。彼氏はいますか!?』ってこれテニス全然関係ない!それと・・・『芝と選手の秘密部屋:幸村君へ質問です。好きな女性の仕草は!?』これはミーハーな芝さんが聞きたいだけって感じ。」
「でもユッキー何気ちゃんと答えてるジャン。長い髪を掻き上げる姿、だって。」
「髪が短い幸村ファンは泣くわこれ。」

奈々と柚子が地面に座り込んで始めた討論会。そんな私達を横目で見るはぶつくされてる。
「なぁーに?」
「なんでもない。」

「こんな記事もある。『部長同士、お互いを認め合うことはありますか。』」
「それねー、私も読んだよ。ひどいね。2人して『ありません。』って。次の質問が『もしかしてお二人は仲が悪い?』っていうのも頷ける。」
「でもその質問にはユッキーが『良いですよ。』って答えてる。普段の2人を知らない読者は意味わかんないでしょうよ。」







はいるか?」
ドアのノックの音に真田の声を聞いた琴音が扉を開けると、練習を終えたらしい3強が制服姿で立っていた。部室のソファーで横になるが閉じていた目をゆっくり開く。クリーム色の髪が重力でソファーから落下している。
「寝ていたのか。」
「まさか。目閉じてただけ。」
柳がふっと笑みを漏らし、彼女に一枚の紙を差し出した。
「秋にある関東テニス協会の催し物だそうだ。」

「・・・関東中高生テニス交流会?」
少し身体を起き上がらせたの髪に、幸村の手が伸びてくる。地面についてしまいそうな一束を取って、それを優しくソファの上に戻した。

「調子悪いのかい?」
「お腹すいて死にそう。」
「ああ、そう。心配して損した。」
「男子はこのイベント出るの?」
「それを相談に来たんだ。今回は男子だけじゃ出れないからね。」
幸村の発言に雑誌を読みながら聞き耳を立てていた柚子と奈々が顔を上げた。

「男子だけじゃ出れないってもしかしてミックスダブルス?!」
「ああ。優勝ペアには賞品もあるようだ。」
柳の一言に目を輝かせた柚子がすかさず挙手する。

「はいはーい!!!私ユッキーと組みます!!優勝すること間違いなし!」
「うわ、柚子ずるい!」
「ユッキーいい!?」
幸村が頷いたのを見た柚子がよっしゃっ!と声を上げてガッツポーズした。


「幸村、と組まなくて良いのか?」
真田が帽子のつばを下げる。彼も琴音のフォローでようやく部長の心の思い内を知ったようである。


「「この子と組んだら喧嘩になるから遠慮しておく。」」


横から口を出して拒否した。そして彼女と同じ発言をした幸村に部員が口をへの字に曲げた。

「柳、もうパートナー決めてる?」
「いや。」
「一緒に出ようか。」
「俺でいいのか?」
「はは、何それ。柳がいいから聞いたんだよ。」
あー、お腹すいた。そう背伸びをするに柳の表情は綻びに満ちていた。


「そうだな。俺もおまえがいい。」










トントン。
「あー!久賀さんだ!幸村君、彼女だよ!」

放課後、ずっと教室で時間を潰していた。時間があるのに今日に限って宿題がない。何をしたら効率的に時間を潰せるか悩み、掃除用具入れから箒を出して教室の掃き掃除をした。その後雑巾で教壇を磨いて、ベランダの掃除までした。ベランダから女子テニス部員がコートにいないのを見た。時計が6時を指しているのを見て、荷物をまとめた。
『部活はもう、終わったかな。』

さんにマフィンを渡したかった。


ドアを開けてくれたのはA組の陣内さんだった。精市君が1年の時から同じクラスの子だから、何度か話したことがあった。

「あ、あの陣内さん・・・。」
女子の部室には同じクラスの真田君がいて、精市君もいた。あの真田君の彼女として有名な道明寺さんが私と精市君を交互に見て、気まずそうにしてた。バットタイミング。

