伝説




伝説之十五






バンッっと大きな音を立てて開かれた導師クレフの仕事部屋、丁度フェリオとランティスが恒例の城外の様子を報告に来ているところだった。 「プレセア?」 いつもならきちんとノックをして失礼します、と入ってくる側近の形相が今日は恐ろしい。 彼女の後ろには3人の異世界の少女達。 長く見なかったマジックナイトの防具を身につけていることに部屋にいた3人の目が見開かれる。 「フウ、来てたのか。どうしたんだ、その格好は。」 地球からこちらにきて真っ先にプレセアの所に向かっていたため、こんな形で顔を合わせることになったのだ。風はそれに反応することなく、じっとクレフを見つめている。海もそして光も。 導師クレフが持つ歌法伝来師の存在に対する本心に気付いてしまったのか、とランティスは心の中で溜息をついた。 「導師、お人払いをお願いいたします。」 一瞬ピクリ眉を動かし、いつもと違う様子の4人を前にクレフは腰掛けている椅子のアームに腕を置き、怪訝さを現すようにプレセアを見据えた。 「王子もランティスも信用のおける側近だ。それでも払う必要がある話か?」 「のことでお伺いしたいことがございます。」 「?」 一瞬クレフの表情が驚きに変わったかな、と思ったが気のせいだったようだ。それは刹那の表情、いまはもうすでに相変わらず険しい顔をしている。 「ヒカル、ウミ、フウの3人が彼女をチキュウで見つけたと。」 続けたプレセアの言葉に驚きをみせたクレフの目、ランティスとフェリオはクレフと違い喜びを帯びた表情をしている。 「やりましたね、導師!」 一人歓喜を語りかけるフェリオに返ってくる言葉はない。マジックナイト3人とプレセアは未だに厳しい表情をしているクレフに目を細めた。 まさか本当に、彼が彼女の還る道をシャットダウンしたのではないかという推測が脳をかけ巡った。 下を向いたクレフの態度に疑問を持ったフェリオはランティスと顔を見合わせ口を噤む。 張り詰めた空気の中、魔法騎士が今回持ってきたの証言とあの本についてプレセアが話し始めてからクレフが驚愕するのに時間はかからなかった。 「・・・私が、帰還に必要なその本をマシンのもとへ持っていっただと?」 「プレセア、本気で導師がそんなことをなさると思っているのか!?」 あからさまにプレセアの発言を非難するフェリオをクレフが制止する。プレセアは俯き唇をかみ締めている。 分かっている、何かの間違いに違いないと。しかし情報を持ってきた異世界の少女達を疑うことは出来ない。 そしてクレフの行動が本人の証言とあっては本人に確かめる以外方法がないではないか。それに先ほど見せていた彼の苦い表情も気になる。 「身に覚えがないな。」 クレフは手を顎にそえ、記憶を抉り出すかのように頭を抱えている。リバティ、確かにあのマシンが纏っている精獣の居場所は本人から聞いて知っている。 亡くなったエメロード姫があの地へ赴いたことなどないであろう。私は一度赴いたことがある。 がこの世界から消えて数十年したころ、帰ってこない娘の情報を集めているころ。あの精獣の元へ行ったことがある。 しかしそのころ私は本の存在を知らなかった。持っていけるはずも無い。 「私がプレセアから本の存在を知ったのはその数十年後だ。」 やはり間違いか。誰もがそう心の中で安堵しすると同時に訪れた静寂。窓から温かい風が流れこむ。 つかの間の静けさを破ったのは、今回質問攻めにあった男性の恋人。 「クレフ、さんね私たちに言ったの。リバティーを殺してくれって・・・。」 消え入りそうな涙声を発したウミに前方に立っていたプレセアが振り返った。 海がプレセア、基シエラの前で泣くのは初めてのことだ。 「でもそしたらさんも消滅するって。もう記憶だけをもって還る憧れを持って生まれ変わる人生なんていらないって。」 海の涙に眼を細め、苦い顔をしたままのクレフは「・・・そうか。」と一言吐き、杖を持って立ち上がった。 娘に自殺すると言われたようなものだ。その感情を本当に理解できる人間は今この部屋にいない。 3人の少女がリバティ殺害を実行に移すとは思わないが、の硬すぎる決心に心の中でやるせない感情が渦巻く。 いまだ机上に飾られていた彼女の写真を見据えて、事の真相を突き止めなければと懐に忍ばせていたあの腕輪を握り締めた。 「ランティス、防具に着替えラファーガを呼んできてくれ。」 フェリオ王子は城の職務を頼みます、と掛けられた言葉に若き王子は頷く。 最後に今回の話を正直に告げてくれたプレセアと異世界の少女にありがとう、と消え入りそうな小声で呟いた。それは彼女達に届くこと無く、自分でもなぜありがとうなのか分からなかった。 けれど... 「リバティーのところへ行く。ヒカル、ウミ、フウ、私と共に来てくれるか?」 空の蒼さに勝るくらい聡明に、迷いなんて言葉はどこにもなかった。