One for All









One for All



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「準備できた?」
「うふ。か・ん・ぺ・き・よ。」






関東大会を優勝と言う形で終えた立海大学付属テニス部。男女共に優勝という快挙ある成績を収めた彼らを一目見ようと関係者はじめ、会場には多くの取材陣が集まった。月刊プロテニスの取材に応じた両部長。そのインタビューが来週の発行刊に載るのだという。「何を聞かれたんでしょう。楽しみですね。」琴音ちゃんは楽しそうだ。に尋ねてみたけれど答えてくれなかった。よほど突っ込んだことを聞かれたんだろう。「もう取材は懲り懲り。」そう悪態をついていた。

8月、全国大会まで残された時間は多くない。今日は男女混合での練習日。が幸村君に頼んだらしい。男子にしてみたら格下の相手(女子)との練習になんて割けない時間。それをパワーが実現させた。うちの男子との試合なんて、全国の決勝よりレベルが高い。「全国レベルを体験して、一度負けとけ。」それが今回の目的らしい。負けから得るものがあることを知っているからこその提案だった。



男子コートに集まったレギュラー陣に、それを忙しなく世話するマネージャーがコートを行ったり来たりしている。

「男子と練習試合って、ズタズタに負けに来たようなもんだよね。」
「多分それが目的なんだと思う。」
「うーわー。ひどい。」

靴紐を結ぶ柚子が「さすが部長様だ。」と苦笑した。にダブルスを任されている柚子にとっては毎日がプレッシャー。ダブルス1、2のメンバーの考察に指導に戦略の組立て、やることは多い。負けることに責任をすごく感じているのも彼女。
『ダブルスのリーダーは柚子。彼女ならできるよ。』

が言ったんだ。そうなんだろう。
だから胸張りなよ、悩む柚子にそう伝えた。








「では今から合同練習を始める。」
真田君に集合をかけられ、集まる。女子の1年、特に由里亜はいつもと違う練習の空気に緊張を隠せずにいる。凄く、ピリピリする威圧感に押されてしまいそう。
子猫がハイエナに囲まれた時の心境ってこうゆうのなのかも。生物学上、上に君臨する男子メンバーが天敵に見える。

普段はあんなにふざけて、笑える者同士なのにテニスになるとここまで変わる。も、今日は少し雰囲気が違う。多分、彼女一人、男子レギュラー全員コテンパンにしてやるとか考えているんだ。女の子に負けるより、男に負けることの方が悔しい子だからあり得ないことじゃない。

「気楽にやっとけ。」
仁王君にポンっと背中を押された。私も緊張しているように見えたのだろうか。
「気楽にって言われてもねぇ・・・。」


「由里亜、大丈夫?」
幸村君の隣に立って真田君がアナウンスする練習メニューを黙って聞いていたが声をかけた。大丈夫です、と頷いた由里亜に柚子が並ぶ。
「由里亜、大丈夫。私も緊張してるから。」
近くにいるパートナーが同じ心境なことに安心したのか、由里亜の顔色が少し良くなった。

「第一コートでダブルス。水上・宮脇由里亜ペア対仁王・柳生。丸井、審判よろしく。レギュラー以外の者は線審に入るように。」
「「「「はいっ!」」」」
幸村君の言葉にコートへ足を進める4人の背中を送る。「柚子、由里亜がんばれー!」振り返った柚子が真顔でヒラヒラと手を振った。

「第二はシングルス。宮脇茉莉亜対真田。主審は石井さん。」
「よっしゃー!!」
やる気は100%。あの元気の良さを見ていると彼女なら、あの真田君にも太刀打ちできるんじゃないか。そんな気がしてくる。

「ちぇ、馬鹿脇潰してやろうと思ったのに。」
切原君が舌打ちをした。茉莉亜と切原君は仲がいいのか、悪いのか不明だ。学外では一緒にゲーセンやマラソンに行くことがあるらしい。一種のデートとも呼べるそれ。切原君にとっては男友達との馬鹿騒ぎと全く同じことで、きっと茉莉亜が異性だって認識してない。
茉莉亜は自分を男だと思ってるような子だからつり合えるんだ。どちらかが恋愛感情なんて持ったら関係が一気に崩れそうな、そんな付き合い。

「つまんねーの。」
不貞腐れ、茉莉亜のいるコートへ歩き始めた彼を、私達の部長が止めた。さっきまでフェンスの外で1年にストロークフォームの指導をしていたがいつの間にか帰ってきていた。


