One for All









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03




3月23日 立海大学付属中学校 女子テニス部部室


「皆さん、こちらはさんと浜野奈々さんです。お二人ともこの春から立海テニス部のメンバーです。」
今日、午前中から練習していたテニス部員は琴音に集合を掛けられ、部室に集められていた。 2分前、前触れもなくテニス部部室に来た訪問者は2人。部室ドアがノックされると、琴音がそこへ駆け寄る。
開けられたドアの先には逆光に照らされる2人分の陰。部員は彼らを何だ何だと見つめた。

「どうぞ、入ってください。」
琴音が言うと、中に足を進める2人。彼らが部室に入ったことで逆光はなくなり、その顔を見た部員は現在硬直状態である。
しんっ、と静まり返る部室。部員は二人を穴が開くのではないかという程にまん丸な瞳で見つめている。

「琴音・・・今と浜野、って言ったよね。」
「はい、言いましたよ。」
ニッコリ笑って細野春希に是の回答を返す。
「月ヶ丘女子の!?」
「お二人とももう月ヶ丘女子の生徒ではありません。立海の生徒です。」
驚き過ぎの部員、そして当たり前のように淡々と答えを飛ばす琴音を横目に『部員に何も言ってなかったのか・・・。』そうと奈々は内心溜息を吐いていた。

「ほ、本物!?」
「月ヶ丘女子のレッドローズとサンシャインゴールド!?」

「聞いた!?『レッドローズとサンシャインゴールド』だって!」
それまで黙っていた浜野奈々が閉じていた口を開いてキャハハと可笑しそうに笑った。
「そう呼ばれるのは久しぶりだね。」
顎が外れそうに驚いた表情を見せる部員達には笑った。

「今日から琴音に変わってこの部の部長を任されることになりました、です。どうぞよろしくお願いします。」

「陣内麻紀です。わ、私感動してます!まさかあのさんに教えていただけるなんて!!」
リスのように小走りに走りまわって全力で感動を表す陣内麻紀を見て、奈々とはお互いに顔を見合わせた。
「可愛いよねぇ、こうゆう子。」
「食べないでよ奈々。」
「そうゆうのほうが危ないでしょ。」
ふふふ、と意味深な笑みを浮かべる2人を見た琴音がコホン、と一つ咳払いをする。

「お二人とも、立海は共学ですからそうゆうことに免疫のある生徒はこの学校にいないとお考えくださいね。」
「「はーい。」」
道明寺が言った『そうゆうこと』を理解した部員はその場におらず、その顔がこれ以上聞くなと物語っていたのでその話はそこで終了。

「細野春希だ。よろしく。」
一歩前に踏み出し、細野春希が出してきた手には手を伸ばし握手を返す。
「背、高いね。私より高い子と知り合うのは久しぶりだよ。」
に細野春希はふっ、とかっこいい笑みを見せる。細野の表情を見ていた奈々は安堵のため息をついた。と気の合いそうな子だ。
「私は水上柚子葉です。さんと浜野さんのお噂は聞いてまっす。」
自己紹介が続いて、全員に挨拶を済ませたは一同をグルリと見渡した。

「3年生はいないのね。」
「はい。当初は数人いたのですが全員退部されました。」
「じゃぁ、敬語はやめましょう。私も奈々もみんなと同じ歳だから。」
ニコリ、と笑うに部員は未だ感動していた。全国大会を目指して残ったこのテニス部。彼女となら、高みに登れる。そんな期待を抱かない部員はいなかった。


「お二人のロッカーはこちらです。レギュラージャージが入っていますのでサイズを確認して下さい。、午後の練習はどうしますか?」
「そうだねぇ。みんなの実力見たいから1時から試合形式の練習にしようか。」
「組み合わせは?」
「私が適当に支持するよ。」

分かりました、そうデータノートを握る琴音は嬉しそうだった。琴音と真田と同じ場所でプレイする機会なんてもう一生ないと思っていた。 小学校を卒業して別々の学校に進んだ私達は近所に住んでいても会うことがほとんどなくなっていた。
だから「あんなこと」があった丁度その時、琴音に再会できたことは私にとって今まで一番幸運なことだった。

新しい学生生活と、新しいテニスの仲間に恵まれて、私は部長として彼らに何を残せるだろうか。

琴音に指示されたロッカーにはすでに名札が付けられていて、中には綺麗に畳まれたレギュラージャージ、そしてその上にはクッキーが入った袋が置かれていた。
「ありがとう。」
赤い真新しいジャージに手を掛けて、少し笑った。
歓迎してくれて、ありがとう。

「久しぶりに見た、がそんな風に笑うの。」
隣で着替える奈々が良かった良かったと呟く。

その言葉を素直に受け取って、ジャージに腕を通せばそれは見事にピッタリだった。








「第一コートは琴音と麻紀ちゃんのシングルス。第二コートで奈々と春希ちゃん。」
「・・・さん、『ちゃん』はちょっと。」
苦笑いをした春希に面を食らった顔をしたは「じゃぁ、春希。」と言い直す。
「私の事もでいいから。最後、第三コートは柚子葉ちゃんと奈央さんで始めましょう。他のメンバーは審判を分担して、残ったメンバーは愛美ちゃんとスコアをつけてくれるかな。」
「「はいっ!」」
「元気でよろしい。」
そして1時きっかりに始まった練習形式の試合。数分後には少し離れたところでもテニスボールをつく音が聞こえてきた。

