伝説之三十一






気付いたら道端に倒れている自分がいて、ゆっくりと目を開けると、そこはどうやら街のようだった。
セフィーロで身につけていたはずの衣類はなく、身に纏っていたのは麻から作られた薄汚い服。
腕輪だけは、左腕にしっかりとついていた。

藁と少しの木材で出来た小屋が連なる路地でゆっくりと起き上がった私に人々は声を上げて驚いた。
「あんた生きてたのかい!?」
女の人が一人近寄って来て声を掛けてきた。そして騒ぎを聞きつけた近所の女の人は食べ物を持って来てくれた。
どうやら私は3日ほど道に転がっていて、死体として放置されていたらしい。
穀物の粒で出来たその食べ物を受け取った瞬間に、私は泣いた。

『この星は何?』

歌法伝来師が使わされるのは「いらなくなった星」、そう伝説の記述を読んだ。
この星が、いらない星?
この人達は、いらないの?


『・・・この星を滅ぼすことが、この人達を殺すことが私の使命』
我武者羅に地面に突っ伏して泣いていた私を、娘として引き取ってくれたのは最初に声を掛けてくれた女性の家だった。両親は行く宛てがない私を他の兄弟と同じように扱ってくれた。

家の生活に慣れると、宮廷で働いている次男にムリ言って読み書きを教わった。
女性は教育を受けない時代、私は特異な人間として噂になる。
そして私の話を聞きつけた宮廷皇族の一家に就いて、女性達に少しの読み書きを教え、身の回りの世話をする地位についた。親孝行をありがとう、そう私を引き取ってくれた両親は涙を流していた。

髪を撫でてくれる仕草、それを私は知っている。
セフィーロでの幼い日々、仕事をする導師の膝に乗り、本に見入っている私に「少し休憩したらどうだ?」と気遣いながら優しく頭を撫でてくれる手と、地球の両親の手は同じだった。




後に「地球」と呼ばれるこの星で授かった最初の生をどう終わらせたかは覚えていない。
殺されたのか、それとも老衰したのか。いずれにしても、一度目を強く閉じ、次に開いた時、私は別の時間で生きることになっていた。



あれは戦争の時代。
セフィーロでは見たことも聞いたこともない「戦争」というものに、私は底知れない恐怖を覚えた。
人間の欲と我儘の集大成、戦争。毎日の様に避難警報がなり、家族と身を寄せあった。その温もりだけが優しかった。


第一次世界大戦が終了して、少しすると科学の分野が目覚ましい発展を見せるようになる。
その中で問題視されるようになった環境汚染や生物形態の破壊。
それらの非自然的現象を食い止めるため、原因となった人間を殺すために私はこの星に送り込まれたのかもしれない。

無論、私は当時から自分の前世の記憶とそれ以前のセフィーロの記憶をはっきりと持っていた。
そのことは誰にも話さずに、自分の中に仕舞いこんだ。
話して信じてくれる人間などいないだろうし、万が一信じてくれる人間がいたとしても、私やその者にどうこうできる内容ではなかったから。

だけど、話しをすれば行動に移せる人間が三人、最近私の前に現れた。

伝説の魔法騎士、私が慕った姫を殺した少女達。

彼女の願いを叶えてくれた少女達。

光、海、風の三人が、私の事を導師クレフにそしてシエラに伝えてくれる。















東京タワーから臨む真っ赤に染まる空。夕日は地平線にその姿を隠し始めた。

私がセフィーロを去ったあの日の空によく似ている。

導師に伝えた「お父様」という言葉に嘘はない。本当はもっともっと早くにそう呼びたかった。
呼ばれた本人は、何を思ったんだろう。親孝行もろくにできず、勝手に消えようとした私を怒っているだろうか。

駆け寄る導師、そして後を追ってきたザガート。自分の肉体が全て消える最後の瞬間まで、2人の笑顔を見ることは叶わなかった。

















もう、これ以上二度と会えない人々を思いだしては泣く人生なんてごめんだ。

バックの中で振動する携帯電話に気がついて、右手を伸ばした。発信は予想しいた人物、ゆっくり通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。



さん、今どこにいらっしゃるの?』
「東京タワーの展望階。」
『夕焼けが素敵ですものね。私も近くまで来ているの、ご一緒してもいいかしら。』
「もちろんですよ。空さん。」


「偶然」というのは神様が作り出すものなんかじゃない。
人が人と知り合って、繋がりがあるからこそ生まれるんだ。

大学で共に学んだ友人の妹が、頻繁に私の故郷に行っている、
自分の姉が昔セフィーロに住んでいた人間と知っているそんなこと私たちの誰が考えただろう。


こんな素敵な繋がりがあるからこそ、この星に一人ではないと思える。





私にはどう転んでもこの国を、人々を、そしてこの星を滅ぼすなんてできないんだ。