One for All









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いくら青春を部活に費やす生活が華なれど、学生の本業は勉強である。部活とは所詮学業に勤しむ者の付属品。関東大会決勝を1週間後に控えた週末、真田家で合宿が行われていた。期末テスト赤点取得者は有無を言わさない強制参加。集まったのは教える側と教えられる側。収集をかけられたのは1年宮脇茉莉亜、宮脇由里亜、切原赤也、鈴木リコ、石井祥子、2年陣内麻紀、、浜野奈々、幸村精市、そしてジャッカル桑原と柳蓮二。


「たるんどる!!」

初日、赤点を取ったメンバーが全員正座させられ1時間座禅のお叱りを受けた。そして始まった追試への特訓。この追試で再度赤点を取った者は全国大会に出場できない。立海大付属中学校・高等学校に共通した決まり事である。

「こんなに多いのは初めてだよ。しかも女子男子ともに1年レギュラーが全員赤点ってどうゆうこと?」
数学の参考書を広げる男子テニス部部長が反対側に座る赤点組に非難の眼差しを送った。1年生と陣内麻紀は委縮している。

「何で私まで・・・。」
その横で、キャンパスノートに得体のしれない物を落書きしながらブツブツと言葉をもらす女子テニス部部長。

、何か言った?」

幸村からの絶対零度の語りかけに彼女は無言で紙をグシャグシャに丸め、ゴミ箱に放り込む。そして2枚目の紙にまた他の得体のしれない何かを描きだした。

「大体、美術で赤点なんてどうやったら取れるんだよ。」
桑原が頭を抱える。彼の発言はもっともなこと。が美術で赤点を取ったという話は2年F組の枠を越え、一気に生徒に広まった。それくらい、珍しいことなのだ。

「そうだよねぇ。私の英語はともかく、美術とか音楽とか普通勉強しなくたって赤点はないよ。」
浜野奈々が自分のことを棚に置いて呆れた顔で部長に目をやる。彼女はマイペースに教科書を読んでいるフリをしてはやっぱり絵を描いている。

「美術なんて時間の無駄。」

何の悪気もなく放った彼女に、幸村から消しゴムが飛んで来た。











英語赤点組: 浜野奈々・切原赤也
英語担当: ジャッカル桑原

「追試に出そうな文法で問題を作ってきた。解いてみてくれ。」
渡された紙を胡散臭そうに眺める2人はカバンから持ってきた辞書を取りだして単語を調べ始めるが、案の定10分後には辞書を横に置いて寛ぎ始める。最初は注意していた桑原も今では一緒になって談笑し始めた。やる気のない人間に何かやらせても成果がないことを彼は知っていた。

「英語なんて文法じゃなくて、やる気よね。実際現地行ったら日本人の文法英語なんて通じないんだしさ。」
「それを言ったら終わりだろ。」
「そういえばこの前、街で外国人に声かけられてさ。I really wanna make you mineって言われちゃった!」
「どういう意味すかソレ?」
「すっごい素敵な褒め言葉だよー!ちょっと幸村君に言ってきな。後輩にそんなこといわれたら君の部長、泣いて喜んじゃうこと間違いなし!I really wanna make you mine、だよ!」

「お、じゃぁ言ってきます!!」

「浜野。お前完璧に赤也で遊んでるな。」
「きゃはは。ジャッカル携帯のカメラで幸村君のリアクション撮っときなよ!あとで絶対使えるって。」



「そう、そのまま解いてみて。」

「幸村部長!!」

「赤也?英語組はもう終わったのかい?」
石井祥子の数学を視ていた男子テニス部の部長が顔を上げた先には花丸笑顔で嬉しそうに立つ切原赤也の姿。
何か嫌な予感がする、由里亜はそう思った。

「俺、部長に言いたいことがあったんす!」
「何。もったいぶらないでいいなよ。」


「部長!!I really wanna make you mineっす!!!」







数学赤点組: 陣内麻紀・宮脇由里亜・石井祥子
数学担当: 幸村精市

「・・・。(幸村)」
「え、何何。赤也君、何て言ったの?(陣内)」

(嫌な予感が当たった!赤也君、幸村先輩の機嫌を悪くするような発言しないで!涙(由里亜))
(幸村先輩って・・・もしかしてホモさんなのかな? (祥子))


「あーはははははは!!!」

赤也の発言を聞いていたが細野春希の横で大爆笑を始めた。バンバンと畳を叩いて、春希に倒れ込んだ女子部長が悶絶している。
そして目元を引きつらせ彼女と、赤也を見る男子部長。

彼から反応が返って来ない赤也は未だに喜びのリアクションを楽しみに立っている。

「私先輩があんなに笑ってるの初めて見ます。」
因数分解に苦しんでいた由里亜がペンを止めた。

「あー、駄目。腹筋が死ぬ。」









国語赤点組: 宮脇茉莉亜・鈴木リコ
国語担当: 柳蓮二・真田弦一郎

「隣の部屋が騒がしいな。」
「楽しそーな声!俺もあっち行きたい!」
「何を言ってる宮脇!お前はこの読解が終わるまでここから出さんぞ!」
「ちぇー。」

「弦一郎、見てきてくれ。」
「ああ、行ってくる。」

バンっ!


「お前達、一体何を・・・。」
ふすまを開け、真田が目にした物に言葉を止めた。
そこには赤也の顔に手を当てて、顔を近づけている男子部長の姿。ふすま越しに覗き見ていたリコが鼻血を吹きだした。

「な、な、な、何をやっておるのだ幸村!!」
「赤也の英語の実演練習だよ。だからね、赤也が言ったあの言葉はこうやって優しく触れ合って言うものなんだ。分かる?」
「そうなんすか。」

「じゃぁ、今の真田にやってみようか。上出来だったら今日はもう終わりにしていいよ。」

「マジッすか!俺やりますよー!真田副部長!!」

立ち上がり、ズイズイと近づいてきた赤也がちょっと耳貸して下さいと言う。屈んだ真田の耳元に当たる息。赤也がその顔に手を触れて何かを言う前に、はすでに笑い始めていた。

「真田副部長、I really wanna make you mineっすよ。」

数秒の沈黙の後、

「ばっ、馬鹿もんがぁぁぁ!!!!!」

「ぎゃあああああ。」

待っていたのは真田の得意技とお決まりの結末だった。











この時桑原が廻していたビデオは後にCDに焼かれ、男子テニス部の部歴としてアルバムで保管されることになる。
8年後、そのCDを見つけた立海の後輩達に笑われ、当時の醜態をさらすことになるとはこの時はまだ、誰も知らない。











I really wanna make you mine! = 俺のものになって!
切原君ごめんなさい。書いてて楽しかった。