伝説




伝説之二十三






15年後 満月の光が差し込む寝室、ゆっくり寝れるいい機会に体のサイクルがついてこようとしない。 体が睡眠時間が短い普段の生活に慣れてしまっているのだろう、寝たいと思っても良く練れない。 やわらかいシーツに足を動かしてその感触を楽しんだ。そして今日浴びてきた罵声の数々が頭を反響する。 長かった・・・。 魔法を使わないで薬だけで重病の人間を治す行為は初めてだった。 まさかこんなに月日が要るとは、と魔法の便利さを知った。今まで治療に訪れる者には最小限の歌魔法での処置、それに薬草を渡してきた。 歌魔法は私の持つ歌のエネルギーを無理やり他の体に押し込む荒療治。 歌法伝来師にしか出来ない治療だ。 4ヶ月前、息を切らして離れの診療室に駆け込んできたのはランティス。 「導師が倒れた。」 来い、と手を引かれる前に城に向かってすでに私の体は駆け出していた。 ランティスの慌てようからしてただの貧血ではないと直感したんだ。 バンッ、と導師クレフの自室のドアを開くとベットに寝かされた彼にザガートが付き添っていた。 駆け寄り、程なくして導師の肩に青い斑点を見つけたとき、目元が引きつった。 「グルガル病・・・。」 高熱を催すこの病気の特徴は患者が汗をかかないこと。病原体が代謝機能がダウンさせじわじわと熱を上げていく。 体には水が溜まり細胞分裂の障害になる。青い斑点は細血管が切れて出来たもの。 体の細胞が水にやられているのだ。 「ランティス、チェリとトレディアを呼んできて。」 今も城で働く弟子のところへ駆け出したランティス、ザガートは私の肩に手を置き何もいわずに導師を見つめた。 歌魔法を施そうとする頭の思考とは裏腹、クレフの手を握る私の腕が、体が震えて治療どころではない。 私が紡いだのは恐れのメロディ、そんなものを今の導師の体に入れれば悪化させてしまうだけだ。 導師が倒れて4ヶ月経った今日、ようやく導師の看病を終えた私は各大臣が集まった集会に呼び出された。 導師のベットを離れ、集会に向かおうとする私を引き止めたザガートに「大丈夫。」と一言断ってフラフラな体を大臣達に向かわせた。 導師が目を覚ました安心感から張り詰めていた緊張の糸がほどけた瞬間に、浴びせられた大臣達からの罵声は極度のストレスとして私に襲い掛かってきた。 真の歌法伝来師が薬だけで治療を行うならこの国には治癒師と薬師で充分、私の存在は必要ないのだという。 大臣達の罵声を浴びる中、不覚なことに眩暈を催し、今度は自分が倒れてしまった。 気付けば寝ていたのはほとんど使うことの無い自分のベット。昨日まで看病していた導師がベットサイドに腰掛け私を観察していた。 まだはっきりしない頭、ぼうっと時間だけが過ぎていく。 会話も無い、静けさと満月の光だけが満たされたに部屋で、彼の薄紫の髪が銀髪のようにみえたんだ。 そして導師が手にしている一枚の紙を見つけた。それは私が倒れる寸前に大臣代表から受け取った紙だった。 『この国の導師を4ヶ月寝かせ、職務を行わせなかった罰、また回復を長引かせた罰として数ヶ月、医師として公に立つことを禁止する。』 そう書かれた文面に議長のサイン。ここには普段、導師クレフのサインが入れられる。 彼のサインのない書類は、導師の許可無く発行されました、という証明書のようなもの。 一度ぐしゃぐしゃにした痕がある紙を握り、導師は怒ったように言った。 「、なぜ言わなかった。」 引き取られ、ある程度の年齢になってから今日まで官僚に悪口を言われていたことだろうか。 ザガートが吐いたのかな。4ヶ月ぶりに言葉を交わした第一声がこれでは少し悲しいなとおもった。 「私は大丈夫ですから。」 微妙な笑顔になってしまったかもしれない。 導師は苦しそうな表情を見せ、何も言わず私の額を撫でそのまま部屋を出ていった。 バタンと閉められたドアの音に少しはっきりしてきた思考。 また静かになった部屋のベットで体育座りをして、独り大臣の言葉を思い出した。薬師と治癒師だけで治療するのは私が理想としている方法。 魔法治療に頼ってばかりの人間たちは、いつしか依存することしかできなくなる。 『真の歌法伝来師が薬をつかうなど、それなら薬師でもできること。 歌法伝来師にのみ伝わる方法で患者を治さずしてヴァル、あなたの存在価値をどうやって見出せましょうぞ。』 たしかに。 私の存在意義なんてこのセフィーロにないほうが民のためになる。歌魔法なんて消滅してしまえばいい。 あんなに嫌った大臣達の言葉に自分が納得してしまった瞬間、どん底に落とされたような気分に陥った。 自分は、伝説を遂行するためだけにヴァルでいるのだ。 枕に頭を埋め気付いた痛み。頭の奥底でする生まれてはじめての痛み。それは注意しないと自分でも分からない程度の微々たるものだった。 私が・・・頭痛? 勘が働いた。 もう残された時間は多くないのかもしれない。 未だ貧血気味の体を立ち上がらせ何を考えるでもなく、もくもくと荷造りをはじめた。 他の星へ飛ばされるその日が来るまで、一人でも多くの患者を「歌魔法」で治したかった。 私という存在が伝説のためだけにあるのではないと、歌魔法を誰かに認めてもらいたかった。 自分の考えとは真逆を私の我侭が求めている。 矛盾した感情に呑まれながら、朝日が昇る前に城を出た。 城下へ続く一本道、一度振り返ったセフィーロ城。 そしてその後、セフィーロの歌法伝来師が城に戻ることはなかった。 あの運命の日まで。