「キリハラ君。君は私とシングルス。」

「・・・。マジッすか。」
「マジですよ。」
「幸村、第三コート使うよ。」
「どうぞご自由に。」

おいで。
サングラスをかけ直したが髪を上げた。本気だ。


「浜野さん、主審を頼む。」
「・・・了解。」
「丸井、ジャッカル、細野さん、線審に入って。かなりきわどくなるから目、瞑るなよ。」

幸村部長それは無理です、みんな絶対そう思ったはず。でも、それくらい気を張って見ていないと本当にジャッジが取れなくなる。特に切原君のコートに落されるのボールはそれこそ瞼を洗濯バサミで空けておくくらいの気で見ないといけない。
月ヶ丘VS氷帝の決勝で玲が見せたような、ライン上か、ミリ単位でのアウト。協会の審判でさえ見えないくらいきわどいボールをは全球打ってくる。





「君と試合は初めてだね。」
「手加減しませんよ。」
「したら怒るよ。手加減したから負けました、なんて言われても困るから。」

そんな風に喧嘩を売り買いしながら始まった試合。最初のサーブからすでに20分、ラリーが一度も途切れない。切原君を一方的に振り回すに、線審の男子レギュラー2人が目を見張っている。

彼女じゃなくてボール追いかけてよ。

春咲き、男子レギュラーが女子のレギュラー選抜戦を見に来ていた。と試合をしていたのは私。あの時の彼女は彼女じゃない。あくまで部長としてのだった。あれが実力だと思っていたら大間違い。は、男子レギュラーと比較しても3強の足に手を伸ばせるくらいに強いんだから。

30分経過。ボールがまだラケットを抜けない。第一コートで行われていたダブルスが終了。柚子は柳生君に抱えられの帰還。文字通り全力投球したようだ。息を乱しているけれど、表情は清清しい。幸村君が彼女と由里亜にフィードバックを入れる。

35分、様子を見ていたがようやくウォーミングアップを終えた。そこからの過程は残酷なまでに一方的。彼女の動きに、頭の回転の速さに、そして途切れない攻めの姿勢に、レギュラーが息を呑む一方でフェンス外は応援に集まった生徒が賑やかだ。

4ゲームをストレートで取られた切原君の様子を見かねたが、非公式に休憩を5分入れた。水分補給もせずにベンチで足を投げ出してジッと横目で荒れる切原君の様子を見ていた。長引いていた真田君と茉莉亜の試合がこの時やっと終わった。真田君の事だから、きっと指導しながら試合をしていたんだろう。彼はとても面倒見がいい。駆けて第三コートに走ってきた茉莉亜が切原君の様子を見て足を止めた。

仲が良いから、気付いたことがあったのかもしれない。


「5分終了。コートに入って。」

無言で立ち上がったが、初めてジャージを脱いだ。

「あいつ太陽アレルギー平気なのかよ。」




茉莉亜が気付いたいつもと違う切原君の様子。その真相を知ることになったのは、が第5ゲームを取ろうとしていた時だった。
肌を真っ赤にし、充血した眼をした「彼」が現れた。茉莉亜が、そんな同級生の姿を見て持っていたラケットを落す。カラン、と乾いた音が響いた。

はサーブしようとしていた体制を一度止めて、切原君を観察してる。あと5秒以内に打たなかったらフォルトだ。手にしているストップウォッチに目をやった。

「フォルト。」

そして続くダブルフォルト。サーブ権が奇妙な声を上げる切原君に渡る。下を向きチェンジコートを行うは何を考えてる?彼女が脱いだジャージ。あれは10分以内に試合を終わらせるという彼女なりの無言のサイン。長いこと神経を張り詰めている私や線審を配慮してのことだろう。すぐに終わらせるつもりでいるはずのが、自分から試合を長引かせ始めた。

レシーブする者、される者。それぞれの位置についた2人の間に立ち止まっている空気が重い。潰されてしまいそうに。

・・・。」
私が座る審判台のすぐ横に立った真田君。

その視線の先に『レッドローズ』の目をした彼女がいた。







「・・・6th game start.」

ふははは、と喉で笑いボールをおかしく握る切原君の様子が尋常じゃない。完璧に冷静さを失っている。そして暴言。くだばれ、とかこれはプレイヤーとして大問題だ。選手として持っていてあたりまえのフェア精神の欠片もない。そして自分のチームメイトが相手に喧嘩を売っても口を出さない男子の部長は、コートにいる2人を面白そうに観察している。
彼も別の意味で問題だ。


