伝説




伝説之二十一






「またヤツれたわね、。」 城に入り、クレフの姓を名乗るようになって数十年、私は正式に歌法伝来師の称号を受け取った。 ヴァルとしてシエスタがやっていた仕事は城に入ってすぐに受け継いだ。子供の医者を誰が信用する? 始め半年は勉強に費やせた。導師クレフに本を読んでください、と何度わがままを言っただろう。 その後、・クレフが治療した人間が一瞬で完治したと噂を聞きつけた病人達はこぞって城を訪れるようになった。 訪れる人の治療が忙しく、自分の勉強は深夜から朝に回され寝る暇もない。 実際、毎日の睡眠時間なんて2時間あれば良い方だった。 そんな数十年、時間はあっという間にすっとんでいった。 ヴァル戴冠式を強行したのはこれ以上伸ばせば本当にいつ行えるかわからなくなるから。 招待された神官やら、創師が見守る中、新たなヴァルが国の導師によって任命された。 数ヶ月前、最高創師に任命されたプレセアも今日の式典に招待されていた。 プレセアとシエラは会うたびに私に甘いものを持ってくる。 もっと太らないとそのうち骨格人間になるわよ、と心配してくれているらしい。 確かに、街に住む私の年齢くらいの女性は恋を探すのに忙しい頃。私は城に篭り、毎日患者を診て、薬師や治癒師を育て、寝る時間もなければストレスで食欲もない毎日。唯一喜んで胃に入れるのは酒。 年齢を重ねるごとにシエスタに似てきているとは自分でも自覚している。 「ほら、ちゃんと歩いて!」 バシバシと背中を叩かれ、よろける。プレセアはいつも容赦ない。私は姿勢が悪いのだ。まるで屍が歩いているかのように猫背。 これは治したほうがいいとこの前シエラに猫背矯正器具を作ってくれと頼んでおいた。 「昔は健康児だったんだけどな。」 「それ何年前の話?それより今晩の晩餐会はどうするの?」 「行かない。病人を診なきゃ。」 「でもあなたのための晩餐会なのよ?」 「騒がれるのは好きじゃない。」 そしてそこに来る名ばかりの官僚も好きじゃない。行けばどうせ薬に回す国金の話になる。 魔法で治せる人間が、なぜ薬をそんなに使うのですかな、と何度いやみを言われただろう。私は今までのヴァルと環境が違うのだ。 シエスタは城の人間と関わりを持つ以前に、民とも関係を遮断していたようなヴァルだった。 そして魔法ですべて治していたから薬の金を国で賄えなんて発言の機会すらなかったはず、もしくは薬なんて彼には必要なかったのかも。 私に薬学を教えたのは単なる気まぐれか。 私は城で導師に育てられ、自然と国の仕組みを理解できる立場にいる。 魔法だけでなく薬を使って治療するとなれば、そこらに生えている薬草だけでは膨大な患者数に間に合わない。 だから国を挙げて薬草の育成や加工をする必要があるのに、大臣達は聞く耳を持たない。 それはきっとこれからも変わることがないと思う。 私は自分が彼らに裏で何て呼ばれてるか知ってる。 『名を汚す者。』 クレフの名を汚す者、クレフという名前は公に出来ないから隠語で「名を汚す者」と呼ばれてるのだ。 プレセアには聞かせられない。聞いたら怒り爆発のまま武器片手に大臣達へ突っ込んでいくだろう。 さすがにこれ以上患者は増やしたくない。 そして導師にも。あの落ち着いたメロディーを揺るがせたくない。 「じゃあプレセア、シエラによろしく。」 診療場として使っている城の離れにはすでに多くの民が訪れていた。みな今日は薬草をもらいに来ているのだ。 私が留守の間を2人の弟子に頼んでおいた。彼らもあと数ヶ月もすれば一人前の薬師と治癒師。 彼らが患者に対応している建物の今にも壊れそうな木のドアを開け、親友にしばしの別れを告げた。 「ええ。良い、!ちゃんと食べなきゃだめよ!?」 「はーい。」 部屋の中であたふた対応に追われている2人に軽く挨拶をして2階に上がる。 そこに置かれた仮眠ベットに体を投げて36時間ぶりの睡眠を2時間取った。 閉められた離れの木のドア。そこでプレセアは大きな溜息。 「・・・そりゃ、行きたくないわよね。」 「導師クレフ、本日はヴァル就任の式典にお招きいただきありがとうございます。」 宴会場に集まった人々は皆、今日の式典に並んだ顔ぶれ。知っている顔なんてほとんどない。 導師クレフと彼の側近の2人、それに護衛隊長のラファーガくらいだ。 「例を言うのは私のほうだ。忙しいところをわざわざ赴むかせてしまった。」 「親友の式典ですから、お気になさらないで下さい。」 「プレセア、その主役の姿が見えないが・・・。」 ははは、と問うてきた神官に苦笑いした。彼の名はザガートという。 とは幼馴染のような関係だという彼と、その弟と知り合ったのは数年前。 二人とも導師クレフに選ばれ、教育された側近だ。導師本人はともかくザガートとランティスは国の重鎮が交わすへの悪態を知っているはず。 私は今日の今日までが置かれた城での環境を知らなかった。 たまたま通りかかった大臣と話をしたなかで「クレフの名を汚す者」という言葉がを指すと知ったのだ。 一発殴り飛ばそうと拳を握り締めたところをザガートが無言で止めに入ったのを見て確信した。 神官という高職にある彼は毎日のようにに向けられた人間の憎悪と付き合って生活している。 このことは導師には禁句だ、私を見るザガートの目が強く語っていた。 それはきっと、が望んでいないから。実際、クレフの名前で彼女は何でもできる。 導師に頼み薬草を国費でまかなうことすら簡単だ。でもそれは他の者から反感を買う原因となるし、あれでもプライドの高い彼女、クレフの名前に頼ることを嫌っている。 そして自分が悪口をいわれていることで導師に迷惑を掛けたくないのだ。 言われなくても。 そう合図してザガートの手を振り払った。それから式典終了まで、コソコソと新たなヴァルの陰口を叩く連中の隣に立ち、聞かぬ振りを耐えなければならなかった。 前方で戴冠されているのやる気のない背中に目を細めて、床に目を落とした。 私が創師の修行に忙しい間、この城で親友が嫉妬のような泥沼に落ちていたことに私は今日まで気付けなかった。