伝説
伝説之十二
「あなた達が私を知っているということは、歌法伝来師の伝説の話をセフィーロで聞いたのね?」
「はい、クレフさんが説明して下さりました。」
「私はヴァル、歌法伝来師。歌と音楽の力を魔法に有効化させ病を治す力を持っている。昔も、そして今も。」
「現在も、ですか。」
「ええ。・・・見せた方が早いわね。」
テーブルの上でユラユラと灯る蝋燭を指に当てた。
熱いと思うのはほんの3秒程度、その後は神経がやられて痛みなど感じないものだ。
「さんッ!何を!!」
蝋燭から離された指は血のように真っ赤に、肌の組織も崩壊している何とも痛々しい状態。
その指に反対側の手を当て彼女は短い音階を口ずさんだ。
そして離された手の下には完璧に治った指、それを信じられないような目で見つめる3人の少女に微笑む
。
「この力は私がセフィーロに戻り死ぬまで離れることはない。
この国に住んで1500年、何度も生まれ変わったわ、だけど生まれ変わってもセフィーロの記憶とこの力だけは失われることがなかった。」
「時間の軸が違うんですね。地球では1500年経っていてもセフィーロは異世界、あちらでは10秒しか経っていないとしてもおかしい事ではありません。」
「そう、セフィーロではもう何年経ってるか分からない。」
「500年、とクレフさんは仰っていました。」
「そう・・・、500年か。」
悲しげに呟いたは注文した飲み物に手を付ける。
「あなた達がエメロード姫に召還された時、」
エメロードという言葉にはっと顔を上げた3人に目を細めは笑った。
「安心して、私はエメロード姫を殺したあなた達を恨んでいないわ。彼女の願いを叶えてくれてどうもありがとう。」
「さん、なぜ私たちが言わんとすることが分かるんですか?」
いい質問だ。
「・・・人間ってね、誰もが皆独特の旋律を持ってるの。
感情が高ぶれば過激な旋律、弱っているときは悲しい旋律、それが嫌でも聴こえる、歌法伝来師の能力よ。
あなた達が今さっき持っていた旋律は恐れのメロディー。」
「す、すごいんだね。」
そう、そんな凄い力をもって生まれてしまった何ともおろかな人間なのだ。
「・・・。あなた達がセフィーロに行っていた間、地球の時間は停止していた。私以外は。
元々異世界の人間だからか私の時間だけは止まらなかった。
あなた達を召還するエメロード姫の懐かしい声が聴こえて、東京タワーに向かったわ。
そしてまた地球の時間が動き出し、あなた達3人が抱き合い泣いていたあの時、私も東京タワーにいたのよ。」
実はね、とアイスティーを啜りながら当時のことを想う。
あの日、東京タワーで私は涙を止めることができなかった。いつかまた会えると想い続けてきた姫の死に泣き崩れたんだ。
あの方は私にとって姉のような存在だった。
「そして柱の伝説後もあなた達がセフィーロに行っているのを知って、腕輪を渡しに行ったの。」
本題か、と風は真剣な眼差しをに向けた。
「私には還るところがないのよ。」
アイスティを握る瞳からは一筋涙が流れていた。
「そんな!還るところはあるわ!クレフだって、他のみんなだって待ってる!」
海が叫んだ悲痛な言葉が旨に突き刺さった。
「レイアース、セレスそしてウィンダム。魔法騎士のあなた達が乗ったマシンの他にもう一台存在するのは知っている?」
「え?」
いえ、聞いておりません、と告げる風の言葉に肩を落とした。
導師クレフがこの話を伏せているだろうことは分かっていたが、実際に聞くと旨に刺さる。
「・・・マシン、リバティ。4代目のマシン。
レイアースが獅子を纏っていたように、セレスが龍を纏っていたように、リバティも一角獣を纏っている。今もどこかセフィーロにいるわ。」
「そのリバティというマシンはまさか、さんのマシンですか?」
勘が鋭い子だ、と風を前に首を一度縦に振った。
