F組の教室で生徒の注目を集めている2人。学年内で有名な2人だけに周りはそわそわしている。そんなことなどお構いなしに仲良く座り話している彼らは見ていてとても微笑ましい。
「女子も順調に勝ち進んでいて嬉しいよ。」
「どうも。」
「次のオーダーは決まった?」
「いや、まだ。」
「今週末どことだっけ?」
「箱根四中。」
聞いているとさっきから積極的に話しかけているのは精市のほうで、千鶴は昼食のホールケーキを食べながら聞かれたことだけ簡潔に応えているが、それでも彼は満足のようだ。午前の授業が終わった昼休みに顔を見せ、俺に用かと思えば真直ぐ女子テニス部部長の席へ歩いていった。今では彼女の前に座り込み、クラスメイトの小西潤菜の席を占領している。
「ケーキ少しもらってもいい?」
ニコニコと当たり前のように聞く彼に彼女はケーキを見つめてフォークを渡した。一口分フォークに乗せ口に運ぶ精市を見ていた女子から「間接キスじゃん!」そう小声があがる。千鶴は「おいしいね。」と喜ぶ彼に頬肘をついて間接キスをした事実など0.01%も気に留めていない様子だ。彼女らしい。
「幸村、次の部長会議だけど・・・。」
「ああ、そうだった。それを話すために会いに来たんだよ。」
「・・・。」
だったらそれを早く言えよ、と言いたげな目で精市を見たと思ったらフッと口元を緩ませて受け取ったフォークを置いた。ホールケーキはすっかりその姿を消していた。
「男子テニス部の部長さんは今日ずいぶん機嫌がいいみたい。」
「そうかい?でもこれから言うことにOKくれたらもっと機嫌がよくなるかも。」
首をかしげる千鶴から目を離し時計に目を移す。精市がこの教室にいられるのもあと数分。余計な視線は送らないでおこう。そんな俺の配慮をよそにクラスメイトは相変わらず2人に釘付けだった。
時は6月の半ば。とっくに過ぎた5月21日を忘れていたわけじゃない。ちゃんとプレゼントも買ってあったのに渡すのをずっと忘れてただけだ。証拠に当日私は「おめでとう。」と一言言っている。1週間後に行われた誕生日パーティには出席できなかった。柳医師のところで血液検査とホルモン検査があったからだ。
「千鶴本人からもらったほうが喜ばれると思いますよ。(訳:自分で行って来い。)」
琴音に渡してくれないかと頼んだらやんわり断られた。冷蔵庫の中で保管していたプレゼントの内の1つが腐りそうになった今になってようやく、私は練習後の男子テニス部に向かい歩いている。
「すみません。真田いますか?」
ノックをしてから開けたのに、私の姿が現れた瞬間部室内にいたイモ達がざざざッと後ずさりする。ドア付近で着替える可愛い1年のイモ達の中には顔を赤くしている子もいた。
「千鶴先輩!俺たち着替え中っすよ!」
「心配しないで。私男の体に全然興味ないから。」
「ひどッ!」
真田先輩っすね、呼んできますと奥のロッカーの方へ行ったキリハラ君が数秒後に真田を連れてきた。着替え中に来るとは不謹慎だと予想通り怒られた。
「これ。」
「何だこれは。」
「先月の21日のプレゼント。」
スーパーの袋に詰めてきたプレゼントを手渡した。真田は中を覗いてフッと笑う。嬉しかったようだ、良かった良かった。何だ何だと寄ってきたジャッカル君と仁王も袋の中に視線を落とす。そして真田より大きな声で笑った。
「味噌、ナメコ、豆腐、それにネギ。ネギは大分萎れているな。」
「真田の好物の材料じゃな。」
「千鶴、今夜も一人か?」
「今夜って!何誘ってんすか、副部長!!!琴音先輩という人がありながら!!」
「な、何を言っておる赤也!!!」
「幸村部長!!真田さんが千鶴先パ・・・!」
カッと目を見開いた真田の拳が上がる。ガッツーんと音が鳴ってキリハラ君の金きり声が止んだ。真田の裏手に頭を地面に埋めて失神している。私も初めてやられたときは1時間再起不能だったな、昔。
「一人だよ。」
「我が家へ来い。今日の晩飯はなめこの味噌汁にしよう。」
「赤也に聞いたよ、今夜千鶴を襲うつもりなんだって?」
誰も知っていはいけない秘密を知ったおばさんの様な微笑を浮かべて帰り道、精市は真田の肩を叩く。冷や汗を浮かべる真田はジロリと白々しい視線を向け足を止めた。
「そんなわけあるまい。千鶴を我が家の夕食に誘っただけだ。あいつは共に夕飯を食べる人間がいないからな。」
「え、家族は?」
足を止めた真田につられ精市と俺の足も止まる。これは入手していない情報だ。
「千鶴の両親はスウェーデンに住んでいる。他に兄と姉がいるが仕事や学業で家にほとんど帰らんのだ。小学校6年のころからか、姉が大学に行き始めてからは毎晩一人だと琴音から聞いている。たまにはちゃんとしたものを食べさせないとならんのだ。」
そういえば家庭科の時間、千鶴は任されたことをテキトウに片付けていた。それは美術の授業態度よりも酷いものがあった。『料理はめんどうくさい。』そう俺にぼやいた事もがある。おそらく自分が甘いものしか食べないから普通の料理をすること自体が時間の無駄という感覚なのだろう。『ケーキ作りなら喜んでやるのに。』とも言ってた。
「・・・柳、真田はいい御守り役だね。」
「そうだな。だが、千鶴は粘るものが苦手だったはず。なめこは大丈夫なのか?」
「去年は吐き出しおった。あいつは昔から変わらんな。」
幼馴染というのは難しいものだ。子供のときは無邪気に遊んで何をしても許された関係。大人になるにつれて許されることに制限がかかっていく。昔のままではいられない、分別をつけなければならない。関係が変るということは時に哀しいことなのかもしれない。真田、千鶴そして道明寺、3人とも意識せずとも感じているのだろう。もう、昔の3人ではないということを。
「あいつとの食事は久しぶりだ。」
そうぼやきながら足を進めだした真田の背中はどこか嬉しそうだった。