夜が訪れた。
レベイユ一のデザイナーが作った真紅のAラインドレスを身に纏い、髪には白い生花、キリル様に貰ったネックレス、母のマリマリさんに贈られたダイヤのピアスとリングをつける。最後に物心ついたときからいつも持ち歩いている銀の懐中時計を忍ばせ、客人、とは言っても四大公爵家やパンドラ関係の人間が多く集まるパーティー会場へ向かうため、自室の扉を開けた。
「ステレア!!綺麗!!!さすが俺たちの妹ジャン!!」
「美しいぞ。本当になぜお前が婚約者候補にいないものか・・・。」
「こらこら、親近結婚はまずいでしょ。それより、兄さんたちのためのパーティーなんだからね?エディー兄さんは?」
「やる気ゼロだ。あいつはパンドラの人間が好きじゃないからやる気も起きんのだろう。顔は出すと言っていたが。」
「まぁエディー兄さんにはオリヴィアいるしね。」
父のハルド・ラングフォードが企画した今夜の社交パーティ。それはいまだ未婚のいない3人の息子の嫁探し。もう上は28歳になるというのに、この女性だという人が現れず、その上政略結婚を拒み続けている兄であるアルフとパール。
いい加減に結婚してほしい。死ぬ前に姪か甥の顔を見たい。
「それにしても今日は豪華なメンツだなぁ。」
「本当だねぇ。」
「おお!!シャロンちゃんも来てるジャン!」
「早く告白しろよ。あ、でも俺より先に結婚は許さん。」
会場の大広間とダンスフロアを筒抜けになっている最上階のバルコニーから双眼鏡で見渡しす。3人がそれぞれの双眼鏡を覗くする姿ははたからみたら面白いものだろう。
「おーい、3人共。オリヴィア見なかった?」
「あ、やっとエディが出てきた。オリヴィアならもう会場で手伝いしてるよ。」
「では全員揃ったところで行こうか皆の者。」
「よっしゃ。エスコートしますよステレアお嬢さん。」
「パール兄さんその話し方気持ち悪い。」
そして開けるパーティー会場。
4人のラングフォード登場に客人から歓声が上がった。
「ステレア様ご機嫌麗しゅう。」
「相変わらずお綺麗で惚れ惚れしてしまいます。」
「本当に、絢爛のアイリスはパーティーの華ですわね。それよりステレア!私実は良い殿方に巡り会うことができましたの。」
声を掛けてくる知る顔は社交界パーティーの常連のお嬢様方。着飾った彼女達に囲まれ、とりあえず褒められる。そして褒め返す。着飾った彼女達は毎回もっともっと美しくなっていく。
もう何年も一緒にパーティーに参加しているメンツだ、親近感も生まれるし、共通の話題も増える。結婚した者がいれば、恋愛に奮闘している者もいる。近況を報告しあうのは楽しい。これだから社交パーティーは止められない。
チェインと契約し、こういった公の顔に顔を出しにくくなるのは世間一般の話。私のように例外もいる。
「皆様、ご機嫌麗しゅう。」
扇を手に丁寧な礼をし輪の中に入ってきたシャロンに目を配らせる。久しぶりに社交界へ出てきたシャロンに一同は優しく笑いかけた。
「これはシャロン様、お久しぶりでございます。」
「お元気でしたか?ステレアから話を伺うばかりで会えずにいたこと心残りに思っておりました。」
顔を赤らめ嬉しそうに俯く彼女の髪を掬って、笑いかける。
綺麗な子だ、そう思った。
「髪、ブレイクがやってくれたの?」
「あ、はい。そうです。」
アップされた髪。少し残された長い髪は美しく結われている。全ての髪をアップしていたらシャロンでシャロンではないような雰囲気を出すことになっただろう。彼女の表情と良いところを生かしたヘアースタイルはセンスがいい。
「上手だね。手先が器用なのは相変わらず。」
「ええ、全く。私の髪も結っていただきたいものです。」
「とてもシャロン様にお似合いですわ。その従者の方というのは?」
「あちらに・・・。」
手でバルコニーに繋がる窓に背を向け、シャロンに視線を向けている男に一同の目が行った。いきなり全員に見られ一度驚いた表情を見せたが、すぐにヒラヒラと手を振って返す。
「あの方がシャロン様の。」
「素敵な従者ですね。お顔が美しいこと。」
