男子の抽選会が終わり、女子の抽選会に同行した。先に帰っていいと言われたけれどついて行った。正しい選択をしたと思っている俺がいる。彼女を一人で行かせていたらと思うとぞっとした。
が立海に転校してきた理由を俺は知らない。見当はつくけれど、自分から聞いたりしない。いつか話してくれるまで待つと決めていた。
彼女と共に入った抽選会場、その場にいた人間がの登場にざわついた。一口付近に責を取っていたのは氷帝の女子テニス部だった。3年の部長らしき人が立ちあがって、俺達に近づき頭を下げた。
『氷帝部長の小池です。さん、明後日の練習試合を受けて下さってありがとうございます。』
とても丁寧な人で、も深く頭を下げて挨拶をしていた。そんな時、後方に座っていた他校の女子が2人立ちあがってを指さした。暴言と共に。
『みなさーん、神奈川に逃げた女が来ましたよー。』
『、お前まだテニスしてたの?懲りないね本当。』
は、彼女達を見てた。瞳には敵意が宿っていたと思う。
『お久しぶりです先輩方。』
冷たい声。以前俺が絵理がらみのことで千鶴や女子テニス部に圧力をかけた時よりももっと、ずっとずっと冷たい声だった。
そんな千鶴の態度に相手の生徒達はあからさまに怒りを露わにした。
『何あんた。今度は隣の男に乗り換えたって?』
『隣の君、この女と一緒にいていいことなんてないよ早めに身ぃ引いときな。』
『お前が率いてる立海なんてトーナメントでボロボロにしてやりたーい。』
続く暴言に、会場にいた無関係の人間は驚いていた。俺もその一人だった。
何も言わないは幼稚だとか馬鹿らしいと思っているのかな。でも少し泣きそうな顔をしていたから、咄嗟に彼女の手を握った。無意識だった。
『・・・月ヶ丘のみなさん。さんに対する暴言は氷帝が許しませんよ。』
一言言おうか、そう思った時氷りつくような声を放ったのは氷帝の小池さん。彼女は俺とに背を向け、暴言を吐いていた彼女達に向き合い鋭い視線で威嚇している。
『これ以上言うつもりなら、力づくでもここから出て行ってもらいます。今年関東大会のスポンサーは月ヶ丘ではなく我々氷帝なのをどうぞお忘れなく。』
凛とした、すごい説得力のある発言だった。
『小池ってあの槙野グループ傘下の?ちょっとやめとこ。敵に回したらやばい。』
彼女の発言を受けて大人しくなった月ヶ丘の生徒、でも目は相変わらずをこれでもかと睨んでいた。あんなに清楚な制服を着て大人しくしていればお譲様なのだろうに。女は豹変する生き物だ。
『小池先輩、大変申し訳ありません。助かりました。』
がさっきよりも深く頭を下げる。その腰の折り方はお譲様学校に行っていた人間の動作だった。完璧な謝罪。校内で見る彼女と、こうゆう公共の場で人とやり取りをする彼女は大分違う。月ヶ丘では世間の渡り方を教わる授業があるのかな。
『いえいえ。今日この会場でさんと月ヶ丘の生徒に何かあった時は必ず助けると、東條に約束しました。』
練習試合、楽しみにしています。その言葉を最後に氷帝と別れるとすぐに委員会の役員が会場入りした。席についたはさっきの事を気にする様子なく、願掛けだと持って来た塩を机に振りまいて、お守りを左手に擦りつけている。そんな意味不明な行為が可笑しすぎて息を殺して笑った。
ついてきてよかった。
後方から送られる刺さるような視線は未だ消えない。この子と彼女達の過去に何があったのか、何となく分かった気がした。
「御神籤で言えば末吉かな。」
「あの塩とお守りが効いたんじゃないかい?凶じゃなかったんだ、安心していいと思うよ。」
凶を引いたのは氷帝だ。誰もがそう思っている。1回戦を勝ち抜けば2戦目でシードに配置された去年の優勝校、月ヶ丘との試合が待っている。圧倒的な力の差を見せつけた去年の全国大会優勝。中学女子テニス史上最高レベルと言われた学校。そのチーム出身のは口元に笑みを浮かべて、言う。
「実力で氷帝が月ヶ丘に負ける可能性はゼロ。賭けてもいい。」
彼女曰く、月ヶ丘女子大付属は去年誇った戦力の90%を失っている。プロという新たな世界へ出た槙野ツグミの40%、氷帝学園に転校した東條玲の20%そして立海に転校したの20%に浜野さんの10%。残った先輩や2年はほとんど使い物にならないと彼女は言いきった。私達立海の方が全然強いよ、と付け足して。
今俺達は植物園内を歩いている。抽選会場からそう遠くないこの植物園に、彼女を連れてきた。一刻も早く月ヶ丘の生徒と同じ空間から連れ去りたかった。あの場に置いておきたくなかったんだ。
見せたい花があったんだ。最近晴れた日が続いたからもうあの花が咲いていると思う。
温室で巨大なサボテンを見上げて「これは抱き心地が悪そう。」だとか、とても綺麗に咲くグラジオラスに「高飛車な花。」だとかいちいちコメントを残して歩く彼女。この子の視点はとても面白い。素で言ってるからもっと面白い。顔を顰めてキングプロテアに「絶世のブサイク。」と言った時はさすがに噴きだした。プロテアの王様を馬鹿にするなんて恐れ多い。
1つ目の温室を出て、2つ目の温室に向かう。ここが目的地。
ドアを開けた瞬間に薫った匂いに頬が緩む。予想通り、開花が始まったようだ。
はしばらくその場に立ちつくしていた。初めてこの温室に入った時の俺と全く同じ反応。じっと並べられた花に目をやって、瞬きをしている。
第2温室には世界中の洋ランが集められている。その中でも俺が開花を楽しみにしていたのはこのカトレヤ。
この花を見ていると、なぜかいつも彼女を思いだす。
屈みこんだが花弁を掌で撫でながら、ソフロカトレヤ、レリオカトレヤ、ロルフェラ、ブラッソレリオと花に詳しくなければ知るはずもない単語を口にした。驚いて振り返ると、手に触れるカトレヤにすごく、すごく優しい表情を向ける彼女がいた。さっきキングプロテアに見せた顔とは全然違う。
「綺麗な子達。」
その横顔に魅せられて、今度立ちつくすのは俺の方だった。
「では確認だ。ケーキ担当は丸井、律、ジャッカル、柚子葉、そして細野。人数を大目に取っておいた。ケーキは前日に道明寺家に運ぶように。」
「「「「らじゃー。」」」」
「プレゼント係には浜野、弦一郎と俺が行く。買う物は決めてあるので集金と釣銭の配分を鈴木に任せる。」
「はいッ!」
「残った者はバーベキューに使う食材の買い出し、それに道明寺と会場の準備を手伝ってくれ。」
「「はーい。」」
「千鶴には内密だ。土曜日の練習後、氷帝の東條玲に千鶴を連れだしてくれと頼んである。時間の猶予は1時間。
この時間内に会場の準備を行う。普段から世話になっている女子部長の誕生日だ。盛大に祝おう。」
「「「「「はーい!!!」」」」」