伝説




伝説之






「長い話になる。プレセア皆に何か飲むものを用意してやってくれ。」 その提案に頷いたプレセアは広間を後にした。 彼女が出て行ってからさほど時間は経っていないだろうに光、海、風は永遠に長い時間を待っているように感じていた。 誰一人として口を開こうとしないこの静寂。 空気は凍りついたように無を広間に醸し出している。 おのおの椅子に腰掛け、今から告げられんとする事に関しての心構えか誰もその場を和ませようとはしない。 『伝説』 その言葉を思い出した三人の目は細る。 セフィーロの魔法騎士の伝説。 自分たちが経験した伝説は彼女たちが成長する代償にセフィーロを何より愛する者の命を犠牲にしなければらなかった、まるでおとぎ話のような事実。 これからクレフが話す伝説が私たちのような運命をたどる話なら絶対に止めなくては。 そう誓うのはこの三人だけではない。 二つ目の伝説を知るクレフ、プレセア、フェリオそしてランティスを除く一同の気持ちは一緒だった。 パタン。 淹れた茶と共に戻ったプレセアが扉を閉めると同時に瞑想から開かれたクレフ瞳。 「始めようか。」 力強いその一言にその場にいる全員の視線が彼に移った。 「これから話すセフィーロ二つ目の伝説を知る者は今となっては私、ランティスと王子そしてプレセア以外にはいない。それほど昔から限られた者だけに伝わるものだ。」 光から受け取った腕輪を自分の前に置き、一呼吸入れたクレフの瞳は俯いている。 「だが、」 再び目を閉じ自分に言い聞かせる。 それが彼女の運命だったと。 変えられることない、運命だったのだと。 「その伝説はもう伝説ではない。・・・もう500年も前に事実となってしまっている。」 クレフの傍に立つプレセアはこぶしをぎゅっと握りしめ、目を地面に落とす。それに気づかない者はいなかった。 クレフはそんなプレセアに横目を向け、静かに続ける。 「歌法伝来師・・・そう呼ばれる者がかつてのセフィーロにいた。 歌法伝来師とは歌や音楽の力で人の病やけがを癒す言わば治癒師や薬師の頂点に立つ存在。 だが、人の命を延ばす力を得る代りに遂行しなければならない役目がある。それがこの『伝説』だ。」 「その遂行しなければならないこととは・・・?」 ラファーガはゆっくり、しかししっかりとした口調でその場にいた全員が尋ねたかったであろうことをクレフに問うた。 ひと時の静寂の末 「・・・・・・・・星を滅ぼすことだ。」 おそらく一番簡単に伝わるであろう表現を言ったつもりだった。 「・・・星を滅ぼすとは一体どうゆうことですの?」 クレフは視点を風に合わせる。きょとんとしている彼女を見つめ、ふと眼を落した。 「歌法伝来師となった者は力と引き換えに契約を交わすのだ。セフィーロ以外の星を滅ぼすという契約を。 今のオートザムに住む者たちが何千年も前は他の星に住んでいたように、不要になった星は宇宙のごみ以外何物でもない。 それを排除するのがその契約だ。」 「なるほど。でもそれは良いこととちゃいますの?掃除、みたいなもんやろ?」 カルディナの意見には一同賛同だ。ならばその契約がなぜ今回皆の表情を曇らせなければならないのだろうか。 「確かに。そのためにある契約なのだ。」 本来は、と苦く言ったクレフの様子からまだ何かがあると悟った一同は口を閉じた。 「歌法伝来師の契約はセフィーロの民の命を長らえる代りに、他の者の命を削る契約にもなりえるのだ。」 クレフから発せられた『命』という言葉に反応した全員がバッと顔を上げた。 「歌法伝来師は本来、病や傷に犯され死を待つだけの者の寿命を摂理に反して延ばすことができる。 それはこのセフィーロだけではない、人間の生き死にを人間が左右することは全世界の均衡を崩すことに等しい。 だから歌法伝来師は契約に従い、遣わされる星を滅ぼさなくてはならないのだ。全世界の人類の寿命を均一に保つために。