One for All









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「今日は一日中あの様子だ。」

春希がドリンクを作る愛美ちゃんと私の方を見ながらボソリと呟いた一言が耳栓を外した時のように耳にすっと入ってきた。オーダー表を清書しようと紙を机の上に出して、ペンを握っていた私。気づけば15分、そのままのポーズで固まっていたらしい。

目頭を押さえてギュッと目を瞑る。
目が乾いた。

「・・・聞こえてるよ。」

「あ、起きた。琴音ぇ、さん目覚ましたよ!」
「はい、分かりました。」
部室の外から呼ばれた彼女の声が聞こえた。

夕方になったこの時刻でも空が、高い。気象庁が解禁した夏の訪れを象徴するかのような空。男子テニス部は今日、関東大会第2戦目で公欠している。時刻は午後5時。もう学校に戻ってくることはないだろう。きっと現地解散にされたはず。



久賀さん、幸村のジャージ返せたかな。

椅子の背もたれに全体重を預けて天井からぶら下がる埃の塊を見つめた。ふわふわ揺れるそれが、今の自分の心中を描写しているようだ。

昨日、文字通り奪ってきた彼のジャージを私は彼女にあずけた。あのジャージは幸村に会うための『口実』。

『私、明日会場に返しに行きます。』
山吹色のジャージを握り締め、決意したように顔を上げた久賀さんは頼もしい言葉を残して立ち上がった。『本当にありがとうございました。』ペコリと頭を下げた彼女をいい子だなと思った。同学年なんだから敬語なんて使わなくていいのに律儀な子だ。今度会ったらタメ口にしてねって言おうと思う。


『Good luck.』
雨の中に彼女の背中を送って部室のドアを閉めたら、誰もいなくて。あれ、なんでだろうって数秒真面目に考えていた。そしたらふと、体育館に部員を放ったからしにしていたことを思い出しダッシュで雨の中を駆け抜けた。湧き上がる体育館は女子テニス部が連取していると聞いて集まったギャラリーで満たされていた。

『これなら出せそう。』
昨日、土壇場になってダブルス1に検討していた2人のフォームが完璧に仕上がった。




4日前の関東大会男子第1戦を0ゲームで勝ちあがったことを報告してくれた幸村からのメールが今日はない。気にならないと言えば嘘になる。現にさっきまで2人のことを考えてはぼーっとしていたのだ。喧嘩になっていないか、久賀さんが泣かされていないか、自分が仕掛けたことなだけあって心配事が多い。

私達女子は明日が第2戦。立海大学付属と青春学園の試合前には氷帝学園と月ヶ丘女子の試合が同会場である。考えなきゃいけないことは明日のこと。幸村と久賀さんのことじゃない。

あと、幸村が持ってる私のジャージのこと。
このままじゃ明日は学校指定のジャージで会場入りだ。




、今日の部活は終わりにしましょう。」
1年部員の素振りの練習を見ていた琴音が部室に戻ってきた。私の様子を見て「あらあら。」と笑う幼馴染。コクン、天井の埃を見たまま副部長の提案に頷いた。
「あと、弦一郎さんから第2戦0ゲームの報告が入ってますよ。」

横目で見ると、嬉しそうに笑う琴音がいる。「さすがだね。」そう男子の勝利を祝うメンバーがいる。


ポケットを漁る手が掴んだ携帯電話を開くけれど

幸村からの音沙汰は何もない。







天井の埃が今にも落ちてきそう。


























「すごい・・・。」

誰もが息を呑んだ氷帝と月ヶ丘のシングルス1の試合。コート上に立つのは2人共私との元チームメイト、東條玲と加藤紅葉先輩。加藤先輩は現在月ヶ丘の部長で、唯一いじめられていたを去った槙野先輩に代わり守っていた人。ちなみに槙野先輩に負けず気が強く、怖い。実力はある。私よりも強い月ヶ丘の最終戦力。
は『限界を超えたら奈々の方が上だね。』と私を過大評価しているけれど現に私は彼女に勝ったことがない。
その加藤先輩を6−1でねじ伏せられる玲はと同じくらい強い。
去年の全国大会はダブルスを任されたけれど、本当は根っからのシングルス向き。薄い藍色の巻き髪が弱い風に揺れ、彼女の決め技がライン上に決まる。あまりのきわどさに審判が映像での判定を始めた。
数秒後、ゲーム終了の審判コールが響き氷帝ベンチが喝采に沸く。両校、大人数の応援団を連れての遠征。月ヶ丘のチアリーダー部はさっさと帰りの身支度を整え始めた。

