伝説




伝説之二十七






先月シエラの訪問があったかと思えば、今日フルエンスへやってきたのはプレセア。 創師になったばかりで忙しい毎日から逃げてきたのだろうか、一人早馬でお菓子を持ってやってきた。 「おめでとう、プレセア。」 「ふふ、どうもありがとう。」 診療所の庭の井戸に腰かけて、少し近況を話しあったりした。シエラに忠告した通り、彼女は姉のプレセアにも私の頭痛の事は話していない様子だったから安心した。 日に日に酷くなる頭痛、自分の最後の時を悟る能力ではないけれど、もう本当に時間がないという勘は外れていないと思う。 最近毎晩のようにみる一角獣の夢、彼の背後に見える星空のような光景と耳に響く爆音、そして一際酷い頭痛によって起される。もちろん一般的な頭痛だったら、とっくの昔に薬で治っているはず。それが治らないということはこれが特別なものである証。 もう時間がないと気付いたころ、私はチェリとトレディアを遠ざけた。城下の医師不足の対処に丁度よかったというのは口実で、本当は私が消える最後の瞬間は見せたくない、その一心だった。 消える時、彼らの顔を見たら私は泣いてしまうと思う。 「プレセア、ナイスタイミング♪」 「どういうこと?」 「一つ頼まれごとをしてほしいの。」 真剣になった私の表情に、プレセアは息をのんだ。 「あなた!なんでこれを!?」 寝室に傾けてあった鉱物は先日取ってきた伝説の鉱物、エスクード。それを見せるとプレセアの目は見開かれエスクードを私を交互に見て問い詰めた。 「先週取ってきたのよ。」 信じられない、と手を額にあてる彼女の前に膝をついて、頼みごとをした。 「創師、これで武器を作ってはくれませんか?私専用の一品を。」 シエラかプレセアが創師になることを私は今までずっと待っていた。伝説に選ばれたのが私なら、それを全うする相棒となる武器は彼女達に創ってもらいたい、その想いから。 プレセアが創師になった2カ月前、ギリギリセーフと言ったところだ。待っていた甲斐はあった。 橙色に輝くエスクードに手を伸ばしたプレセアは片方の唇を吊りあげ頷いた。 「引き受けましょう。ヴァル、。」 私が何かを隠していることは確実にバレテいるだろうな。 グラスに注いだのは酒でなくて水。プレセアが帰りがけに「健康に悪いわよ!」と火事場にあった酒瓶をお釈迦にしていったのだ。 歌法伝来師が何のために武器を要するのか、それもエスクードの武器を。 私が何を隠しているのか、何をするつもりなのか、プレセアはどちらも聞かなかった。 グラスの横に置いたとても細い剣、これが私の相棒。 その剣先のまた先に見える、壁にかかっている絵に目を細めた。これはシエラに会いに南の街へ行った時、そこの絵描きにプレセアと3人で書いてもらった一枚。もう数十年前の絵だ。 懐かしいな、と立ち上がりフラフラと外へ出た。とてもよく知っている旋律が建物の前から聞こえたのだ。 もう何年も会ってなかった人物の旋律が、儚く決断の音を奏でていた。 「今日は千客万来ね。」 扉の前に立つ黒いマントの男は、最後に見た時よりかなり青年に成長していた。 「いらっしゃい、ランティス。」 一度、城の中庭で「柱の存在をどう思う?」そう聞かれた時のことが頭をかすめた。 「、プレセアに何かあったのか。」 急に話題に出たのがプレセアで正直少し驚いた。 「なんのこと?」 「此処に来る途中で会った。泣いていた。」 泣いてた? 「・・・いえ、分からないわ。」 そうか、と空を見上げたランティス。その様子に目を瞑った。彼が柱の存在を疑い始めたころから、分かっていた。この男はこの国の、柱という制度を憎んでいる。 そしてこの顔、何かを強く決めた人間の表情。決めごとはこの国の摂理に反することに違いない。 「あなたがあがいて、変えられるの?」 未だ空の星を目に移す男の決心はどうやら本当に固いようだ。 「何もしないよりはいい。」 「それを言いに来たの?」 「いや。」 視線を私の目に戻したその表情は悲しげだった。 「別れを告げに来た。」 さぁ、っと吹いた風に私の髪とランティスのマントが揺れる。2人が立つ間の空間に舞い起こる風は北へと進路を進めていく。 私がいなくなることを悟って言っているのではない、ランティスは自分がこの国を出て行くと言ったのだ。 「・・・ザガートは知っているの?」 「知れば止めるだろう。」 それもそうね、と笑うと彼は黒馬に飛び乗り最後に笑顔を向けた。私が、ここで止めてもいつが彼は必ず出て行く。だから無駄なことは止めた。 外の世界にセフィーロの柱制度に変わる何かがあるか、確かめに行くのだろう。 「元気で、ランティス。」 もう二度と、会うこともないかもしれないね。その呟きが彼に聞こえていなかったことを願う。 空に羽ばたいていった1匹と1人が見えなくなるまで見送って室内に戻った。 彼が行動に出たということは、柱の祈りの力が本気で薄れ始めたということ。 今日はいろいろなことが一度にありすぎた。 まだ水が入っているグラスの席に座って、また3人の肖像画を見た。 虫の鳴き声だけが聞こえる薄暗い部屋で一人感傷に浸れば、流れた涙。 プレセアは、全て勘づいている。 「・・・怒ってるのかな。」 親友に何も話さずいなくなろうとする友を持ったら、私は、 私だったら、怒るだろう。