One for All









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『今度の部長会議、外でやらないかい?』

先週、の教室まで行ってそう声をかけた。東京で行われるヨネック○オープンの公式チケットを知人から譲り受けたのがきっかけだった。限りなくコートに近い指定席のチケットが2枚。誰を誘おうか決めるのに時間は大して要しなかった。



「お待たせ。」

見たことのない私服姿、制服やジャージとは全く違う雰囲気。風になびくクリーム色の髪の彼女がベンチで本を読みながら待っていた俺の肩に手を乗せた。声で誰かは分かっていたのに振り向いた瞬間動作が停止してしまった。女の子の私服姿は初めてではないのに。いつもミニスカートを穿いていた絵里とは全然違う服の趣味。ジーンズにTシャツの重ね着。その上に羽織られたベージュのストールは大人な彼女をもっと大人に見せていた。それに眼鏡。「幸村?」覗きこんできた瞳にハッと我に返った。

「…ごめん、見惚れてた。」

「はは、幸村も私服は学校と全然違うね。」そう笑っては俺の隣に座る。フワリ、彼女が動作をする度いい薫がした。
目悪かったんだね。」
「そう。普段はコンタクト。まだ時間ある?」
「ああ。あと10分したら行こうか。」
じゃぁ、とバックから取り出したのは月刊プロテニスの新刊。32ページ目をじっと見ている。その表情はとても真剣で、その横顔が気になった俺は持っていた本を閉じ、彼女に寄りかかり彼女の手元にある32ページに視線を落とした。

外国で活躍する日本人の特集だ。

「槙野ツグミって確か・・・。」
大きな写真つきで特集の第一ページを飾っているのは、去年の全国大会の表彰台でと壇上に上がった人物だ。彼女の名前は他のテニス雑誌でも何度か見かけたことがある。

「私の先輩。去年、月ヶ丘の部長だった。」
「そうなのかい?俺はが部長だったとばかり思ってた。」
「業務上は・・・。チーム内の統括は何故か私が任されてた。トレーニングと公式試合の責任者は槙野先輩。」
は写真の人物に目を細めた。哀しそうな、怒っているような良く分からない表情をしていた。俺は一度肩で息をしての片頬をつねって伸ばしてみる。せっかくのデートなのに哀しい顔はなしだ。

「ゆ、ひ、む、ら。」
「今日は笑って、ね?」
コツン、とが額を俺のそれに当てて分かったよ、と返答する。

「そろそろ行こうか。」
立ち上がりまだ頬を押さえるに手を伸ばす。彼女の手を取って、抱き寄せるように立たち上がらせた。















「幸村。」

会場で思いもしなかった人物に声を掛けられた。背後から聞こえた声にと同時に振り向いた。その人物は相変わらず本来の表情を瞳の中に隠している。
「手塚じゃないか、久しぶりだね。」
はそんな俺と手塚やり取りをじっと見ていた。手塚は視線に気がついたのかに目をやって一瞬、その瞳を驚きのそれに変えた。
「月ヶ丘女子のレッドローズか。」
ペコリとお辞儀をして「です。」とが手塚に手を伸ばす。手塚は頬を緩ませてその手を握り返した。「元気そうで何よりだ。」そう言った。おかしくないか、会話が。今日初めて会ったはずなのに、元気そうでなりよりだって。


「おーい手塚ぁ!デートの邪魔しちゃだめだろぉ!」
前方から猫顔の男子がバク転しながら近寄ってくる。そして手塚は攫われるように「幸村、また会おう。」と残しその猫顔男子と共に消えていった。



「・・・デートなの、これ?」
が嵐のように去って行った2人の背中を見ながらボソリと漏らす。俺にとっては女と男が2人で一緒に出かけるといえば全部デートなのだけど、彼女にとってのデートは意味が違うのかもしれない。

「部長会議という名のデートだよ。」

「ああ、なるほど。」
彼女が何に納得したのか分からなかった。グルリとあたりを見回してチケットにある指定席を探す。サッと触れた冷たい体温にビクリと体が跳ねた。の手が俺の手を握っていた。

「ー?」
「幸村は手握るの好きな子だから。今日誘ってくれたお礼。」

まさか。
さーっと全身に冷や汗を掻いた。別に他人の手を握るのが好きだという自覚はない。俺が手を握るの好きだと彼女が主張している理由は何だ?
ありえる可能性が1つ見つかった。
俺だけ知っていればいい時間を共有していた人物があの時いたらしい。

「・・・球技大会の時起きてたのかい?」
俺が保健室で彼女の手を絡めとって安堵に浸っていたのをが気づいていた。これが俺が想定できる唯一の可能性。

「さぁ、どうだろうね。」

可笑しそうに言う彼女の横顔は間違いなく『起きてましたよ』と言っていて、俺は恥ずかしさを紛らわすように彼女の手を引いて歩き出した。席につくまでその2つの手が放されることはなく、彼女の手は冷たい体温を保ち続けていた。




















「夕飯良かったら家で食べていかないかい?」
会場からの帰り道を夕飯に誘った。真田から聞いたの生活環境がずっと心の中で引っかかっている。一人で寂しくないのだろうか、女の子なのに毎晩一人なんて危険ではないのだろうか、そんな心配が浮かんでは消えていく。
「悪いよ。心配してくれているならありがとう。でも夜誰もいないのには慣れてるから。」
「母さんに連れて帰るって言ったんだ。デザートにケーキも焼いてるはずだよ。」
「・・・ケーキ?」
「うん、ショートケーキもちろんホールで。」
そう言うと彼女は「んんん。」と黙り悩みこむ。数秒後パッと顔を上げたかと思えば「行きます。お邪魔します。」と笑った。



こんなに長く彼女といた日は初めてだ。
この子と居るといつもより自分が笑っていることに気づく。
明日から学校で「」という子をただの友達として、ただの部長仲間として見れるだろうか、薄っすらとそんなことを思った。

自信ないかも。

付き合っていた彼女と別れたばかりなのに不謹慎だと真田には言われるだろう。だから誰にも言わない。

甘い気分に浸るのは今日だけだ、そう言い聞かせて俺は後ろを歩くを振り返った。

、手繋がない?」

俺が差し出す手をジッと見て、自分の手を乗せてきた彼女。「そんなに落ち着くの?部活中寂しくなったら真田の手繋ぎな。」そう真面目に言う彼女に苦笑した。










『君の手だから握りたいんだ。』

吐けたら楽なのに。
それは言わずに呑みこんだ。





天を仰ぐ、梅雨のには珍しく夜空一面に星がオンパレードしていた。
















幸村さんがヒロインへの気持ちに気付いた