One for All









One for All



17







午後の白熱する体育館でバーンと鳴り響いた後に、ガタンと音がした。

コート上にいた人間はみんな青ざめていて、観客は手で口を覆った。

「早く、早く保健医を!」テニス部の彼女が叫んだ。

倒れたのは、テニス部の部長らしい。

ボールを投げたらしい本人はバスケットコートで手を震わせていた。














「軽い脳震盪よ。10分もすれば目が覚めるわ。それにしても反射神経のいい子でよかった。咄嗟に手を出さなかったら首の骨が折れていたかもしれない。」
保健医はベットに眠る彼女の顔にかかるクリーム色の髪を脇に流しながらほっと溜息を吐いた。俺の隣ではボールを当てた「犯人」がマジかよ、と唾を呑みこむ。

数分前までクラスメイトの麻紀ちゃんと体育館で次に対戦する予定のチームの視察をしてた。といってもボールを眼で追いながら談笑していただけなんだけど。バレーボール準々決勝の3年G組対2年F組。と細野さんがバーレーボールに出ることは昨日女子テニス部から廻って来た参加リストで知った。あの2人がいるんじゃ勝つのはF組と結果は手に取るように見えていたけれど麻紀ちゃんに誘われて見に行っていた。試合は予想した通りF組が圧倒的に押していて『次はのクラスと当たるのか。』そんなポジティブでもネガティブでもない事を考えていた。その時丁度バスケットの準決勝とバレーボールの準々決勝が同じ体育館で同時に行われていて、第2セットの中盤で事は起こった。

3年生のサーブ、F組の誰もがそのボールに注目を集めている時、バスケットコートからボールがすごい速さでバレーボールコートに飛んできた。普段なら境にネットのカーテンが張られてボールが掬われるのだけど、注目が集まる2試合にはもちろんギャラリーが多くて、彼らの座る場所を作るために体育委員会がネットを張らなかったのだ。
バスケットボールが頭上を通過した生徒の中にはいきなり視界に現れた物体に叫び声を上げる子もいた。

―!!避けろ!!!!」

瞬時、体育館に木霊する大声は聞きなれた声だった。俺はその声に麻紀ちゃんとの会話を止め名前を呼ばれた本人を見た。次の瞬間にはバーンと音が鳴って、ネット際で人が倒れるのが見えた。

「「!!!」」
一目散に倒れた人物に駆け寄ったのは同じクラスでコート上にいた細野さんと、確か武藤宏樹という野球部の男子生徒。俺も気付いた時には彼女に駆け寄っていた。「ちゃん!」後ろから泣きそうな麻紀ちゃんの声がした。











「丸井、にちゃんと謝るんだよ。」
全く、と盛大な溜息を吐きだしてにボールを当てた本人を見る。運動神経の良い彼があんなミスコントロールボールを、それも違う競技のコートに投げ込んでくるなんて考えられないが、これだけ落ち込んでいるところを見る限りやったのは本当に自分なんだろう。

「俺、彼女にいいとこ見せてやろうなんて調子付いてた…。」
丸井の彼女は3年生で剣道部だと聞いたことがある。いつも年下されているからカッコいいとこを見せてやるんだとは毎日のように言っているけれどそのやる気が今回、事故を引き起こした。

「今度に何か甘いもの奢ってやれ。そしたら喜ぶ。」
両腕を組んだ細野さんが丸井の背中をばしっと叩いて言う。丸井はを見ながら「大変なことにならなくて良かったぜぃ。」と情けない声を発した。


「ちょっと待てよお前ら!!」


保健室で声を張り上げたのは一緒に来ていたF組の武藤宏樹だ。さっきまで一人離れたところに一人立って俺達の会話を聞いていた彼が顔を今、顔を真っ赤にして怒っている。

「そんな簡単でいいのかよ!こいつはをこんな危ない目に合わせたんだぜ!?春希、お前だって見ただろが倒れるとこ!!何でこいつのこと責めないんだよ!?」
机に向かっていた保健の先生が椅子を180度回転させてこちらに視線を送る。静かにしろ、という視線ではなかった。きっと話自体に興味があるのだろう。

「やった本人が一番反省しているから何も言わないんだよ。」
細野さんが淡々と返す。丸井は武藤に返す言葉もがないんだろう、責められて当然だと自覚しているから何も言えないんだ。下を向いたまま手を膝の上で握っていた。

は同じテニス部の人間は男女関係なく大切に想っている。こんなことで丸井と関係を崩すような態度取るはずないし、結局何事もなく済んだ。きっと笑って済ませるさ。」
「それはお前の見解だろう?」
「…武藤、ずいぶん突っかかるね。」

「うるせー!好きな女が倒れて黙ってられるほど俺は大人じゃねえんだよ!」

ブッっと保健医が飲んでいたお茶を吹かせて咳をし始めた。細野さんは「あっそ。」とつれない返事を返すだけで特に反応は見せない。彼がのことを好きだと知っていた顔をしていた。




武藤の告白に俺は息継ぎをするのを忘れた。



先週、仁王と体育館裏を歩いている時偶然見てしまった告白現場。
と、3年の先輩が整備具小屋の横に立って話をしていた。俺達には男の背中が見ていて、はこちらに顔を向けていた。その視線は目の前の先輩を捕えながらも俺達に気付いていただろう。