「笑ってないで早く打ってこいよ。返り撃ちにしてやるから。」


普段の彼女からは想像できない口調と発言にざわついたギャラリーの視線が注がれた。同じだ。前に一度槙野先輩と試合をした時と同じ。もテニスのことになると大分変わる人間の一人。もっとも自我を忘れるようなことはないけど、レッドローズ化すると口調がきつくなって、思うことを何でもポンポン口から出すようになる。
女子テニス部の部員は全員彼女が放つ覇気に押されている。他のみんなも額に冷や汗を浮かべていた。
そんな中で、幸村君だけはやっぱり片唇を上げてを見ている。この人が何を考えているのか、本当に分からなくなる時がある。穏やかに好きな人の話をする時の彼とは180度違う人間。彼にとって、テニスは毒なんじゃないか、そう思ってしまう。
切原君のナックルサーブという変則軌道のボールを難なく返したが、発言通り完璧にコートを支配していた。という選手がここまで実力のある素材だったこと、みんな知らなかっただろう。現に、柳君が自分のノートを見直しているくらい。私も同じ。最後に見たレッドローズより、彼女は強くなっていた。


「ざけんな!ぶっ潰してやる!!!!!」
「得意技の一つも出させずにぶっ潰す?ざけてんのはどっちだよ、ガキが。」

の発言に、切原がキレた。ラケットを放って、ネットを越えようと前方へ走ってきた。

これは、マズイ。


「ちょっと切原!!!!」

駆け寄ろうと急いで審判台から降りる。コート外で見ていたレギュラーも血相を変えて駆け寄ろうとするけれど、幸村君がそれを止めていた。
の胸倉を掴かむ切原君。彼女の方が背が高いから、持ち上げられることはないけれど首元を持たれ苦しかったのか表情を歪ませた。

「ぶっ飛ばしてやる!」
「・・・悪いけど、殴られるのは好きじゃないだ。」

ラケットをわざと地面に落した彼女の口調が戻っていた。ここからはテニスじゃないから。『レッドローズ』が姿を消した。が彼の一発が来るよりも早く、膝で彼の中心を蹴りあげる。


「今の、入ったよね。」
「・・・うん。」


予想通り声にならない叫びを上げて、の首元を離した彼。少し距離ができたところ、彼女は長い脚で後輩を蹴り飛ばした。「赤也!」丸井が吹っ飛んだ1年に駆け寄った。「冷やす物持ってきます!!」リコちゃんも部室へ走る。
「もー何やってんのさん!!」
愛美ちゃんがしっかりしろと蹴られた所を抑え地面で半死している切原君を思いっきり揺さぶった。


立ちすくむは掴まれていたところを摩り、乱れた髪を掻きあげる。ラケットを拾い上げる背中が泣いていた。

歩み寄るのは、未だに倒れている1年のところ。

「大丈夫?」
「い、痛いっす・・・。」
起こされた彼は正気を取り戻していた。いつものカワイイ後輩に戻っている。
アイスノンを当てるようにがリコちゃんに支持をして、立ち上がる。一度目を伏せた彼女がラケットを握りしめて手を震わせている。


怒ってる。

彼女の射るような視線。それが向けられたのは幸村君。彼は相変わらず笑んでいて、この殺伐とした空気に拍車をかけた。

「後輩の心を駄目にしてまで、全国を勝ち取りたいわけ?」
「必要な犠牲は払わないとね。」
「上に立つ人間として腐ってるよそれ。」

どうぞ何とでも。幸村君が肩を竦めた。この2人はやっぱり、テニスのことでは相容れない。「お二方とも、そのお話はどうか皆さんのいないところでしてくださいな。」琴音ちゃんが勇気を出してフォローに駆け寄った。すごいな、私じゃ無理だ。自らあんな修羅場に突っ込むなんて、そんな自殺行為。

「でも今日は面白いが見れた。」
はは、と笑い幸村君は悪びれることなく言う。彼女をベンチに座らせて「俺も君と試合してみたいな。」そう言った。やめてくれと叫びたい。この2人がやったらコート上が本当の戦争のような状態になると思う。お願いだから私のいないとこでやってくれ。

幸村君の提案に目を丸くさせたはラケットのガットを直しながら、口元を引き「挑戦者」の顔つきをする。「対インプス策か。考えなきゃ。」目の前の壁を越えようとする高跳びの選手の様にワクワクした表情を見せる。彼女にはこの顔が一番似合ってる。

自分があった状況を丸井に聞いたらしい切原君が血相を変えてに謝りに来た。「いいよ、全然。結局手出したの私だし。」へらへらと笑うは、彼をすごく気にかけていた。多分これからも。幸村君が彼を道具に使うなら、守っていこうとするだろう。

「じゃ、次は第二コートで琴音・祥子ちゃん対ブン太・ジャッカルね。審判は暇だから私が行くよ。幸村2人にアドバイスよろしく。」
「ああ。」

何とか元通りになったテニス部の環境に冷や汗を流していた部員も安堵のため息をもらす。


しばらく合同練習はもういい。








そしてこの数時間後、思いもよらぬ訪問者がこのテニス場を訪れた。


















レッドローズ解禁
Music: LEVEL5-judgelight







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