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One for All









One for All



16







例年5月末に行われる運動部壮行会に全校生徒が集められた。学校長挨拶が終わりざわついていた体育館が、彼女が登壇したことによってピタリと静かになった。壇上に立った彼女の人形のように澄んだ瞳が体育館内に集結する生徒を一度見渡す。その視界に俺は入っていたのかは分からない。彼女は口を開く。持っている紙に一度も目を落とさず、生徒代表挨拶の言葉が紡がれていった。

マイクのスイッチが千鶴の長い指で切られるとその時体育館にいた誰もが彼女に拍手を送った。スポーツをやっている人間の心には響く言葉だったんだろう。
「スポーツマンの鏡って感じだな。」
2年A組の隣の列には3年G組が立っていた。俺の斜め前にいる先輩が千鶴のことを見て感嘆の言葉を漏らした。俺は前に立つ柳生の靴に視線を落とす。今さっき彼女が壇上で放った言葉が脳内に反響する。


綺麗事だと反論している自分がいた。

一つ千鶴の言葉を聞いて、はっきりしたこと、それは女子テニス部と男子テニス部の方向性が異なることだ。千鶴は言った、勝つことを前提に試合をするのは当たり前だが、勝利が全てというわけではない、と。最終的な結果が敗北だったとしても、そこまでの過程に意味があるのだと。俺とは180度違う考え方を彼女は持っていた。両部活とも目指しているのは全国大会優勝。だけど、決勝で負けたらそれまでの勝利なんて何の意味もない。最後の最後まで勝たなければ意味がないんだ。それまでの過程なんてどうでもいい。


「どちらが正しいのでしょうね。」
教室までの帰り途、柳生はメガネを抑え問う。
「…言い分ならどちらも正しいさ。勝ちへの信念の形が違うだけだ。」
千鶴が掲げる部の方針に文句はない。結局のところ、俺の部活ではないから。

違う信念が見せる試合の「結果」が柳生の言う質問の最終的な答えなら、



それは全国大会にある。













「喧嘩を売りましたね、男子テニス部に。というより幸村さんにでしょうか。」
琴音は眼鏡を外し、窓の外で揺れる木々を眺めながら言う。校庭から聞こえる野球部の声が私と彼女の間を通り過ぎて行った。自分の席に座り男子テニス部の練習メニューを作っていた柳がノートに走らせるペンを止め顔をあげた。
「何のこと?」
「はぐらかしても無駄ですよ。」

幸村と私の違い。それは初めて彼のテニスを見た時からはっきりしている。私達は同じ部長という立場で、同級生として知り合ってしまったけれど、できるなら挑戦者として彼と会いたかったと思っている自分がいる。王者に喧嘩を吹っ掛けるような挑戦者でありたかった。私が女じゃなかったら、公式の試合で対戦する機会がきっとあったに違いない。

幸村が持つ勝利への信念を私のテニスでぶち壊してみたかった。

幸村だけじゃない。私が女じゃなかったら、男の体を持っていたらテニス界をリードする男子のトップとも張り合えた。生物学的限界という言葉、聞かないふりができたのは小学校を卒業するまで。筋肉の質と量の違いは生まれた時からどの性別を持つかである程度決まっている。女がその決定事項を越えることは難しい。
男は10代半ばから後半にかけて女との骨格の差を明らかにしていく。男子テニス部のみんなもこれからもっともっと大きくなって、強い体つきになっていく。今は小さなキリハラ君もあと1、2年もすれば見違えたような「男」に変身するはずだ。私の成長期は止まった。これ以上大きくなることはない。定期的にジムで測定している筋力も去年から全く上がっていない。彼らとの力の差は広がるばかり。悲しいことにこれが現実。

悔しい。

テニスの実力で勝てないというのなら、私が持っているテニスへの信念だけは彼らに負けたくない。これは内に秘めた些細な対抗心。今日の壮行会、幸村に送ったちょっとした宣戦布告だ。

