伝説



伝説之十九






心動音が薄くなっていっているのに気付いたのは彼の死の数ヶ月前だった。 嫌でも聴こえてくる他人の感情のメロディーや、体調のメロディー。 生まれつき持っていたからそうゆうのが聴こえて普通なのだ、と思っていたけれどどうやら私は特異な人間だったらしい。 その話を聞かされたのはシエスタが死ぬ直前だった。私は相変わらず幼くて、毎日外で馬と戯れて、午後は屋根の上で勉強する毎日を送っていた。 おじいちゃん、基シエスタが倒れてからは彼のベットの横で勉強した。 薬草学の勉強をしていたとき、シエスタのメロディーが今にも消えてしまいそうな儚い旋律に変わって本から顔を上げた。 シエスタは目を薄っすら明けて私の手を握った。 「、お前に渡さなければならないものがある。」 「お菓子?」 「はは、それはあとで好きなだけやるさ。」 よっこいっしょ、と体を起こしたシエスタは枕の下から汚い本と金色の腕輪を枕の下から取り出し、私の腕に押し付けた。 「なぁにこれ。」 「、この国には薬師がいる、そして治癒師、それを補佐する看護師も。」 「知っている、私は薬師になりたい。」 シエスタに握られた手がいっそう強く握られ、シエスタのメロディーが悲しみの音色に変わった。 フルフルと首を横に振い、彼は強い目を私に向ける。 「いや、お前は歌法伝来師になる。」 「カホウデンライシ?」 「本当の歌法伝来師は人の音色が聞こえる才能を持って生まれるからこそ、その名前がついたのだろう。 歌法伝来師、ヴァルは魔法の力を持って人間の治療をする専門家だ。 治せないものは無い、人の命ですら伸ばすことができる。」 「シエスタも魔法使うね。あなたもヴァル?」 「ああ、だが私は名前だけのヴァルとでも言うかな。私にはお前のように人の音色は分からない。」 「この本と腕輪はなに?」 「・・・代々のヴァルに受け継がれるものだ。私からお前に受け継ぐ。、一つだけ約束してくれ。その腕輪を絶対に本にはめてはいけない。」 金色の腕輪はとても重く、手首にはめるにはブカブカだった。 はめたくても、はめられないね。笑いながらその本を持って自室にもどった。真剣な顔をしていたシエスタの心が想う気持ちまでは私の能力でも分からなかった。 その2つを私は机の引き出しにしまって、鍵をかけた。とても大切なものなのだろと理解はしていたから。 その日の深夜、夢の中にいた私を「無」が叩き起こした。 聴こえない・・・。一階で寝ているはずのシエスタのメロディーが聴こえない。」 あわてて布団を出た私は蝋燭に明かりも灯さず感覚だけで掛けるように階段を下りた。 窓から差し込む月明かりが照らす白いシエスタの顔。 揺すっても、叩いても反応の無い体。 「そうだ、あの本に何か書いてあるかもしれない。」 考えるよりももう、体が自分の部屋に向かっていた。もらった本と腕輪を急いで引き出しから引っ張り出し、下りてきて、命を回復させる記述が無いか腕輪を本に嵌めようとした瞬間、背後から壁に伝う長い影に全身がこわばった。 『、それをはめてはいけない。』 カラン、ラランとても優しい音色、まだ存在を確認していないのに音色だけで安心した私はゆっくり振り向いた。 ドアに寄りかかり、微笑んでいるアクアマリンの瞳に銀髪、額には角のような突起がある。 容姿は違うが、子供ならではの感覚とでも言うのだろうかそれがすぐに誰だか分かった。 毎日一緒に遊んでいる友達をそう簡単に見間違うわけない。 「ココンちゃん?」 ふっと笑う表情がとても印象的だった。シエスタはそうゆう上品な笑い方をしなかったから。 ココンは私の前で膝を着いて、私の右手をとり甲に軽いキスをした。 まるで氷のように冷たい手だった。 『本当の名前はリバティという。、我主よ。その本と腕輪をはめ合わせると私たちは消滅してしまうんだ。それは今ではない、だからはめてはいけないよ。』 「・・・シエスタ死んじゃったね。」 『でもに会って、彼の人生はとても綺麗な音色になった。幸せだったと思うよ。』 人間が一人ではないことの幸せさを学んだのは間違いなくこの時だった。私が出会ったシエスタはとても怖い人だった。 話しかけるのは止めようと思ったことすらある。でも月日が過ぎていくたびに開いていった心、そして今、幸せそうに微笑んで死んだから。 私はシエスタの頑固病の薬になったのかもしれない。 『我主よ、私は自分の身をセフィーロの外れに移す。いつか、私から一度迎えに行くよ。 それまでバカラと腕輪を持っていてね。歌法伝来師の本当の仕事をするときは、僕がそばにいてあげる。』 「本当の仕事?」 『そう、が大きくなったらわかる。それまでしばらくお別れだ。』 次に会うとき、僕は君を泣かせてしまうかもしれないね。 輝く満月の空を、馬から元の姿に戻ったココンが飛んでいった。 私はそれを窓越しに見送って、次の日には街に立派な石を買いに行った。 お店のおばちゃんにシエスタの墓石だよっていうと、彼女は信じられない、と言いたげな顔をして泣いた。 嫌われてたおじいちゃんだったけれど、救った命の多さはとっても多かったんだ。 シエスタの体は重くて、墓に埋めるのに4時間かかった。 私は立派な歌法伝来師になるための一歩を踏み出さなければいけない、その強い気持ちと裏腹、もう一緒に遊ぶ馬がいない、勉強を教えてくれるシエスタがいない。 静か過ぎる森の小屋で、一人3日間泣いた。 それから毎日シエスタのお墓に座って勉強した。彼が見守ってくれるような気がしたんだ。 数日後、幼い私はある出会いをすることになる。 シエスタより慕い、本当に何でも話せるまるで本当の家族のような存在になる男性との出会い。 人々は彼を導師クレフと呼ぶ。