伝説




伝説八之一/二






城の形を作っている石たちが夜の風に冷やされて、日中太陽から受けた温かさを完全に失うころ、まだ明かりをつけている城の部屋は城下に住む人たちからも見えるほどに明るく、闇の中に輝いている。 その一室ではまだ若い治癒師たちが時間を惜しまず勉学に励んでいた。 「がいなくなってから治癒師への教育は導師みずからされているわ。」 さんを探す!と明日には地球へ帰る予定の光、海、風に普段は見ることのない部屋部屋を案内するプレセアの表情が氷の中に眠ると対面して以来、今一番和らいでいるように感じる。 治癒師の部屋は瓶に収まった様々な液体と透明な箱に詰められた粉に壁の大半が埋め尽くされ、中央には化学室の実験台のような大きな机、その脇にはさまざまな器具が無造作に置かれている小さな机が見られる。 「治癒師たちは魔法を持って患者の治療をするわ。そこに並んでいるのは専用の薬達。下手に混ざり合わせると爆発する危険性もあるから、薬の調合はにしかできないの。」 「クレフにもできないものなの?」 その質問にクビを深く縦に振った。以外の人間に作れる薬は応急処置程度のもの。 一発で完璧に治す薬は彼女以外に作れない。 今、机に向かい物を書く若い顔ぶれも将来は治癒魔法を習得して立派な治癒師として一人立ちしていくのだろう。 「魔法で人間を治すのは簡単だけど。」 それが彼女の口癖だった。 歌法伝来師が魔力を持って扱えない病気はない。生き続けたいと願う者には不老不死を授けることすら可能。 "でもね、それじゃだめなのよ。" 「でも、それでは駄目なの。」 一度の休憩も取らずに学ぶ治癒師候補生たちを見据えながらの口癖を繰り返した。 「だめというのは・・・?」 風が両手を前で重ねプレセアを覗き込む。 「が歌法伝来師、すなわちヴァルになって間もないころ、一度だけ、導師が命に関わるほどに重い病気にかかられたことがあったわ。 歌法伝来師なら必ず治せるはずだ、と誰も導師の心配をしなかった。」 そう、あれは森に花のつぼみが見れるようになる季節。 修行させてもらっていた前創師の家から自宅に帰る途中、もうすぐ顔を見せる花達に機嫌上々だった私が自宅に入ると、対照的にゲッソリとした表情で遠くを見る姉、プレセアがいた。 「導師の病気はなかなか治らなかった。が付っきりで看病をして4ヶ月程たってようやく完治されたの。」 その間のプレセアは仕事に身が入らないほど導師を心配していた。 「どうしてすぐに治らなかったんだ?」 「それは、が治療に魔法を使わなかったからよ。」 「「「え?」」」 「関係者の中には彼女が本当に歌法伝来師に相応しい人物なのかと裏口を叩く者もいたわ。 それでもあの子は導師に魔法を使って治療を施さなかった。いえ、使えなかったというほうが正しいかしら・・・。」 そう、私やプレセアが武器作りで怪我をしたときも、あの子が魔法を使って治療したことなんて一度だってなかった。 当時はなぜだろうと不思議にすら思っていたけど、この導師が病にかかった事件はその答えを私達に教えてくれた。 クレフの体調が安定してようやく食わず眠らずの看病から開放されてすぐに、「なぜすぐに治さなかったのか」と導師以外の国の重役達は彼女は責め立てた。 まるで裁判のような光景の中で、年齢を重ねて考え方が硬化してしまった官僚たちの非難の声にクタクタになったは 「大好きな人の体に、魔法という異物を叩き込むなんて私にはできなかった。」そう一言いって倒れこんだ。 「さんは本当に素敵な方なのですね。」風の一言に笑みがもれた。 「ええ。」 100%の自信を持って言える、あの子はこの国の歌法伝来師だと。 「でも、その重役って人達本当に腹がたつわ!」 フルフルと体を震わせて、拳をすでに握り締めているウミ、私も当時おんなじことをプレセアに言った。 そんな私にプレセアはウィンクを飛ばして満足そうだった。 「でしょ?そうなのよ。でもね、導師がその出来事を知って全員クビよ。ほほほほほッ。」 プレセアはあの瞬間、立ち入りを許されず高官達に攻められるラナーらを守れなかった。 その時、半年振りに重役達の前に姿を見せたクレフは、威厳の中に怒りを宿して横たわる彼女を抱えて出て行ったらしい。 高官たちはその後クレフに一連の出来事を話す機会を設けたが、そこで彼の逆鱗に触れてしまったのだとか。 そのときのクレフの勇姿を語る姉の姿が蘇る。 「いい気味だね!」 「薬を使って治せる病なら、時間がかかっても魔法の力など使うものではありません。」 私を看病しているときにが言った一言はそれまでの歌法伝来師の行為を否定するものであった。 大切に想ってくれる人達がいる、だから元気になろうと心を強くする。 薬を作った者は、それを呑む人間が元気になりますようにと願いをこめて作っている。 魔法に頼り過ぎるということが、人間の生活そのものの形態を変えることに繋がることを彼女は理解していた。 「これ、薬湯です。一回分ですけど。使うときはちゃんと願ってくださいね。」 七色の粉が詰められていたガラスの瓶。これを見るたびに、高官達に責められ疲労した体を横たえた寝床で、「私は大丈夫ですよ」と笑顔を見せた彼女を思い出す。 「おまえに貰った薬湯、役にたったよ・・・。」 大切な人を元気にするのに魔法は使いたくない、その言葉の温かさを慕う者ができて初めて知った。 ウミが眠れないと私の元へやってきたとき、魔法で癒してやることは簡単だったのに杖を持つ手が震えてしかたなかった。 もあの時、同じ気持ちだったのだろうか・・・。
ウミがゆっくり眠れるように、そう願いを込めて入れた薬湯はどれだけウミを癒してくれただろう。 人を想う気持ちが相手の力になる、気づけたのはおまえのおかげだ。 魔法に頼る治癒師たちへ、薬の知識を教えるためにも セフィーロでさんを待っている皆のためにも、私達が、かならずさんを探し出すから。 三人の言葉に反応したように風が吹き込む、まるで500年持ち主の帰りを待つ棚に所狭しと並べられた瓶達を撫でるかのように。