「…私は何で女に生まれたんだろうね。」

琴音は下を向いたまま言葉を返さなかった。柳は心配そうに私を見ていてその口は何か言いた気だ。そんな彼に苦笑して、私も琴音と同じように下を向いた。グラウンドから聞こえる声だけが明るい。誰かの机の上に置かれた眼鏡のグラスが反射して、私は少し、少しだけ目を瞑った。






















「みなさーん!この紙に明日の球技大会で出場するスポーツ名書いて下さい!記入後はこの紙を男子の方に回します。男子テニス部の黒板に貼り付けておいてもらうので明日の空き時間他の部員の応援に行く参考にしてください!」
ざわつく部室で精一杯声を張り上げた1年マネージャーのリコちゃんが顔を真っ赤にした。

「「「「はーい。」」」」

明日は球技大会だ。明日の放課後大会の片付けをして、ようやく体育委員会の仕事が一段落する。体育委員会で打ち上げをと先輩に誘われたがやんわり断りを入れた。我がF組の学級委員長は3日前から燃えに燃えている。今日の帰り発注したクラスTシャツを取りに行くのだと副委員長を引きずり帰って行ったっけ。


「わたくしは今年サッカーです。」
「琴音ちゃんサッカー出来るの!?すごいじゃん!」
奈々が驚いたように言った。琴音は一度首を傾げて「いえ、全然できないんです。でも好きなんですよ。」と笑う。
琴音はサッカー観戦が大好きだ。4年に1度、ワールドカップ開催期間中の彼女を止められる人間はいない。全身に日本代表のユニフォーム一式を身にまとい一人スポーツバーに消えていくのが恒例だ。

「俺もワカメとサッカーす!負けないっすよ先輩!」
「茉莉亜、“俺”じゃないでしょもう!!!」
「はいはい!私、バレー!!」
はいはーい、と麻紀ちゃんがリコのところに駆けていく。「A組はバレー優勝だよ!!何たって精市君がいるんだから!」嬉しそうに跳ねる陣内麻紀を春希が無言で見下ろした。

「…へぇ。A組は幸村がバレー…。」
「春希?」
ふふふ、と急に黒い笑いを起す春希に一同が顔を顰めた。
千鶴!明日A組には何が何でも勝つよ!」
ギュッと拳をこれでもかと握り「絶対だ!!」そうカッと目を開き放つ彼女。女子テニス部部長は少し後ずさりをして目を丸くした。
「琴音。春希、去年の球技大会で幸村と何かあったの?」
ボソリ、道明寺琴音の耳元に口を寄せて聞く千鶴に道明寺は声の音量を下げることなく「はい、春希さんは去年卓球のシングルス決勝で幸村さんに惨敗しています。」と普通に一言。
これを聞き、去年の悔しい思いを思いだしたらしい細野は「打倒!幸村!」を連呼し始めた。普段はク-ルビューティな彼女がここまで熱くなるなんて、余程悔しかったんだろう。

「明日の試合が思いやられる。」

千鶴は額に手を当て溜息を吐き、同じくバレーに出る宮脇由里亜が全身に悪寒を催した。





球技大会種目:女子テニス部
バレー:  陣内麻紀(2A)・細野春希(2F)・相沢千鶴(2F)・宮脇由里亜(1C)
バスケ: 浜野奈々(2H)
卓球:  水上柚子葉(2C)・鈴木リコ(1D)
サッカー: 道明寺琴音(2I)・宮脇茉莉亜(1G)
バトミントン: 律愛美(2G)




球技大会種目:男子テニス部
バレー:  幸村精市(2A)
バスケ: 丸井ブン太(2B)
卓球:  真田弦一郎(2D)・柳蓮二(2F)
サッカー: 仁王雅治(2G)・切原赤也(1G)
バトミントン: ジャッカル桑原(2I)・柳生比呂士(2A)













球技大会が始まる