ポッと顔を赤らめた独身のお嬢様に笑みがこぼれた。惚れたか?そんなことを考える自分がいる。この子は女豹だ。結構いろいろな殿方に手を出しているというし、面白いことになるかもしれない。
「レベッカ、お声を掛けてみてはいかがです?」
私がそんなことを言うと、シャロンが「ええ?!」って表情で私を見た。そんな彼女と、彼女達に笑いかける。彼女は声を掛けるだろう。私の家の男従者ももう2,3人彼女に食われたし。
「では、皆様後ほどまた。」
ドリンクを配る従者に目をつけ歩き出す。手に持っているシャンパンクラスが空になった。
結局シャンパングラスではなくボトルを持ってさっき兄たちと人間観察をしていた最上階に戻ってきた。
『ステレア様、私と庭へお散歩へ行きませんか?』
『あの、このパーティーのあとですが・・・』
私に声をかけてくる男は多い。その夜の関係だけを目的に近づいてくる輩なのは分かってる。だから綺麗に笑いかけて、ごめんなさいと一言告げればそれ以上話かけてくる者はいない。
本気だったら、パール兄さんがシャロンに詰め寄るように必死になるはずだから。
4つ並んだ双眼鏡の1つをとって、また下にいる人間を観察する。
「やってる、やってる。」
パールがシャロンに詰め寄るところを眺める。バッと豪華なダリアの花束を渡した兄さんに、おずおずと受け取り男がメロキュンになる顔で微笑んだ彼女。
「押しが足りない。」
なんて、手にキスをされたシャロンは顔を赤くしているけれど。
「エディーはオリヴィアにべったりんこ。」
彼女に仕事をさせず、ずっと腰に手を廻しているし。火が噴きそうに顔を赤くする彼女が不憫だ。3人の兄を目当てに集まってきた女性達なのに、目の前でその一人に従者がチヤホヤされていては立場がないだろう。
「アルフはお母様とお喋り。マザコンは抜けないねぇ。」
そんなんだから28歳にもなって女ができないんだよ。顔はいいのに。
「ん・・・?レベッカが一人じゃない。」
なーんだ、ザークシーズに声かけなかったんだ。残念。心の中で呟いた。持ってきたボトルの中身をグラスに移そう。そう思っていたら、後ろからシャンパンボトル特有のコポコポと音がする。
振り向けば、手袋を外したザークシーズがそれを注いでいた。今頭の中にいた本人登場にビックリだ。
「やっと見つけましたヨ。」
「見つかちゃった。」
パーティーの主催者の娘を探しに来たのかと観念して両手を挙げた。だって、私を会場へ連れ戻しに来たものだとばかり思っていた。でも、当の本人はグッと俯いて、嫌そうな目でグラスを見ている。
「・・・どうかしたの?」
「どうかしたのじゃありません!コレを見なさいこれを!」
彼がテーブルに投げたのは外した手袋の片方。べっとりついた赤いそれに目をしかめた。そして彼の口元にもソレをなびった跡が薄っすらとある。
それは口紅だ。
「あー・・・レベッカ。」
「ええ。声を掛けられました。あなたの差し金だそうで。」
グッと手を握り、悔しそうな男に心中大笑いの声を上げた。笑っちゃいけない、そう自制して笑みがばれないように手を口元に当てた。
「で、不意打ちで唇奪われちゃったって?君、顔赤いよ。可愛いとこあるじゃないレインズワースのブレイク君。」
「・・・・。」
「まぁ、本気ではないでしょうよ。レベッカは。パーティーよ。お酒が入ってある程度の悪ふざけは許される席、笑って寛容しましょう。というか寛容して。」
ハートがついてきそうな駄々コネ語尾で、手をヒラヒラ中に靡かせそんな事を言えば、ザークシーズが開き直ったかのように顔を上げた。
その顔には自信満々という文字が見える。口元に悪巧みをする笑みを浮かべた男に手を掴まれ、引き寄せられたのは一瞬の出来事だった。
「では、今度は私の悪ふざけに付き合ってもらいます。」
「は?・・・んッ!」
更に寄せられ頭と腰に当てられる手が強い。そして、唇に唇が重なる。身を引こうとしても引けない。この男の力に叶わないのは昔から分かってる。
「・・・ッ、」
息継ぎも忘れてしまうほど深くなった口づけに足の力が全部抜けてしまいそう。