たとえ・・・」 目を閉じ一呼吸おいて話す言葉は残酷だ。 「たとえ、そこに人間がいたとしても。」 シンッ・・・・と静まり返る広間。 ここにいる誰もが目を見開き、告げられたことをどうにか理解しようと勤めている。 語られた事実。 セフィーロのために死滅しなければならない星の存在。 そしてその上に成り立っている歌法伝来師というもの。 何もかも信じられない。 「歌法伝来師は星を消滅させない限りセフィーロへの帰還を許されない。 一度国に帰れば待っているのは平穏な日々。もう生涯二度と契約に縛られることはない。 そしてこの話が伝説と伝えられるようにこの事実が起こるのは何千年かに一度だけだ。」 机に置いた腕輪を再び手にしクレフは呟くようにいった。 ゆっくりと何かを噛み締めたように、目を閉じながら。 「光、おまえが持ってきたこの腕輪は、間違いなく歌法伝来師の物だ。」 今日、このセフィーロへ来る際に起こった不思議なこと。 現れた女性と渡されたこの腕輪。 何か別々に頭の中に存在していたことが一つの糸でつながった気がした。 「そんな、まさか。」 「じゃぁ、もしかしてその歌法伝来師が遣わされた星って。」 「・・・地球!!?」 否定の言葉を期待したが、首を一度上下に動かしたクレフに3人は絶望的な表情を見せた。 大人が泣く寸前のようなやるせなさを表情に浮かべクレフが出した答え。三人の魔法騎士は言葉を失うほかない。 いやこの三人ではない。今初めてこの話を聞いたものたちすべてに衝撃が走った。 「500年、500年経ってやっと分かった。なぜがセフィーロへ帰ってこないのか・・・。」 また後悔にも似た表情を浮かべるクレフを海はもうこれ以上見たくないと目を伏せる。 「フウ、以前言っていたな。お前たちの星には十億という命が存在すると。 そんなにたくさんの命を”あれ”が奪うことなど残酷すぎてできないだろう。」 ふっと自称気味に笑ったかのようにクレフは再び腕輪を握りしめる。500年ぶりに故郷へ帰ってきたその腕輪を。 長い沈黙。 声を発するでもなく。 今、目の前に並べられた事実を理解しようと思うだけで頭に混乱を招く。 誰もが認められずに広間に響くのは流れる砂時計の規則的な高音のみ。 カラン。 一同の様子を見て、クレフは杖を一度振った。皆が座る足もとに現れたそれは移動の魔法陣。 次の瞬間には全員大きな閃光に視界を奪われ、そしてゆっくり眼を開けた時、立っていたのは別の部屋だった。 「ここは私の書庫の奥、結界で守っている部屋だ。」 「ということは僕たちはまだお城の中なんだね。」 アスコットの言葉にあぁ。と頷くクレフが見据える壁。 見た限り何も変わったところはないようだが次の瞬間、クレフが杖で地面を一突きした時、その壁は透明さを帯び徐々にその奥にあるものを映し出して行く。 「「「「「「「「・・・・・・・!!!!!!」」」」」」」」 一同の眼の前に現れたのは氷の壁。 映し出されたものはその氷の壁の中にいる一人の女性。 まるで眠っているように優しい顔。 流れるように長い髪は、金に橙を含みその存在感を見せつける。 「この人・・・。」 海はハッとクレフの部屋に飾られていたあの写真のことを思い出した。 あの写真に写っていた人、間違いない。この女性だわ。 「この者が500年前契約に従いセフィーロを離れた歌法伝来師、。」 ランティスが初めて口を開いた。懐かしそうに氷の中にいる女性をみながら。 「私と私の兄ザガ―トの姉弟子であり・・・・。」 ランティスはチラリとクレフに視線を向ける。何かをそれ以上自分が言うのは嫌だと拒むような視線で国の導師を促した。 ここに居る者には聞く権利がある、と。 その視線を受け止め、クレフは小さく息をつく。 氷の壁を前にしていた状態から振り向き海に視線を合わせる その口から聞かされることは まぎれもない事実。 「・クレフ。私の娘だ。」