音楽を聴きながら横目で試合を見ていたがレギュラーに集合をかける。

「煩いからあっちにいこう。」

荷物を1年部員に預け、静かなところへ移動した私達。オーダー表を取り出した彼女の前に立つメンバーは皆、胸を張っている。氷帝と月ヶ丘に負けない内容の試合を。そう思う気持ちは全員同じだ。

「ダブルス2、春希・麻紀ちゃん。ダブルス1、柚子・由里亜。シングルス3、祥子ちゃん。シングル2、茉莉亜。シングル1、琴音。以上。」

シングルス2が意外だった。皆、おどろいていた。転校して来て1週間しか経っていない彼女がオーダー表に名前を並べている。

「あ、あの。あなたは出ないのですか?」
琴音ちゃんが言いにくそうにに上目遣いで問いかけた。

「補欠もレギュラーで賄える人数になったからね。私は全国まで出ない。」
「「「「えええ!?」」」」
「というわけで全国出場はみんなの手に掛かってるから。よろしくね。」
にっこり笑って当たり前のように吐いた部長。相変わらず自由奔放なにみんな頭を抱えた。これは最強のプレッシャーだ。レッドローズを全国に出せないなんて失態、犯すわけにはいかない。





オーダー表を出してくると背を向ける
その動きが背後から糸で引かれたように止まった。
何だろうとが見ている先を見つめる。

「え・・・。」
一番会いたくない人間達がこちらに向かって歩いていた。


最悪だ。



お前のとこ次試合だって?出れないようにしてやろうか。また根性叩きなおしてやるよ。」
「浜野、お前もな。」
「私達負けていい様だとか思ってんだろ。ふざけんなよ。」
ふふん、と鼻を鳴らして私達に足を進めてきた月ヶ丘の先輩方。この3人は数いるめんどくさいテニス部部員の中でも、一番厄介な人間達。 突然の暴言に立海のレギュラー陣がざわつく。
がどんな顔をしているかは見えない。でもオーダー表を持つ手が少し震えていた。彼女の様子がただ事じゃないことに気づいた春希が前に出て行く。

「春希!」
止めたけど、聞かない。

春希がの肩に手を置くと同時に、月ヶ丘の木本先輩の平手がに向かっていきなり振ってきた。

パシーンと懐かしい音がした。
懐かしい音、最悪な記憶が蘇ってくる。足がガタガタと震える。久しぶりだ、こんなの。
「奈々ちん!」
「奈々さん!!」
力が抜けて倒れそうになった私を柚子と琴音ちゃんが支えてくれた。

「おまえら!!!」
キレた春希がの前に出て木本先輩の胸倉を掴む。普段の春希は穏やかだ人だけど、正義感が強くて一回怒ると私たちじゃ止められない。

「は、春希!!」
それでも、止めなくちゃ。こんな騒ぎをテニス関係者に聞かれたら大変なことになる。
大変だ、と春希の足元にしがみ付きやめさせようとする麻紀ちゃん。顔面を蒼白にさせている琴音ちゃんに柚子。
「はーなーせ!!!!!」
春希に同じく相手に飛び掛ろうとする茉莉亜を何とか止めている由里亜と祥子ちゃん。



会場で先輩たちに目をつけられることを、予想していなかったわけじゃない。

『何かあったときは私ができる限り最小限に納めるから。』

は相手の気が済むまで殴られる覚悟でいた。一人で我慢するつもりだった。
でもまさか立海の仲間全員を巻き込んでこんな騒ぎに発展するなんて。




「春希!!」
怒りを納めない春希に部長が珍しく怒鳴り声を上げる。聞いたことのない彼女の声に一同がハッと顔を上げた。

「手を出して大会失格になりたいの!!!?」
春希と木本先輩を引き剥がして、チームメイトを私達がいる後方へ突き飛ばしたは目に涙を溜めていた。

「これで仲間割れでもしてくれると最高なんだけど。」
、お前泣きゃぁいいてもんじゃないよ。」
「っていうか伽耶、私達まだ殴ってないじゃん。早くやって帰ろ。」
「賛成!おい、歯食いしばれよ。」

そして上げられた手が、太陽の逆光で真っ黒に見える。は両手を下にぶら下げたままの無抵抗。抵抗すればもっと酷くなることは去年の経験で分かっているし、試合が控えている私達側から手を出すわけにはいかない。私を支えてくれている2人の手が震える。






数秒後に訪れるだろう衝撃を覚悟できなくて。




!!!!」

私は叫んでた。





















最近の中学生は怖い