『好きだ。付き合ってくれないか。』
男の声がやけに透き通って聞こえた。が何て返事をしたのかは知らない。



『あいつは男子にも女子にもモテるからのう。』
『…女子?』
『クラスの奴がに告白する女子を見たと言っとた。』
仁王は言う、好きになる相手に女も男も関係ないのだと。恋愛対象という存在に性別の枠を設けるなんて邪道だと。そんな意見に反し、この国の法律は同性同士の結婚を否定している。
(何でだろう。)
男が好きになるのは女で、女が好きになるのは男と決めつけられた社会に生まれ育って向けもしなかった質問が生まれた。

『でもあいつは−。』
は何?』
『何でもなか。』
口を滑らすとこじゃった、独り言のつもりだったのだろうがバッチリ聞こえていた声に俺は少し機嫌を悪くした。「最近仲良くなった友達」もとい「」のことをもっと知りたいと思っているのに、これじゃ仁王のほうが彼女を良く知っているみたいじゃないか。

『別に言わなくてもいいけど。俺は女でも仁王と付き合いたくないな。』
『…幸村、お前はこっちから願い下げじゃ。』











かっこいいな。

武藤宏樹を見て素直にそう想う。好きな人を好きだとこれほどはっきり言える人物ってすごい。俺はどうだっただろう。絵理を一緒だった時、彼のように他人の前で堂々と「絵理は俺の好きな子だ。」と言えただろうか。

『屋上庭園が大事ですか』と聞かれたら即答でYesと言える。『テニス部の仲間が好きですか。』これも、すぐに「はい」と言える。『陣内麻紀さんが好きですか。』これもOkだ。友達として俺は彼女が好きだ。

『久賀絵理さんが女性として好きですか。』

どうだったのだろう。言えたのかな。言えた気はする。言わなければならない状況であれば。武藤のように、情熱に全てを任せて吐き出したりは決してしなかっただろうけど。そんなの俺のキャラじゃないと言い訳をしている自分がいる。武藤に抱いた尊敬は隠れた自分が求めているものなのかも。

俺にもまた好きな人ができたら彼のようでありたい、そう思わせてくれた武藤はすごい男だ。








『皆様にお知らせします。中断していたバスケット準決勝とバレーボール準々決勝の試合を10分後に再開します。出場する選手は体育館にお集まりください。』

モノトーンな声がスピーカーを通りぬける。この2試合が終わったら昼休憩だ。午後に控えている準決勝、回復の時間は充分に残っていた。

「武藤勝ちに行くよ。が目覚ましたら準決勝だ。」
「たりめーだい!よっしゃー行くぜ春希!」
立ち上がったF組2人はさっきまでの言い争いが嘘のようにガッチリ拳を握りあった。F、G、I組は仲が良いクラスだって良く聞くけれど本当らしい。A組にはない雰囲気をこの2人もも持っている。

「私も会場でスタンバイするから、行くわね。」
保健医は鍵を持って前の2人を追いかけるように部屋を出て行った。丸井は時計とを交互に見る。目がどうしようと訴えている。丸井なしではB組はこれ以上先に進めないだろう。

「丸井行きなよ。は俺が見てるから。」
「…わりぃ。俺行ってくる!」




丸井の廊下を掛ける足跡が小さくなっていく。誰もいなくなった保健室は静か過ぎた。グラウンド競技は午前中で終了して駆けまわる生徒はいないし、校舎内にもほとんど誰もいないだろう。みんな体育館に集まっている。

眠るはまだ起きる気配を見せない。
さっき保健医がやったように彼女の髪を掬ってみた。サラサラと指の間を抜け落ちて行く。俺の髪とは違う、女の子の髪だった。

「顔に傷ができなくてよかった。」

座っていた椅子から立ち上がり、ボールが当たったという反対側の首筋に手をやって症状を確かめた。少し赤くなっているけれど痕にはならないだろう。寝息すら聞こえない静かな呼吸に生きているのかな、なんて顔に耳を近づけた。「ん…。」俺の髪が彼女の頬に当たって少し反応を見せたは生きてた。

「本当に綺麗な子だね、君は。」

彼女の寝顔を見るのは最初で最後かもしれない。多くの男子や女子が彼女に恋する気持ちも理解できるよなぁ、とまたあの一目惚れ事件を思い出す。一瞬で過ぎ去った気持ちだったけど今でも鮮明に思い出せるのはなぜだろう。絵理と付き合って、彼女にも恋をしたのにへの「初恋」は2つ目の恋に色を染められることなく今も俺の中に留まっている。
また椅子に座りなおして、ベットに肘をついて顔下げる。俺も数分でいいから眠ってしまいたかった。んー、と横に伸ばした腕がの手に当たる。


長い指に俺の指を絡めた。


恋人でもない相手に何でこんなことしたのか自分でも分からない。ただ、彼女の温度を確かめたかった。相変わらず冷たい手。この手に触れていると自分の体温がやけに高く感じる。


今この数分だけでいい。俺だけがこの子が近くにいると感じたかったのは独占欲の一種かもしれない。
























幸村さんの回