伝説
伝説之二
「クレフに謝らなくちゃ。だから一緒に行くわ。私このまま嫌な子でいたくないもの」
東京タワー展望台。光と風と落ち合った海は笑顔で2人に告げた。
エレベータがその高度を上げるほど、セフィーロとの距離が近くなる。
また少し、また少し縮む距離に自分の気持ちは嘘をつけない。
クレフに会いたい。
たくさん泣いたんだな、そう風と光るは顔を見合わせた。
綺麗な海の顔に隈のあとが残るなんてよほどのことだ。
「海さん、お待ちしたかいがありました。」
にっこり微笑んだ風の笑顔に相槌を帰すように海が照れた仕草を見せる。
「うん本当に海ちゃんと一緒に行けて嬉しい!」
この子は本当に嘘のない笑顔で笑うな、とこちらまで嬉しくなった。
一方的に怒鳴りつけて出て行った3週間前。その後に襲ってきた罪悪感。
また感情だけで動いてしまった。大切なのは事実なのに。今日、セフィーロで確かめなくてはいけない。
クレフとあの写真の人の関係を、たとえ自分が傷つくことになったとしても。
一人だったら踏み出せない勇気、この二人が一緒なら大丈夫。そう決心して3人で手を繋ぎあう。
「「「セフィーロへ!」」」
柔らかい光が3人を包む、これがセフィーロへの道が開かれる合図。
いつもならば停止する世界、そしてループする異世界への道、それが今日は違う。
セフィーロへの道が開かれたこの瞬間、3人は後ろから声がするのを聞いた。
『マジックナイト達・・・・』
「・・・え?今誰か何か言った?」
海の声に反応した風が振り向く。
「光さん、海さん、あれを見て下さい!」
「「!!!!」」
異次元と光の狭間に立つ女性、長い髪そして悲しそうな瞳。
確かに彼女は”東京”に立っているようだ、風は目を細め彼女の存在を確認する。東京に立ち、自分達に何かを差し出す彼女は続ける。
『どうか・・・これを・・・』
「どうゆうこと?」
「なぜ私たちが開いたこの道を・・・それに東京側では時間が止まるはずでは・・・?」
「あなたは誰なんだ!?」
『・・・・』
最後の力で腕を伸ばして、光るが伸ばした手に何かを押し付けたのが最後、柔らかな光は輝きを増し続け女性の姿を呑みこんでいく。
最後の瞬間に3人が見た女の笑顔はどこか悲しそうに、綺麗な残像を3人の瞳に残し続けた。
「さっきの、現実よね?」
セフィーロの地に足をつけ、戸惑ったように海が切り出した。
「それにしても、一体どなただったのでしょうか…」
セフィーロについても尚、3人は先ほどあわられた女性のことを信じられずにいる。
それも無理はない、自分達以外にあの道を知る者などいるはずがないのだから。
「・・・でも夢じゃなかったみたいだ。」
「え?」
「これ・・・」
光の手に握り締められていたのは金に装飾が綺麗に施された腕輪。そのうらにはわけの分からない文字が刻まれていた。
「でも何で。異世界のものはこの国に持ち込めないはずじゃぁ・・・」
海は腕輪を覗き込みいう。
「覚えてらっしゃいますか、あの女性は確かに一度『マジックナイト』と言っていました。もしかしたらセフィーロと何らかの関係がある方かもしれません。」
クレフさんなら何か分かるかもしれませんね、風の一言で歩き出す。
今日の目的地はどの道クレフになりそうね、そう苦笑して海は高い空を仰いだ。
「ギィーッ」光、海、風が大広間の扉の前に立ったとき、その扉は勝手に開き地球からの客人を招き入れた。
長く赤いカーペットに目を落とし、ゆっくり顔を上げた。
前方を見据える。その部屋ではすでに導師クレフ、王子フェリオ、ランティス、プレセア、カルディナ、アスコット、ラファーガが3人を待っていた。
「いらっしゃい、海!元気にしてた?」
アスコットは久しぶりに見た海に顔を赤らめながらいう。
「ええ。」
当の本人は笑顔を見せるが、海は顔をクレフに向けることができない。
何かがいつもと違うな、そう感じたアスコットはクレフに目を向けるが視線に気付いた彼に咳払いをされる。
「風、会いたかった。」素直な言葉で軽く彼女抱きしめるのはフェリオだ。
「お嬢さん方よう来たなw」
カルディナの熱いウェルカム抱擁を受けるのは光。
いつもある光景、それを微笑ましく見ていたクレフだが、カルディナの背中にまわされた光の腕に輝く腕輪を見つけた瞬間、その瞳は大きく見開かれた。
「・・・ヒカル、その腕輪は。」
珍しく動揺が見られる導師の声に反応し目を腕輪に向けたランティス、プレセアともに一瞬でそれが一体何なのか理解した。
「そんな、信じられない。これってまさか。」
「ヒカル、それをどこで手に入れたんだ?」
ランティスが優しく光の顔を覗き込み腕輪を見せてくれと促す。
渡されたそれを空にかざして内側の文字に太陽の光を反射させた。
刻まれた文字、それはこのセフィーロのものでもなければ、地球の文字でもない。
「実はこれ・・・」
光、海、風は今回セフィーロへ来る途中に起こったことを全て話した。
セフィーロへの道が開かれた瞬間、女性があわられたこと。
腕輪を自分たちに渡したこと。何かを訴えようとしていたことを。
「まさか。そんなはずはっ。」
光がクレフに心あたりがあるか聞こうとした刹那、呟いた導師クレフの声はやるせなさに満ちていた。
瞳は真実を受け入れられず腕輪への疑いに支配される。おそらく今の彼の瞳にはテーブルに置かれるこの金細工のアクセサリー以外何も見えていないだろう。
こんなクレフの表情を今まで海は見たことがなかった。病気でもがいている人間を見るときのように締め付けられる胸。
何と声をかけていいか分からない、とはこのことだ。海だけではない、風も光もクレフの様子を目に繋ぐ恋人の手を握り締めた。
「そんなことが。なぜっ!?」
プレセアは「信じられない」という思いを表情に満たせ地面に崩れ落ちる。
重力に任せたそれが地面に叩きつけられる前にアスコットが彼女を引き上げた。
「何なんだ!?みんなどうしたんだ!?」
困惑する光。そんな中、的確な質問を彼らに投げかけたのは今回もやはり風。
「この腕輪は一体なんなのですか?皆さんにとってこれは…。」
「・・・セフィーロのもう一つの伝説だ。」
フェリオが隣で独り言のように呟いた。
伝説という言葉に反応した3人は、フェリオを射るように見つめた。
クレフは下を向き瞑っていた目を開き、フェリオとランティスに相槌を打ちその重い口を開いた。
「マジックナイトとなったお前たちには話してもいいだろう。以前のセフィーロに何千年も前から伝わるもう一つの伝説を。
海、おまえにこの前の写真のことを説明するいい機会かもしれん。」
呼ばれた名前は優しく響く、その声にやっと正面から恋人の目を見ることができた海。
そこには何よりも愛おしそうに海を見つめるクレフがいた。
