伝説




伝説之十六






城を後にして、ある程度の距離はクレフの精獣の背に乗り移動した。 ランティスとラファーガを護衛につけたのは目的地がセフィーロの「はずれ」と呼ばれる地域だからだという。 エメロード姫がいなくなったあと、いつまでも存在する人々の不安が集めに集められ結界で封印されている地域。 ここには今だ魔物が生息している。闇から生まれた魔物たちは昔、戦った魔物のような害は無いのだという。 ただ、人間の姿を見たことが無いため今回遭遇したら厄介なことになりるかも知れないという保障だ。 「封印解除!」 クレフによって封印が解き放たれた一瞬で全員その地域に足を入れた。 まるで下界とは違う様子、それは生息する植物が違うからだろうか。真っ赤な木や、真っ黒な花、そんな不気味な雰囲気が漂っている。 「見かけほど酷いものではない。」 グロテスクな黒い花に見入る海にラファーガが背後から声をかけた。 「その花は食べることもできるぞ。薬湯にも使用される。」 「え“・・・。」 思いがけない言葉に苦い虫をかんだような反応をしたウミにクレフが軽く笑った。 ようやく綻んだクレフの表情にランティスは安堵、それに気付いた風もつられるように笑った。 「この奥地にリバティのいる洞穴がある。」 クレフが杖で指し示す先には薄っすら水面が見える。あれはガラハードという泉だ、とラファーガが付け足した。 「クレフはリバティと知り合いなのか?」 「ああ。一度だけがいなくなってから訪れたことがある。」 「そんなに簡単に会えるの?」 「当時は苦労したな。あのマシンの結界を破らなければ入ることが出来なかったが、この腕輪があればあちらから姿を見せるだろう。みんな気をつけろ。」 リバティはなかなかの厄介な性格をしてるからな。 クレフの意味深げな一言に、ランティスはかつて兄に付きまとっていたある女の性格を思い返す。彼女も乙女な反面、厄介な性格をしていたことはみんなの記憶に刻まれている。 「・・・アルシオーネ。」 口にしなくてもいいのに、ボソリと放ったランティスに魔法騎士3人突っ込みをいれようとした刹那 「いや、もっと重症だ。」 クレフの空かさぬ証言に全員が凍りついた。 「うっわぁ、何この湖。」 この土地にそぐわない美しさを魅せる湖に海から感嘆の言葉が漏れた。 透き通る水はエメラルドグリーン、透明すぎで何十メートルもある底が見えるのではないかと彼女は走り出し、身を乗り出して水面を見ようと試みる。 それを目にしたクレフは慌てて海に駆け寄り、背後から抱きしめる形で、彼女を水から遠ざけた。 「な!何よクレフ!!いきなり大きくなっちゃって。」 一瞬で真っ赤になった海に軽い溜息を吐いて、さらにズルズル湖から遠ざける。 「見た目に騙されるな、あの水は人間の皮膚を溶かす。」 「...。」 さぁっと真っ青になった海を放したクレフは、全員を自分よりも背後、安全な位置に立たせ懐から腕輪を取り出した。 「この湖の底がリバティの神殿だ。ランティス、ラファーガ、3人の護衛に勤めろ。万が一のときは私のことは置いていけ。優先させるのは魔法騎士だ。」 「了解しました。」 ラファーガの返答を聞いたクレフは腕輪を湖に投げ入れ、即座に杖を掲げた。 瞬間、湖の中心から舞い上がったすごい風、それは水を巻き込んでまるで津波のように彼らが立つ方向へ迫ってくる。 「まぁ、肌が溶けてしまいますね。」 「ちょっと風、あなた何落ち着いてるの?!いやぁ、クレフどうにかして!!」 悲痛な叫びに片唇を吊り上げポーカーフェイスを見せた導師は、「言われなくとも」とでも言うように魔法を発動させた。 「守護防壁!!!」 迫る水を一滴たりとも浸入させない。さすがセフィーロの導師、戦いの無い現世でも魔法力は今だ健在だ。風と海を護るラファーガは彼の背中を背後から見据えた。 「お、終わった。」 波が過ぎ去り魔法が解かれると、海は安堵しそのまま地面にガクッと膝を着いてへたれ込んだ。顔を上げればす目の前にあるクレフの背中。 それは緊張を帯びていて、手はさっきよりも強く杖を握り締めている。 「海さん、あれを・・・。」 座り込んだ海に風が掛けた声は緊張に満ちていた。彼女が見据える先、クレフの体で見えない前方を脇から覗かせた。 先まで透き通るように美しかった水が真っ黒に染まっている。 そして水面に浮かぶ動物。 あれは一角獣。