伝説
伝説之二十四
今朝、仕事場の3階にある自室のドアを叩く音に起された。
「トレディア様、本城から至急の遣いで参りました。」
城の連絡役が書簡を一通持ってきたのだ。寝ぼけた状態でそれを受け取って顔を洗いに洗面所へ。さっぱりしたところで届けられた書簡に目を通した。
大方、また大臣達から節約しろだの経費を使うなだろの文句が書かれているのだろうと思っていたら、
所管を開いた瞬間に目に飛び込んできた刻印はあの厭味な大臣のものではなく何と導師クレフのものだった。
お元気になられたのか。
導師クレフの刻印が押された書簡を見るのは久しぶりだった。
それもそのはず、当のご本人は先日までグルガル病を患い寝込んでいたのだから。様が数カ月つきっきりで看病されていた。
その間、民の診療、治療を薬で出来るかぎり任されていた自分とチェリは4カ月目に入るころにはもう大変な辛い毎日があたりまえと思える程に忙しさに慣れていた。
こんな毎日をかつては彼女一人でやっていたとはまさに神業。
私は、幼いころ両親から聞いたヴァルという存在に憧れて治癒師になった。
両親が死んだ6歳のころ何も持たず、ボロボロの着ぐるみと父親の形見の治癒魔術の本だけ片手に、セフィーロ城の城を訪れた。
セフィーロでヴァルの様に立派な治癒師になること以外に生きる目的は、もう見いだせない程に孤独だった。
1週間かけて訪れたセフィーロ城。城の門番に突き返されそうになっていたところを、通りかかった橙の長い髪に薄桃の眼の女性が助けてくれた。
温かい飲み物を出されて、それを飲めば眠気に襲われ次に起きたのは2日後。
ベットの横で父さんの治癒魔術本を手にとって読んでいた彼女は笑って言った。
「私は・。あなた私の弟子になるきはない?」
書簡にはチェリと至急導師の職務部屋まで来るようにと書かれていた。
一昨日、会議場で倒れられた様の業務をしばらく任せる依頼だろうか、と呼び出される理由を考えながら朝食の果物を口に運ぶ。
まさか一昨日からチェリが仕事明けの二日酔いで寝込んでいるなど言えるわけもなく、患者の往診に行っていることにしておこう。
「入ってくれ。」
導師の魔法で開かれた扉の奥へ足を進めた。あまり長くかからなければいいな、と導師の書斎机の前まで来て思った。
患者達が訪れる時間まであと半時ほどということもあったけれど、それよりもこの威厳のある圧迫した部屋の雰囲気が嫌いだ。
「お久しぶりでございます、導師クレフ。チェリは外出していますゆえ連れてこれなかったこと、どうぞお許しください。」
深々と頭を下げれば、「そうか。」と部屋に響く声はどこか穏やかな悲しい響きがした。
「時間を取らせては悪い。単刀直入に話そう。呼んだのはのことで用があってな。」
「様でしたらまだ御自室でお休みだと思いますが。」
「いや・・・。」
ふるふると首を横に振り導師は窓の外に目を細めた。
「どうやら出て行ったらしい。」
「・・・は?」
さぞ間抜けな顔をしていたことだろう。想像もしていなかった導師の言葉に視点だけでなく体全体の動作が止まった。
「もうこの城にはいないようだ。」
こんな話し方の導師クレフは見たことが無い。役人としてではなく様の保護者として自分と話をしているのだろう。
「そんな、導師!彼女の身体はまだ完治してません。またいつ倒れられるか分からない。早く見つけ出さないと。」
失礼します、と180度体の向きを変えて、歩き出した。チェリを起して、衛兵に探しに行かせよう。
自分がするべき行動は脳が理解していた。
それを実行すべく導師の部屋の扉を開けた時、背後から導師クレフが私を呼びとめた。
「トレディア。今回はの好きにさせてやってくれないか。」
「導師?」
「何も言わずに出て行ったということはどこにいるか私に知られたくないのかもしれない。
検討がつかないことはないが、あれの気持ちは尊重したい。沈黙の森にプレセアがいる。の親友だ。」
ヴァルを城に連れ帰る必要はない。外で好きに生きればいい。
私は導師の言葉を正しく理解できただろうか。
「・・・御意。」
「トレディア。チェリと共にをよろしく頼む。」
そして私に頭を下げた導師クレフ。
彼が人に頭を下げるなんて見たことが無い、ましてや下げられているのが自分だとはチェリに話しても信じないだろう。
慌てて導師の上半身を引き上げた。
「国の導師が過信に頭など下げるものではありません。」
そう彼はこの国の導師。
自分は彼が師匠の保護者ということで彼にどこか親近感を感じてしまっているが、本来ならこんなに近くで話をすることすら出来ない存在なのだ。
それにしてもまるで朝から1年分の緊張を使い果たした気分。
彼の部屋を後にするとき、視界前方にある窓の遠くで精獣が蒼い空を行くのが見えた。
離れの仕事場がある塔へ戻り、本日休診の札をドアに掛けて4階へ上がった。
4階にある部屋のドアノブを開ければ、きついアルコールの臭いが部屋中に漂っている。
「まったく、こんな日に限って。」
できるなら今すぐにでも師匠のところに出発したいのに、まさかこいつを置いて行くわけにはいかないか・・・。
未だ酒と夢の中に居るチェリの布団をひっぺがして、寒いと寝言をいう口、その両脇の頬を思いっきり引っ張れば抗議が始まった。
「ッてー!何すんだよトレディア!」
「早く起きろ。今日は休診にした。」
「休みぃ?なおさら寝かせてくれー!」
じたばた暴れるチェリに雨漏れ用の水の溜まったバケツをぶっかけた。
「あと3秒で起きないとお前が様の果実酒盗み飲みしたことばらす。」
「ゲッ・・・。」
分かったよ、とようやく起き出した相方をひぱってそのまま城の食堂へ連れ込んだ。
時刻はすでに11時を廻っていた。
