伝説




伝説之






時を鳴らす鐘に導かれ者 幾千年の契約に従い 汝の心を力とし この世界の均衡を守りたまえ 20××年06月 東京 「風ちゃーん!」 雨模様が続いた中、久しぶりに晴れた清清しい午前中、東京タワーの展望台に一人の女性の声が響く。 元気よく、友人のもとにかけてくる彼女の名前は獅堂光。 「光さん!時間ぴったりですわね。」 走ってくる光を笑顔で受けた止めたのは鳳凰寺風。 いい天気ですね、そう目の前に広がるパノラマに目を細めた。 伝説の戦いの後、人々の願いで平和を取り戻したセフィーロと地球の道は開かれ、 伝説の魔法騎士となった光、海、風は自由に自身の世界と異世界とを行き来できるようになっていた。 当時は中学生であった彼女達だが、今ではもう成人を迎えるまでに成長していた。 「海ちゃんは…来ないのかな?」 心配そうな表情で光は風に問いかける。その表情には戸惑いと、心配の雰囲気が漂っている。 いつもならば自分が一番最後に到着し、待っている風と海。 その片方がいない風景を哀しくすら思ってしまう。 「海さんが約束の時間に遅れたことは今までにありません。もう少し待ってみましょう。」 笑顔を作り、心配する光に返答しながら風は心の中で呟いた。 (・・・やっぱりこの前のことが原因でしょうか。) 龍咲海は東京タワー展望台行きのエレベータ前で悩んでいた。 チン、と乾いた音とともにエレベータが到着、他の観光客に促される形で小さな箱の中に進み入る。 今回、セフィーロに行くべきか、やめるべきか。 徐々に遠くなる地上に目を向けながら頭の中では行きたいという気持ちに反して、心の中では大きな不安が生まれていた。 はぁ、と一つ溜息をつけば3週間前にクレフに啖呵を切ったことが頭を行き来する。 何であんなこと言っちゃったんだろう、バカね。 だんだん小さなくなる地上に目をやって、さてどうしようかと考え始めた。 全ては3週間前に彼女達、地球人一行がセフィーロを訪れたときに遡る。 伝説の戦いから6、7年の歳月を重ね、セフィーロは変わった。それまで国を作ってきた秩序が破壊され、風景も、生態も、そして人々も新しく生まれ変わろうとしていた。 そしてその契機となった戦いに直接関わった者達と異世界の少女達の関係もまた変化していた。 風とフェリオ、そして光とランティスは結婚すらしていないものの、永遠を誓い合い、海はセフィーロ最高位の導師と恋仲になっている。 セフィーロに着けば3人とも自然に相手のところに行き2人の時間を過ごす。 いつもは忙しいセフィーロ陣も彼女達が来るときくらいは、と各々時間を作ることに成功している。 逢瀬をかわして、会えなかった期間何があったのが語り合う、ただ一緒に座り風に吹かれる、 過ごし方はそれぞれだ。一ついえることは、その時間を皆がとても大事にしている、ということ。 3週間前のあの日もそう、セフィーロに到着した3人は城で活動している相手の下へ向かった。 また幸せな時間が始まると思っていた矢先の出来事だった。 バスケットをプレセアに預け、次に海が向かったのはクレフの自室。物音が聞こえない部屋のドアを開け、一歩を踏み出す。 人影はない、しかし奥部屋のドアが開かれていた。どうやら彼女の想い人は書庫で本を探している真っ最中らしい。 そのまま部屋で待つことにした海が彼の仕事の机で見たもの。それは見たことのない女性の写真。 金に橙を含んだ美しい髪、薄い桜色に紫がかった瞳、 自分とはまるで正反対の落ち着きがありすぎる表情、そして微かに笑う瞳。きっとすごく素直な人なのだろうという印象を海に与えた。 こんな写真、いつも飾ってあっただろうか、いや何度も来ているこの部屋でこんな写真は見たことがない。 この女性は誰? クリスタルの額に入れられ大切に飾られていたそれを眺めては様々な思考が海を支配した。 10分。それは海がこの写真を見つけてから導師クレフが自室に帰るまでの時間。 海にこの女性がクレフの何なのかを考えさせるには十分な時間だった。 「クレフ・・・。この写真の女性は誰なのよ!?大切な人なんでしょ!? 他に好きな人がいるならちゃんと言ってくれればいいじゃない! クレフの馬鹿!もう知らないッッ!!」 書庫から戻ればすでに姿を見せていた愛しい存在。それに声をかける隙すら与えられないほど早く海はこの10分なやんだ結論を言い放った。 恋人の帰宅と同時に、涙を見せ駆けるように導師クレフの自室を出て行く女性と 「待て、ウミ!!!話を聞くんだ!」 と持ち前の冷静さを崩さず追いかける国の導師を城内にいたほぼ全ての人々が目撃したという。 そしてその後、彼女がそのまま怒って「地球」へ帰ってしまったことは言うまでもない。 結局追いつくことが出来ず、部屋に戻ったクレフがそれから数日、恋人を泣かせてしまった自責の念に駆られていたことを海は知らない。 机に飾られた女性の写真、それをゆっくり手に取り目を閉じる。 海を引き止められていたならこの写真の女性が何なのか説明することができただろうか。 今までこの話を切り出す勇気がなかったことは事実だ。 言葉にしてしまうと自分の中で何かが切れてしまいそうで恐ろしい。 目を開けて写真の女性のことを想う。後悔と諦めが垣間見えるクレフのこの表情は、導師として他の者に見せることが許されない弱さであった。 彼女の髪をなぞるように指を動かす。写真からぬくもりなど感じることはできない。 そしてもう、きっと二度と・・・。 「。」 そう発した声は沈み、ただただ広い部屋に響き続けた。