One for All









One for All



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「何なのよあんた!」
「幸村君から離れてよ!」
「絵理に悪いと思わないの!?」

女はキレると怖い。これは本当。一人では害がなくても集団になると怖い。それも本当。同学年か先輩か分からない女の集団に歩いていたところを呼び出された。知らない顔ぶれを見渡して肩を落下させた。めんどくさい。
特に最後に暴言を吐いた子は幸村の元カノを『絵理』と名前で呼び親しい間柄を伺わせるけれど、近しい人間なら幸村と彼女が別れていることなどすぐに気付けるはず。大方、2人とは何の関係もない生徒だろう。つまりは嫉妬任せの発言。

一刻も早く部活に行きたい放課後、彼女達のおかげで貴重な15分を無駄にした。














今日はずいぶん波乱万丈な一日だ。さっきまで女に囲まれていたと思ったら、今度は事件がやって来た。男子テニス部の1年部員が女子テニスコートにかけ込んできたのは柚子と由里亜が組んだダブルスの試合中。ちょうど柚子と由里亜のフォーメーションがいい感じになって、大満足した時だった。

先輩!!』
焦りに焦る少年は全力疾走してきたのだろう、立ちあがった私の前でぶっ倒れた。

『素振り中に本田が倒れたんです!今先輩達みんな筋トレに体育館に行っていて誰もいなくて!』

ぜぇはぁ地面に背中をついて切れ切れと発言をする少年を琴音に任せて部室の救急キットを持って男子テニスコートへ走る。本田って誰だっけ。男子部員は多すぎて顔を名前が未だに一致しない。まさか保健の先生には伝えたんだろうな、聞くのを忘れていた。





先輩こっちです!!!!」
かけ込んだテニスコートには言われた通り、倒れている男の子が一人いた。息はしているようだけど今まで動いていた割には身体が冷た過ぎる。汗も掻いていない。脈が弱い。

「本田君、聞こえる?」

コクンと首が少し動いたのを見て、頭を後ろに倒して気道確保。先生に救急車を呼ぶように伝えて来いと支持を出した。
「そこの君、毛布でもタオルでも何でもいいから身体に掛けられる物をたくさん持ってきて。」
近くにあったテニスボール入れの籠をひっ繰り返して足の下に置く。呼吸に気をつけながら脈拍を測る。弱いけれど心臓の動きは規則的だ。練習前に時計を外さなくてよかった。

「本田!」
ブン太の声が聞こえた。他の子が呼んできた男子レギュラーが駆け付けたのだ。

「本田貴様しっかりせんか!!!」
怒鳴る真田に持って来た救急箱を投げつけた。脈を測るのに邪魔。焦って怒鳴りたくなる気は分かるけれど、こうゆう現場にはふさわしくない。口だけ出すのはナンセンスだ。

「五月蠅い。気力じゃどうにもならないこともあるの、黙ってて!」

、救急車は呼んである?」
本田君の反対側に膝をついた幸村が集められた毛布を小さな身体に巻き付ける。こうゆうことには慣れているのか、処置は適切だし焦る様子も全くない。
「もう少しで来ると思う。ブン太そのドリンクちょうだい。本田君、飲める?」

「すまない。俺のミスだ。」
ぐったりしている彼は熱中症だろう。でも体温が下がっているのは悪くない兆候だ。上がり過ぎた体温を下げようと身体が戦っている印。おそらく練習中が一番つらかったはず。太陽の光は時に人間の凶器になる。この炎天下に責任者なしで練習を続行させるなんて、あり得ない。



「レギュラーが別練の時は他の子、女子コートに送っていいから。」
「ああ、そうさせてもらう。悪かった。おかげで大事に至らなくて済みそうだ。」
本田君の身体を一通り調べた幸村が息を吐き出した。彼に脈拍をメモした紙を渡して、立ち上がる。戻らなければ。「すまなかった。」そう帽子のつばを下げる幼馴染の肩にポンと手を置いた。「私の方こそ怒鳴ってごめん。」もう気にしない、おあいこだ。

それより真田に投げつけた救急箱の金具が壊れた。これをどう愛美とリコちゃんに説明しようか、説得力のありそうな言い訳を考えたけど全くと言っていいほど浮かんでこない。















「軽度の熱中症だそうだ。本田には明日から完全に回復するまで休むように伝えてきた。」
救急隊員と病院に付き添った幸村が戻り、部室で柳と3人で椅子に腰かける。部活はとっくに終わったが、俺達は残った。明日の関東大会抽選会に誰が行くのかまだ話し合っていないからだ。
「救急隊の人が応急処置がとても的確だと褒めていた。には本当に感謝しないといけないね。」
「医学の心得か。俺達も応急処置コースなど受けた方がいいかもしれないな。」
柳の提案に頷く。今回の様に手当てができる人間が常にいるとは限らない。自分の身を守る知識をつけるためにもそういった機会は有効活用するべきだ。

「明日の抽選会は俺が行くよ。会場が同じ女子もの方も部長自ら行くみたいだし。」
「…あいつが行くのか。」
大丈夫だろうか。は昔から籤運が全くといっていいほどない。琴音と3人で寺に行くたびに『凶』を引く姿を何度も見ている。大方、琴音がを説得したのだろう。関東大会出場校が集まる会場に部長が顔を出さなくては威厳の示しがない。

「じゃぁ、2人ともまた明日。」
幸村が閉めた部室のドアの音が響いた。




「会場には月ヶ丘がいるな。」
来週の練習メニューをキャンパスノートに書きだす柳が呟く。の過去を知る人間だ。幸村はの月ヶ丘での話を知っているのだろうか。いや、知らなくても明日知ることになるはずだ。とあの学校の人間は相いれない。俺自身その現場を見たわけではないが琴音から話を聞く限り、仲直りなどできるような関係にはない。

「心配か?」
「そうだな。精市が名乗らなければ俺が行きたかった。」

ペンを止めて柳が言う。感情を垣間見せるなど珍しい。

という人間は人を引きつける。
が来て女子テニス部は変わった。毎日のように部員がいなくなる部活に歯止めがかかり、悲しい顔ばかり見せていたメンバーは笑い、と共にテニスを楽しんでいる。
男子テニス部員が彼女から受けている影響も大きい。幸村の『テニスの方向性』は変わらずとも、休憩中の女子テニス部とのやり取りを通じて関係は深まるばかりだ。何より1年部員たちは部長と言う存在に幸村と両者の背中を見ている。その尊敬や信頼がなければ、本田が倒れた時にわざわざを呼びにはいかなかったはずだ。



「だが弦一郎、明日がいないのは絶好の機会かもしれない。」

ニヤリと笑う柳に頷く。
女子テニス部員を巻き込んでの準備は必ずに勘づかれる。

琴音の家で行われる彼女の誕生日祝賀会。

その計画を固めるなら明日しかない。























ヒロイン6月27日生まれ