「私が星を滅ぼすため、力を発動させたときリバティはこちらの世界に召還される。あの子はそれをずっと待っている。」
あの腕輪わね、と続ける目が鋭くなったことに3人は気付いた。
言葉を発することなく、次の話に耳を傾ける。
「あの腕輪は、リバティを呼び寄せセフィーロへ帰る際に必要となるものの内の1つ。」
「ということはまだ他に必要なものが?」
「そう、代々の歌法伝来師に伝わるバカラという一冊の本、というそしてあの腕輪。この2つ揃ってがあって初めて帰れるの。
リバティを召還し星を滅ぼした後、腕輪に祈るとバカラがある場所に飛ばされる仕組み。
つまり本がセフィーロにあればセフィーロ帰れる。その本がファーレンにあればファーレンに帰れる。」
「なるほど。」
頷く3人。此処から先の話はきっとこの子達を傷つけるだろう。
それでも知る必要があることだ、私がセフィーロへ帰れないことを納得させるために。
「歌法伝来師の伝説開始の時期を悟った私は、その本を“プレセア“にあずけた。
持っていてほしいとお願いしたわ。いつかセフィーロに帰れるように。」
知るはずもなかったのだ。星を一つ滅ぼすだけだと思っていたのに、まさかこんな世界に飛ばされるなんて思いもしなかった。
なんてついていないんだろう、なぜこの豊かな地球が滅ぼされなければならない?
地球人の命に数を私一人の人生と引き換えになんてできるはずがない。
「エメロード姫の声が聴こえ、あなた達がこちらの世界に帰ってきたあの時、セフィーロの記憶が私の中に流れ込んできた。
エメロードの記憶や、国崩壊の様子、全て。それがなぜ起こったのかは分からない。
その中に、あの本の記憶とリバティの記憶も断面的にあった。
プレセアが持っていたあの本が、ある人物によってリバティに渡された記憶よ。」
そこまで続けると風がはっとしたように目を見開いた。
きっとこの子はもう気付いてるだろう、そこで何かが狂っていると。
「バカラを今リバティが持っているのなら、私がこちらの世界でリバティを召還したときにあの本も地球までくっ付いて来るわ。」
「ッ!それって・・・。」
そう、これが事実。信じたくないが、セフィーロの意志ならば逆らうことはできない。
「・・・祈ってもまた召還されるのは地球。セフィーロには帰れないということよ。」
「で、でも誰がそんなことを?」
分かっているのだ、だれがあの本をリバティの眠る洞穴に持っていたかなんて。
口にしてしまったら今度こそ張り詰めてきた糸が切れてしまうだろう。でも楽になれるのかもしれない。
もう、背負うものなんてないんだ。
「私のマシンが眠る場所を知っているのは私以外に2人。」
「今は亡きエメロード姫、そして・・・。」
「導師クレフ。彼だけ。」
クレフが、嘘でしょう?と発したい言葉をつぐんで3人は膝に目を伏せた。
本人がこんな嘘を付くはずがないのだ。
「・・・昔からね、私も自分で薄々思ってたの。歌法伝来師なんていなくてもセフィーロはやっていける。
それどころか魔法で何でも治せる医者なんていない方がいいの。」
そうでないと、人間は自己治癒力を持つことを忘れてしまうから。
「薬師ゲイルと治癒師カロルだけで充分、ヴァルは私の代で終わらせる。
都合のいいことにヴァルの存在を知る人間はセフィーロにもう数えられる位しかいないだろうし。」
「終わらせる、ですか。」
ええ、と空になったグラスを遊ばせた。カランとなる氷が悲しい音を鳴らす。
「歌法伝来師が存在する意味がなくなれば、オールOK。」
無邪気に笑うに3人は疑問の眼差しを向けた。言わんとすることを予想できない。
「3人とも、私の最初で最後のわがままを叶えてくれますか?」
微笑んだ表情が異国の姫と重なった。
何かを決意した人間の強い眼差し、の同じそれを目の前に嫌な予感が全身を駆け巡った。
「セフィーロにいるリバティをあなた達のマシンとあの腕輪で殺して欲しい。」
