伝説




伝説之二十二






珍しいことに患者が少ない。これなら弟子2人に一日任せても大丈夫だ。太陽が高い時間に自由な時間があるのは何年ぶりだろう。 そういえば、最近導師とゆっくり話もしていないな、とお茶に誘うため城を探し回ったが、彼の姿は見つからなかった。 諦めてフラリ中庭に出た。小さいころ座り勉強した同じ場所に腰を下ろして、この前プレセアが持ってきたお菓子を広げ一人でピクニック気分。 片っ端から食べていたら木の上で寝ていたランティスが降りてきた。またさぼって寝てたんだ。 魔法戦士なんて今の平和なセフィーロには確かに必要ないものだからサボっていてもお咎めなしなのは何ともうらやましい。 薬草採集の護衛としてついてきてくれたとき、いっそのこと助手にならないかと誘ったけれど一瞬で断られた。 「導師、城にいる?」 「ザガートとエメロード姫のところに行っている。」 隣に座ったランティスに俺にもくれ、と言われシエラが作った油分たっぷりのクッキーをあげた。 ボリボリ貪るように2人、甘いものを食べる姿は回りから見たらきっと飴に群がる蟻同然だろう。 「そうか、ザガートはエメロード姫の神官に任命されたんだ。」 「ああ。」 「・・・ずいぶん微妙なメロディー、困惑と心配の旋律に怒りの伴奏。どうしたの?」 ギクッ、と驚いた顔を見せたランティスは立ち上がり、また木に登り始めた。逃げた。 このまま夕方まで寝るつもりだろう。私もお菓子を包みなおして立ち上がり、城内へ足を向けた。 やっぱり導師と一緒に食べたい。 去り際、ランティスが私に向けた質問に足が止まった。 「、お前は柱制度をどう思う?」 「・・・。」 目を伏せた。まさかこんな質問をされるなど思っていなかったから。そして自分の答えを言っていいのだろうか。 それはエメロード姫という存在を否定するのと全く同じ答えなのに。彼の微妙なメロディーの出所を理解したところで止めた足を再び前へ動かした。 「あなたの用意している答えと全く同じよ。」 結局導師クレフの自室にあるソファに身を投げて彼の帰りを待つことにした。合鍵で侵入なんてちょちょいのちょい、だ。 テーブルに残りのお菓子を広げて、お茶の準備万端。 ソファに座るのにも飽きたころ、彼の机に重ねられた本の背表紙にざっと目を通した。 どれも興味の湧きそうな題ではなく、視線は程なく導師の本棚に向けられた。 「神獣と精獣の共存論、精獣大図鑑・・・さすが。」 仕事場ではなく自室とだけあって並んでいる本は趣味の本ばかり。 その下の段に『娘と父親のコミュニケーション法』なんて本を見つけたときは舌を噛みそうになった。 そう、この日、導師の部屋に訪れたのが契機。 私が歌法伝来師の本当の役目を知ってしまった日。 訪れなければ私は本当の歌法伝来師という存在を何も知らず生き、異世界へ飛ばされ泣いただろう。 娘と父親のコミュニケーション法の横に置かれた分厚い本、『セフィーロの伝説』と背表紙に書かれた本を手に取った。 興味本位。 大方、例の柱制度と魔法騎士の記述だろうか。この国の制度、柱の責務、その話を導師から聞かされたのは大人になってから。 子供のころ聞いていたらそれが当たり前なのだと理解したはず。大人になって聞いた話だからこそ疑わずにいられなかった。 案の定、本には柱制度の記述とマシンの話が書かれていた。 特に読もうともせずパラパラとめくり、閉じようとした刹那、あるページでふと目に入ったヴァルの文字に動作が止まった。 私はその瞬間とても怪訝な顔をしていただろう、なぜヴァルの文字が出てくるのか、予知ではないけれど嫌な予感がしたんだ。 閉じようとしたその手でページを開きなおした。第二章、伝説之二と題打たれたページを読み始めてから手の震えは増すばかり、思考は目が追っている文字を理解しようとしない。 2つめの伝説を知ったのはこの瞬間。 その直後、背後から響くように聴こえた焦りの旋律に驚き振り返った。 導師クレフが目を見開いて、こちらを見て立っていた。