One for All









One for All



32







続く男女合同練習。午後の練習を終え、昼の休憩中でてきとうに胃を満たした。午後は部員の指導をするだけだから、カロリーはあまり必要じゃない。
かなり早めにコートに戻ると「暑い暑い。」と嘆く茉莉亜が微かに陰になったところに寝ていた。彼女の言葉を聞いていたら何だか本当に暑く感じて、部員全員分のアイスを買いに行くことにした。
琴音、真田、奈々そして柳を連れて近くのコンビニに入る。効きすぎた冷房に鳥肌がたった。男子部室に放置されていた誰のものか分からないクーラーボックスに入るだけアイスを入れて、戻る。柳の日傘に入って歩く道の先に、蜃気楼が見える。

今日はやっぱり暑いのだ。



学校の門をくぐり、コートへ。茉莉亜喜んでくれるかな、そんなことを考えていた。そしたら前方から叫び声が聞こえて、隣を歩く3人と顔を見合わせた。キリハラ君と、茉莉亜とその他数人の声だった。そしてそのすぐ後に、知らない女子の発狂音声。「キャー。」とか「ギャー。」とか。

一体何事だと言いつつ、仁王や幸村あたりが試合を始めたんだろうってことでみんなと合意した。彼らに浴びせられる声援は「がんばれ。」より女子の叫び声の方がもっぱら多い。



いつものことじゃないか、そう思っていたのに。



「誰何すかあんた達!?」

見え始めたコートにまた声を上げるキリハラ君。コートには尻もちをついている1年生や、放心状態の女子メンバーがいた。様子がおかしいことに気付いて、切原君が言葉を投げる先を見て、

絶句した。


「な・・・・っ。」

そこには、長身の人間に抱きつかれている幸村がいて、抱きついている人間がニンマリ笑っていて、その隣でそれを可笑しそうに見ているもう一人の人間がいる。

「まぁ。」
そんな得体の知れない2人を見た琴音が嬉しそうに立ち止まった。彼女の隣で顔を青くする真田に持っていたコンビニの袋を放って、私は全力で幸村奪回に走った。
















ガシャーン!!!

見知らぬ訪問者の登場、そしてその内一人の行動にパニックになっていたコート。がフェンスのドアを思いっきり開け、ものすごい形相でズカズカと入ってきた。彼女は迷うことなく、その足を幸村君と訪問者の方へ向ける。

「離して!!!」
奪い取るかのように幸村君を引き剥がす。持ち上げられていた彼は、放心状態だ。無理ない、だってがいない間に抱きつかれ、知らない人間にキスまでされたのだから。彼女が見たら発狂していたと思う。いなくてよかった。

思いっきり睨みつけるに訪ねてきた2人がニヤリと笑った。

そして、ヒシリと彼女に抱きついた。

「やーん、もう怒らないで。ちゃん。」
「久しぶりね。」

の知り合い・・・?」
コートがざわめく。幸村君が3人を無心で見つめている。
訪問者2人の腕の中で大きなため息を吐いたの元に、真田君と琴音ちゃんが駆け寄った。


「あら琴ちゃん、いい女になってまぁ。」
「お久しぶりです、ルーカス。」
「いやん、その名前でよ・ば・な・い・で。」

「「「「「「「え???????」」」」」」」
「ルーカスってことは男か。」

「うっ・・・。」
ジャッカルの一言に幸村君が口に手を覆って吐き気を堪えていた。さっきまで彼を抱き上げていた人物は長身。190cm近くある背丈は女だったら全日本バレーボール選手級。黒く長い髪に、少し膨らんだ胸、黒のストッキングにミニスカート、そして綺麗な化粧。女装は完璧だ。そのにキスされたんだから、きっと見知らぬ女にやられるより気持ち悪いだろう。


「ローズマリー、久しいな。」
「弦一郎君。元気そうで何より。」
黒のサングラスと淵の大きい帽子を取り真田君に笑いかける彼女に、メンバーが破顔した。

ちゃんが2人・・・。」
麻紀ちゃんが指さして言う。
確かに顔、髪型は見ているけれどローズマリーの方がより背が高いし、髪の色が違う。より、濃いコントラスト。オレンジが掛かった金色はおじいさん譲りだと前に言っていた。父親から長身の遺伝子を受け継ぎ育った3人が、久しぶりにその顔を合わせた。

の兄の・ル−カス・桔梗だ。」
「姉のローズマリー・優です。いつも妹がお世話になっています。」

ちゃんのお兄さんとお姉さん!!!キレー!すごいね、兄弟みんなモデルさんだ!!」
兄、姉という言葉を聞いて「なるほど」と納得するメンバー。つまんないの、もう少し面白いリアクションを見たいから今まで黙ってたのに。


