伝説
伝説之二十
「、お城には慣れましたか?」
声をかけた金色の髪の少女を見るたびに、私は彼女に飛びついた。
シエスタに会うまでのはっきりとした記憶が私にはない。断面的に思いだせるのは目のない女性と他の人間が魔物に食われる姿。
あれはきっと母親だったのだ、と思う。
そして他の人間は同じ村の人間だったのかもしれない。
両方確証はないけど、いつしかそう思い込むことにした。分からないことをずっと考えるのは時間の無駄だもの。
そう、物ごころついた時、私は一人ぼっちで大事な馬を抱えるように毎日どこかを彷徨っていた。
私は人間が恋しい、それは大人になっても変わることがなかった。
誰かに母親や父親の存在を求めてやまなかった。
エメロード姫は私にとって当時、母親のような存在だったんだ。
「はい。皆さんとても優しくしてくださります。」
「そうですか、導師クレフももうすぐ来られます。そしたらみんなでお茶にしましょう。」
「私準備してきます。」
毎日、太陽がいっぱい注ぐ中庭で本を広げた。広がる芝生、朝から晩までほとんど同じ場所に座り込んでずっと文字を読んでいる私に会いに来る人間は導師クレフ以外、滅多になかった。
この日の様にたまにエメロード姫が通りがかりに声を掛けるくらいだ。
導師は毎日のように私の様子を見に来た。時間があるときは隣に座って本を読んでくれたりした。
でもなぜ彼が私を引き取り、とてもいい生活をさせてくれるのか、なんて当時の私は疑問にすら思わなかったんだ。
「エメロード姫。」
「がお茶を淹れてくれるようです。」
ふふ、本当に可愛い子ですね。柱として祈りをささげるばかりのエメロード姫が、ここまで表情を和らげるのをを引き取るまで見たことはなかったかもしれない。
「姫、馬鹿なことをした、とお思いですか?」
「・・・を引き取ったことですか?」
はい、とクレフは足元に目を落とした。彼女には歌法伝来師になってもらわなければならない。
それを正式に認定するのは私だ。そのための高度勉学は城でしか学べない。
身寄りが無くては城で不当な扱いを受ける心配があった。当時の官僚は皆が皆国を想うやさしい人間ばかりではなかったのだ。
「あなたの名であの子は意味の無い争いを被ること無く生活できるでしょう。けれど・・・。
けれどあの子はまだとても小さい。導師クレフ、引き取ったからにはあなたは父親ですね。」
そう、その父親という存在が自分には分からない。あの子の人懐っこさに救われているだけで、自分はどう接するべきなのか良く分からないんだ。
「姫、お父上の記憶はおありですか?」
「いえ、肉親は弟のみです。」
その弟も、失ってしまいました。声が泣いていた。
「私も、両親の記憶はない。正直、父親という存在が分からない。」
「あなたがの隣で本を読んであげている姿が私には立派な父親にみえますよ。」
笑った姫の下に、が駆け寄ってきた。私の姿を見つけて小さな手で私の手を掴んだ娘はちょこん、とまるで小動物のようだ。
その小さな体を抱え上げれば赤子のようにキャっキャっ笑う。
「導師様、今日も本を読んでくれますか?」
嘘も悪も知らない純粋な目、こんなに素直な娘をヴァルにしなくてはならないのだ。
伝説に巻き込まれるかもしれないヴァルに。
願わくば、彼女もシエスタと同じように平穏な一生を終えるように。
この娘が伝説に巻き込まれることなどないように。
その思いは日に日に強くなっていった。
あたりまえだ、それから日に日に彼女を本当の娘のように思うようになったのだから。
嘘じゃない、
私は、が消えるその瞬間まで彼女の幸せなセフィーロでの生活を願っていたんだ。