男子テニス部か。
音のする方に一瞬目をやって、は3面あるコートを廻り始めた。各選手のプレイスタイル、長所そして欠点をチェックする。
一通り見て、心の中で大きな溜息をついた。奈々は別として、このメンバーは色々な意味でアンバランス過ぎる。 それをまとめ長所にするのが部長の仕事であり、醍醐味であるのは分かっているがこれは月ヶ丘時代よりも大仕事になりそうだと目は未だ部員の動きを追いかけていた。






。」

ふいに懐かしい声が聞こえて振り返る。そこには知っている顔が一つと、そして数こ知らない顔が並んでいた。 誰かが近寄って来たこと、全く気付かなかった。全員がオレンジのジャージを着ているのを見る限り男子レギュラーだろう。
「・・・。ごめん真田。本当なら私が出向くところを。」
「気にするな。校外へランニングに行く途中だ。」
帽子を被り直した幼馴染は去年全国大会会場で会った時よりも背が伸びていた。
真田の周りに立つメンバーはどれも個性的印象だった。真っ赤な髪、銀色の長髪、南米人(?)、まともそうなのはその横の3人。藍色の癖っ毛、キツネ顔そしてメガネ。
です。不束者ですがどうぞよろしくお願いします。」


「俺は幸村、男子テニス部の部長だよ。よろしくさん。」

2人の間を生ぬるい春の風が吹き込む。
風に揺れるのは肩に羽織るオレンジのレギュラージャージ。靡く癖っ毛に強い眼光。 彼は幸村というらしい。あの幸村精市か、初めて見た。
「調子はどうだい?」
柔らかい物腰で話しかける幸村をはジッと見て「課題は山積みみたい、この部。」とボソリと一言。 幸村を同じ部長として見たから漏れた本音だ。その言葉を聞いた幸村は笑った。


ー!試合終わったよ!」
丁度試合を終えた奈々が大声で叫びながらのところに駆けよって来る。まだ元気があり余っているようだ。
「おお、サンシャインゴールドじゃ。」
銀の長髪が奈々を見てそう言った。男子プレイヤーは女子のテニスに興味がないと良く聞くが、こいつは良く知ってるなとはその男に目を細めた。

「結果は?」
「6−1。春希、磨いたら光りそうだよ。」
「そうだね。」

「愛美ちゃん。」
近くを通りかかったマネージャーの2年を呼び止める。ラケットバックから財布を取り出して札を抜いた。
「コンビニでみんなに甘いもの買ってきてあげて?」
「あ、はい!行ってきます。」
続々と試合が終わり、肩を落として部室に戻るメンバー、笑いながら戻るメンバーその様子は様々だ。

そんな部員一人一人に目を向けるの横顔を見た男子メンバーは誰もが「綺麗な女だ。」そう思った。 惚れるとか、異性として見惚れる綺麗じゃない。極端に言うと「幸村」を見ているようだった。 部長として尊敬できる人間が見せるある種のオーラの様なもの。それをの横顔に見た気がした。


さん、有能なプレイヤーが立海に来てくれて本当に嬉しいよ。忙しそうだからこっちのメンバーの紹介は今日の夜でいいかな?」
「今日の夜?」
「琴音から聞いとらんのか。今日は女子男子テニス部合同でと浜野の歓迎会だ。」
「「いや、聞いてねえし。」」
思いっきりはもった奈々と私の声に、男子メンバーから小さな笑いが起きた。

「はは、近寄りがたいイメージじゃったがそうでもないようじゃのう。」
銀色の長髪がケラケラと笑う。




「では、我々は練習に戻るとしようか。」
未だ風に靡くオレンジのジャージを着る男がメンバーを促す。
初めて会った本物の幸村精市は綺麗な顔をしているけれど向ける笑顔はまるでインスタント製品、そんな感想を持った。 心から笑っているわけではないのかもしれない。

「その赤のレギュラージャージ、すごく似合ってる。」
極上の笑みと褒め言葉を残し部員を引きつれ去って行った男子部部長の背中には悪寒を感じ身震いした。 彼のキザ笑顔は親類のあいつを思い出させるのだ。きっと同類の人間に違いない。


男子メンバーが女子テニスコート奥の裏門を出て行くのを見送って、コートに目を戻す。
そこでは細野春希と陣内麻紀が息を上げて練習を再開していた。
辛そうな表情を見せる2人。でもさっきまで奈々と琴音と試合をしていた2人、すでに練習に戻ってあれだけ動けるのなら肺活量と集中力はなかなかのものだ。
ついて来ない技術は学べる。自分の長所を知り自分だけの技術を生みだす力を付けること、そして短所を知り、カバーする力を育てること。その道を導くのが部長の仕事。

琴音に用意してもらったメンバーリストとペンをジャージから取り出して「細野」と「陣内」の欄に印を付けた。



「全国まであと半年か。」
何とかなるかもしれない。そんな淡い期待が生まれた。








始まりました。幸村さん連載。 長くなりますがどうぞ御贔屓に。 Music: エメラルドライン