「幸村、しっかり。」
ぐったり倒れる男子の部長の背中を摩るに、兄と姉が嬉しそうにその目を細めていた。

「奪ちゃった。」
「・・・え?」
ニヤリ、口角を上げ「ふふ。」と笑う桔梗さんをが振り返る。

「幸村君の唇。」

その瞬間、一気に殺気が放たれた。

「柔らかかったなぁ。」
「琴音・・・。警察呼んで。」

フルフルと腕を震わせるをおもちゃにする桔梗さん。

「・・ぶっ。」
がジャージの袖口で幸村君の口をゴシゴシ拭う。力み過ぎてて、痛そうだ。

「Du hast ihn gekuesst!? Was soll das heissen!!(キスって、なんてことすんの!)」
「Haha, ich wollte schauen wie du reagiest.(はは。のリアクションが見たかったんだよ。)」
「Du Idiot!(馬鹿兄!)」
「Nenne sowie du willst. Ach so, ich habe dein BH gekraut. Guck. ich gebe dir nachher zurueck.(何とでも。あ、そういえばのブラ借りたから。ほれ見ろ。あとで返す。)」
「・・・Schmeiss weg damit! (・・・。いらない!捨てて!)」

始まった兄弟喧嘩。内容を理解してるのは優さんだけ。見てて唯一分かるのは桔梗さんが完全におもしろがってること。普段はクールなも彼の前ではただの「幼い妹」。それはこれからも変わらないんだと思う。
2人の言い合いを無視して、レギュラーが優さんと談笑を始めた。優さんはの様子を見て微笑んでる。でも桔梗さんに突っ込んでいく彼女を止めようとはしない。

「ローズマリーとルーカスって・・・ミドルネームってやつですか?」
「ピンポーン。」
春希の質問に人差し指を上げ答える優さんは相変わらずおちゃめな人だ。綺麗で、可愛い人。男が放っておかないんだろうな。でも彼女に彼氏はいないらしい。何でもシスコンが原因でフラれたんだって。『恋人はがいいわ。』そう漏らしてた。





「・・・にもあるの?」



ようやく身体を起こした幸村君がに目を向けて言う。兄に殴りかかろうとしていた彼女がピタリと動作をやめて振り向くけれど、それ以降の反応はない。

「ミドルネーム、ある?」
「・・・。」
黙り込む彼女に幸村君は視線を向けたまま。本当に、この子はが好きなんだ。その目を見てそう思った。

「名前は呼んでもらうためにあるのよ。」
沈黙を見かねた優さんが、の肩を叩いて諭す。すごく、良いお姉ちゃんの顔をしていた。

、そろそろみんなに言ってもいいんじゃない?琴音ちゃんや私が黙っててもいつかはバレるよ。」
私も、これだけ仲良くなった仲間にこれから隠していく自信がない。みんな、本人の口から聞いた方が嬉しいに決まってる。は「笑わないで。」そう小さな声で言って、終に観念した。



「・・・カトレヤ。」



・カトレヤ・?」
ゆっくり、確認するように彼女の名前を口にする幸村君。が目を逸らして、頬を赤く染めた。こんな風に、面白がらず他人に名前を呼んでもらえることが久しぶりだったんだろう。恥ずかしさを隠すように、腕で顔を覆った。

「カトレヤ。」
「・・・何。」
「また行こうか、植物園。」
「・・・行く。」

2人の視線上にある空間が完璧に独立した雰囲気を醸し出している。誰も立ち入っちゃ行けない空間。私が知るよりも、たくさんのことをこの2人は共に経験してるんだ。学校内でのことは何かと耳に入ってくるけど、私はストーカーじゃないから学外での彼らを知らない。もしかしたらもう沢山デートを重ねていたりして。今度幸村君に聞いてみようとプランを立てた。



「いい名だな。」
柳君が笑って、
「カトレヤ、ローズマリー、桔梗、みんなお花の名前なんだ。」
麻紀ちゃんも笑う。

「これで部内ではカトレヤと呼ぶことができますね。」
「うん。本当、ようやく。」
琴音ちゃんと顔を見合わせ肩を下ろした。これからまた『カトレヤ』って呼べるんだ、月ヶ丘で呼んでいた時みたいに。




「それよりマリー何でここにいるの。しかも兄さんまで連れて・・・。」

「ふふ。久しぶりに大学から帰ったら、ルーカスがね最近カトレヤが幸せそうだって言ってたの。今日の夜は仕事がないから様子を見に行こうかって。職員室に断りを入れてきたから大丈夫よ。」
「・・・そう。」


「ようやく研究が終わったから、今日からまた毎日家にいるわ。」

が驚いた顔をして優さんを見上げた。一人、孤独に道を迷い歩いていた犬が、飼い主を見つけた時みたい。少し、泣きそうになっていたのは見間違いかもしれない。

「一人にしてごめんね。」
頭を撫でる優さんに、今度はから腕を廻した。

「帰っても誰もいなくて寂しかった。」

そんな本音、の弱み。真田君はそれを聞いて安心したって顔を見せる。琴音ちゃんも。誰よりもを長く知っているから、彼女が何に弱くて泣いてしまうのか知ってる。幼馴染達はいつも彼女を気にかけていた。








「みんな良い子だなぁ。カトのお友達と食事に行きたいなー。行きたいなー。琴ちゃんと弦も来るだろ?」
「あら、いいんですか?」
「他のみんなも!お姉さんが食べざかりの君たちへバイキング奢っちゃうよ!行きたい子この指とーまれ!」
「「「「「はーい!」」」」」


「お姉さん?オジサンの間違いでしょ?」

「・・・ふふ。男子部員、カトのブラ欲しい子いる?!」
「兄さん!!」



本当に、この兄妹関係は相変わらずだ。


















ずっと書きたかった回