「頼もう!!!!」
6月30日関東大会開始前日、立海女子テニス部に面白い女の子が姿を現した。連れてきたのは名ばかりの顧問、長妻先生。スーツケースから自分で焼いたのだという菓子やケーキを部室の机に並べて、いきなり土下座を始めた少女に一同が目を丸くした。
「石井祥子、北海道の田舎出身。料理と馬が好きです、もちろんテニスも。かの選手が率いるチームに憧れ上京致しました。どうか、レギュラーにしてください!!」
部室に響く威勢のいい声。私達は顔を見合わせる。何て珍客だろう。
「その荷物、まさか着いて直接来たのか?」
春希がスーツケースを指差して言うと石井祥子は首をブンブン縦に振った。
「はい、一刻も早く選手にお目にかかりたくて!」
「石井さん、とりあえず土下座はやめよう。」
が手を取って立ち上がらせた石井さんと目が合う。瞬間、目の輝きが増した。彼女は一歩足を踏み出し私に向かってくる。え、と顔をしかめる。
何で、私?
「先輩!お願いします!!」
「ちょ、ちょっと待って。」
私はじゃない。浜野奈々だよ。どうやらサンシャインゴールドとレッドローズを取り違えているらしい。否定しようと彼女に視線を合わせると視界に入ってきた本物のレッドローズ。石井さんの背後で息を殺して麻紀ちゃんと爆笑していた。
(ちょっと!彼女どうすんの!?)
目と口パクで訴えると一指し指を顔の前に置き(面白いから黙ってろ。)と言葉のない指令が返ってきた。そしてその指でラケットと春希を交互に指差し片唇を上げる。
ああ。
部長の言いたいことを理解して軽い溜息を吐いた。何で私が・・・。
「・・・石井さん、今日の体調はどう?」
が聞きそうなことを部長になった気で聞いてみる。でも私がやっても変な感じがするだけだ。隣で肩を震え笑い始めた柚子の腹部に肘内をしてやった。
「先輩にお会いできて最高です!」
「じゃぁ今から春希と一試合してもらえるかな?あなたの実力を見せて欲しい。」
「琴音、レギュラー用のジャージまだある?」
「はい、予備用に一着残っています。」
「名前入れて彼女に渡しておいて。」
10分、試合を観察したが「へぇ、すごいね。」と感嘆の呟きを吐き出した。試合は3−0と春希が圧倒的に押しているけれどこの試合、それだけではない。琴音ちゃんにレギュラージャージの用意を頼んだということは石井祥子の実力がの眼鏡に叶ったということ。私達のチームにはいない、テニス界でも珍しいタイプの選手が迎えられた。
「分かりました。用意しておきます。」
パンっと一度手を叩き「もういいよ。」と試合を中断させた。春希に近づくと彼女のラケットを取ってその手首をさすった。
「続けさせてごめんなさい。重かったでしょう?」
「・・・ああ。なんだあれ。」
「ヘビースカットという技。スカットを掛ける際に身体全体でボールに重みをかけるの。選手本人の身体の負担を懸念してテニス協会が使わないように勧めている技の一つ。危ない技だけど、効果は体験しての通り。手首の力だけで攻略できる技じゃない。あの子の場合、あの身体の柔軟性が全身を捻り重みを掛ける際課っているのね。」
「あと1ゲーム長引くようなら棄権しようと思っていた。」
「分かってる。私でも春希と同じ選択をしたと思う。だから試合を中断させた。」
悪く思わないで、覗き込んだ彼女に頷いた春希は「気にするな」と力強く彼女の肩を取って、抱き寄せた。
この2人は本当に絵になる。
「石井さん。部長のです。これからよろしくね。」
春希の隣で笑ったの顔をジッと見て、視線を私に移す石井さんはギョッとした表情で今にも泣きそうだった。事実を悟ったらしい。
「浜野奈々でーす。騙してごめんね、レッドローズはそっちなんだ。」
「ご、ごめんなさーい!私なんて勘違いを!」
「ね、持ってきてもらったケーキ食べてもいいかな?久しぶりにカッコいい業みたらお腹すいちゃった。」
ぐうっと鳴ったお腹をが押さえて言うと、石井さんはゆっくり笑顔を取り戻した。本日3回目の休憩が北海道出身、料理好きの新たな仲間の歓迎会に大変身した。
「ヘビースカット?」
「ああ。昨日の部活後からメールがあってね。転校してきた子が使えるんだって。」
「だがあの業は・・・。」
「そう、身体への負担がとんでもなく大きい。特に背骨に。でもが使わせているって事はそれを緩和できる長所があるんだろう。」
「関東大会直前に有能な人物が現れたものだな。」
「本当にね。」
肩に掛けていたジャージを俺に預け、赤也がいるコートに足を勧める部長の背中をレギュラーの誰もが追いかける。揺るがない、絶対的な石柱のような存在が見ているのは優勝の一文字だけだ。
「赤也、覚醒してもらおうか。」
絶対的勝利のために始まった本格的な実践練習。叫び声をあげる赤也に目を伏せる男子部員もいる。自分の中に隠れたもう一人の自分。「野望」「憎しみ」「嫌悪」「怒り」といったネガティブな感情を全て引き受け、試合の場で爆発させる。
精神的な負荷は計り知れない。
人間が一人、俺たちの優勝のため壊れるかもしれない。
「ほら、立って。覚醒してそのレベルじゃ全国では使えないよ。」
続く部長の煽りに、果てなく登りつめる赤也の狂気。
コートに響く不気味な笑い声に、背筋に這いつくような悪寒を催した。
部長モード幸村さん