伝説
伝説之二十六
セフィーロには珍しく雨が降り出しそうな天気に、チェリは窓から東に飛んでいく鳥達に目を細めた。
早朝、いつもの時間に街の郵便係がセフィーロ城から配達物を届けに来た。
セフィーロ城から、もとい導師クレフの名前で送られてくる薬は地域に転々とする小さな町にとって何とも有難いものだ。
「ほれ、チェリさん。今日の分。」
「ありがとう、おばちゃん。」
今日の配達係はフルエンス診療所の2軒先に住んでいるおばちゃん。一度瀕死で様の元に運ばれ、助けられて依頼、こうやって配達の手伝いをしてくれている。
様の大好きな酒をさし入れてくれるのは大方このおばちゃんで、彼女はおばちゃんのことを「アルの神」と呼んでいる。
「それよりチェリさん、あんた来週からセフィーロ城に通うんだって?」
「そうなんだ、よく知ってるねおばちゃん。」
運ばれてきた薬を分けながら言うとおばちゃんは目を輝かせて、ドシドシと音を立てて詰め寄ってくる。
「ほんじゃ頼みがあるのよ。セフィーロ城下に打ってるデタゴヤ饅頭!!今流行ってるらしいんだ。買ってきてくれないかの?」
デタゴヤ饅頭って、あのトカゲの内臓潰して練って作ったあの饅頭?
健康にいいらしいけど、その独特な味ゆえ食べることができる人間があまりいないという。
かのザガート神官も人前で吐き出したと言われる饅頭。流行ってるのか、アレ。
「・・・分かった、買ってくるよ。」
ポジティブな返答に満足して帰って行くおばちゃんを見送って、また窓の外に視線を向けた。
セフィーロ城か、訪れるのは何年ぶりだろうな。
ギィ、と部屋の奥できの扉が開く音がする。まだ寝具のままフラフラと歩いてくるのは相方だ。
「おはよう。これ今日の配達分?」
「おはよう、トレディア。珍しいな、お前が俺より後に起きるなんて。」
「ああ、来週からの準備を朝方までしてた。」
この数日夜中、ガタガタと聞こえる物音は鼠ではなくトレディアだったらしい。
本人が言う通りかなり遅くまで用意をしているのだろう、くっきりと隈ができてしまっている。
「俺達にできるのかねぇ。城で治癒師と薬師を育てるなんてさ。」
事の発端は師匠が酒瓶を両手に持ち、酔いで倒れそうになりながらビシッっと放った一言。
『チェリ、トレディア。あなた達もう一人前だから、来月から城行って後輩教育して来ない?』
師匠は決して命令しない。それがたとえ酔ってても。いつも提案するに留まる。そして彼女の提案はいつも無駄なものじゃない。
確かにたまには「玉ねぎ鼻に突っ込んで何が起こるか試してみない?」とか拍子もない事を言うことはあるけれど、大半は有意義なものだ。
セフィーロの医師不足は相変わらずだ。私とチェリが師匠とフルエンスに来たことによって、セフィーロ城下と周辺は城に残った数少ない、当時はまだ見習いだった治癒師と薬師が診ている。
その数は患者数に対してかなり少ない。師匠の言う通り、後世のためも新しい力の教育は不可欠。
新人の教育が出来ると国の最高位に認められた自分達がそれを断っては、私達は何のために彼女の弟子になったのだろう。
「考えても仕方ない。行って、やれることをやるだけだよ。」
「あらあら、随分静かだこと。」
1か月前に来た時とはまるで雰囲気が違う診療所。思いっきり診療終了と札の下がっているの扉を開けると、中には机に手をついて、何をするでもなくぼうっとしているヴァルがいた。
首だけを私の方に向ける彼女にも、最後に来た時とはまた違う雰囲気が漂っている。
「いらっしゃい、シエラ。」
クッキー持って来たわよ、と右手の籠をあげて見せると、ありがとう、と身体を起しお茶を淹れてくれる。
彼女の淹れるお茶は決して美味とは言えないけれど、もう何年も飲んでいるのに下が慣れてしまった。
なぜ本人がこんな苦いお茶をあんなにもゴクゴク飲めるのか不思議でならないが、弟子であるチェリの「アルコールの飲み過ぎで、すでに味覚がやられているのではないか。」という説が有力だ。
お茶とクッキーを口に運びながら国の状態について話をしている時、が頻りに目元を引きつらせているのに気付いた。
「、どうしたの?」
ばれたか、と一つ軽くため息をついた彼女は他の皆には言わないでね、と付け足して「頭痛持ちなの」、と教えてくれた。
この日の訪問、そしてその後回数を重ねた訪問。最初こそ「ついにアルコールが脳に到達したんじゃない?」と冗談を言っていたけど、毎度頭痛を感じさせるその表情は回を重ねる度に悪化していた。
そして、姉プレセアが創師となったとき、自分の力量を疑っていた私は自然との診療所を訪れていた。そこで励ましてくれたが私に預けた1冊の古い本。
「とても大切なものなの、あなたに預けるわ。」
その日、帰る私を見送ってくれたの表情は何かを決意したような、そんな表情だった。