貪るように、深く、もっと深く。
下の会場から響く規則だ足しい音程の音楽、乱れのないザークシーズの息遣い。乱れているのは、自分だけだと思い知らされる。恥ずかしさで涙目になった私を解放した唇が、降りていく。顎をなぞり、首元へ。
行き場のなかった腕を彼の男にしては細い身体に廻す。その行為に、彼が少し笑った気がした。
「失礼しますね。」
肩で結ばれたドレスの紐を解かれ、晒された胸の随分下に残されていくキスマークに抵抗できない。
それくらい、私は彼で満たされていた。
それは全部、全部呑んだシャンパンのせいなんだ。
「ステレア、なんか蒸気していないかい?」
「え、あははは。何のことです叔父様。嫌だわ、ちょっと呑みすぎちゃったかな。」
ダンスフロア解禁のファーストダンスには間に合った。乱れたドレスを正して、飛び込んだ化粧室でメイクと髪を直し下へ降りると、当主のキリルが私をエスコートする。
彼は、相変わらず。
「お綺麗ですよ叔父様。」
「だろう?今回はステレアに合わせAラインにしてみたんだ。君が赤を着ると聞いたから、私は黄色だ。ダンスフロアは華やかな色がいい。」
男の癖に華奢で、女の子と言われても頷ける容姿を持って産まれた男の趣味は、女装。その趣味ゆえ、社交界では密かに変人と言われている我が叔父。
彼には、女性のドレスが似合う。
さすがに胸元はいつも隠しているけれど。
手を引かれ、拍手喝采の中向かうダンスフロアの中央で、2人の女性が両手を取り合いあった。オーケストラが奏でるモダンな曲に、動き出す身体。私のダンス好きは、間違いなくこの人の影響だ。
彼女は気づかない。
観客が、その場の雰囲気が、曲を奏でる人間が、完璧なまで優雅に踊る彼女に魅了され、心動かされてしまうことを。
「絢爛のアイリスはいつまでも健在だな。」
「レイムさん。あなたもいたんですか。」
「失礼な。お前がいない間ずっとシャロン様に同行していた。」
「あら、それはすみませんネ。ちょっと立て込んでいたもので。」
「それよりお前は何をそんなところに隠れてるんだ?」
「・・・女豹がいるんですよ。」
「なんだそれは。」
使われていないクランドピアノの後ろでダンスフロアに目を向けコソコソする男に顔をしかめる。さっきもその女豹から逃げていたせいで姿が見えなかったのか?
「だったら上にいればいいだろう。ステレアに言えば一室借りれるんじゃないか?」
「さっきまでいたんですけど、踊りに降りると生殺しにされまして。」
「は??生殺し?」
お子様なレイムさんには早い話。馬鹿にしたように笑った男は、ふいに背を壁に預け、ダンスフロアに目を細めた。
「それに見たいじゃないですか。」
俺もまた、促されたように絢爛のアイリスに目を戻す。
「もう、何度あの踊る姿が見れるかも分かりませんから。」
口を噤んだ。
それは、私も同じだったから。
少しでも沢山、少しでも多く彼女の舞う姿を目に焼き付けておきたくて。
「シャロンお嬢様もパール様と踊るといっていた。」
「ええ?本当ですかソレ。」
「なんだ嫌なのか?兄のヤキモチはカッコ悪いぞ。」
「君に言われずとも・・・。」
「キリル様には妬かないのか?」
「レイムさんどうしたんですか、そんな積極的なのあなたらしくありませんよ?」
「結構呑んだんだ。悪ふざけだと思って答えろ。」
「悪ふざけ、ねぇ。君も結構ステレアに侵食されてますね。彼女も今日そんな事を言っていた。」
「で・・・?」
俺はニヤニヤと笑っているのだろう。妬く、という答えを期待して。
「妬きたくても妬けませんよ。だってあれ、女性ですよ相手。」
「・・・。確かに。」
女装した男とはいえ、見た目は完璧な女にまでヤキモチを妬いてしまうほどザクスは子供ではないようだ。
「どうだ、お前も今日は盛大に呑まないか?」
「本当どうしたんデス?あなた今日ちょっと変です。」
「いいから付き合え、失恋したんだ。」
「はぁ!?!?何ですかそれ聞きたい。」
夜は明けたばかり、本当のパーティーはこれからだ。
月が美しい秋の終わりに、ずっと焦れている女が他の男と踊る姿を見た。