「陣内さん、幸村君はもう彼氏じゃないの。」

「・・・え!?ええええええ!?嘘!!」
「嘘じゃないよ。久賀さんとは別れたんだ。」
精市君の押しに目を点にした麻紀ちゃんが一瞬灰になった。そして後ずさり。


「みんな知ってた!?!?!?」
「「「「「「知ってた。」」」」」」
「いつから!!??」
「「「「「「ずいぶん前から。」」」」」」
「そんな!!麻紀だけ置いてけぼりだったの!?恥ずかしいっ!!!」
部室をグルグル駆け回って「うわー。」と顔を抑えてアドレナリンを爆発させる子。去年と全く変ってない。小さくて、可愛い。



「久賀さん、いらっしゃい。」
ガタ、と音がした方でさんがソファーで身体を起こした。この騒ぎで寝ていたところを起こしてしまったのかもしれない。

「ごめんなさい。起こしてしまいました?」
「全然。その前にこの3人に起こされてた。」
こいつらね、さんが指差して誰のことを言っているのか教えてくれた。

「あの、これつまらないものなんですがこの前のお礼に。本当にありがとうございました。すっごくスッキリして、さんのおかげです。」

精市君の前で彼女にこんなことを言うのが、すごく変な感じだ。チラリ、彼に目を向けるとその視線が私の紙袋を受け取ったさんに注がれてた。そして私の視線に気がつたのかこちらを見て、微笑んだ。別れた元彼と普通にこうやって一緒の空間に立っていられる友達としての幸せ。それをくれたのは間違いなく、彼女だ。

「マ、マ、マフィン!?」
「はい。口に合うといいんですが・・・。」
「うわぁ。嬉しい。食べていい?お腹すいてて死ぬと思ってたとこなんだ。」
「あ、もちろんです。」




モグモグ。

ちゃんは私が作ったマフィンを本当に美味しそうに食べてくれた。敬語は止めてねって言われて名前で呼ぶようになったけど、ちょっと歯痒い。
彼女がソファーの隣を譲ってくれて、テニスの話を聞いた。質問もした。ラケットの持ち方を丁寧に教えてくれて、すごく分かりやすいなって思った。

「君のそんな顔初めて見るね。」

近くに腰掛ける精市君が、ラケットにはしゃぐ私を見て驚いた顔で言う。
付き合ってるとき、彼とは一度もテニスの話はしなかったから。ラケットを握ってみたいなんて思ったこともなかった。

「だって幸村君テニスしてる時怖いんだもん。だからテニスって怖い競技んだと思ってた。」
面食らった顔した彼を横に置いて、ちゃんがハイタッチを求めてきたから手をあげた。

も本気になると凄いよ。人格豹変。」
「そこ。私は幸村ほど怖くない。」

仲の良い2人だなぁ、ってそのやり取りを見てた。
精市君は、きっとちゃんのことが好きなんだ。彼がこんなに気を許して笑いかける女の子は今、彼女以外にいない。付き合っていたことがあるから、彼が誰でもいい顔をする男性(ヒト)じゃないことをよく知っている。


「絵里ちゃん、今度ストリートテニス場で実際に打ってみない?と、あとクラスメイトの・・・亜紀ちゃんだっけ?みんなでさ。」
隣に座る浜野さんがコーラを注いでくれた。H組のアイドルと初めて話した。他の人達も部外者の私にすごく暖かくしてくれる。みんなこれが素なんだ。

部活っていいな。
彼らを見ていて心から思った。


ちゃん。」
「ん?」

「私、高校生になったらテニス部に入る。」


3個目のマフィンを食べるさんが、目を大きくする。薄い瞳が一度大きく揺れた。
「私、運動神経良くないしちょっと不安だけど。でもちゃんの部活見てるとね、自分も頑張ってみたいって気になる。」



女子テニス部の練習、見に行っても良いかな?
遠慮がちに聞いた私にちゃんがすごく綺麗な笑顔を見せてくれた。


「いつでも待ってる。」






私はいつかこの女性(ヒト)と一緒にテニスがしたい。





















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