酔いつぶれた一同を部屋に残し、ベランダへ出た人物が3人。
吹く夜風はまだ暖かさを帯びていて、ストールが東に向かいまるで流されるように揺れた。
「ご存知の通り、私はの中で唯一の女です。」
『さんのこと教えてよ!』
そう言われ、少し考えた。一体、何処までを話すべきか。私の過去の事、ザークシーズすら知らないこともある。
この少年とザークシーズが知っているのは、私の2つ目の人生。
「ですが、この家と血の繋がりはない。養女です。」
「養女?」
「ええ。レベイユ市内の公園で死にかけれいるところを父のハルド・と母のマリアンヌ・に保護された。」
椅子に座り話をする私達の横でザークシーズはベランダの格子に身体を預け、耳を傾けている。
「レインズワースが男子に恵まれない様に、は女子に恵まれない。昔から変わらない事実。私の両親だけでなく、家の者は皆私を唯一の女として可愛がってくれた。」
自分の身の上話など、レイムとザークシーズに話して以来だ。聞かれなければ自分から話すこともない、過去。友は少ない、そして私に興味を持つ者も。でも、悲しくはない。家族と、少ない友だけで私には充分だ。
「私が自殺未遂の常習者だったことも事実。」
死ぬことしか、考えていなかった頃。
「私には婚約者がいてね。もう十数年前。私の全てを愛してくれた男性だった。オズ様に会ったのもその頃です。あなたの目に私は、幸せな女に見えていましたか?」
「うん。常に優しそうに笑って、幸せそうに映ったよ。」
「その幸せをくれた男性が婚約者だった。彼に会うまでの私は陰を落とした人間でした。の人間として育つ中、私は自分が養女であることをずっと気にしていた。かまってくれる方々に負い目を感じた。私は、血の繋がった家族ではないから育ててくれた人に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そんな時、」
『君がの人間でなかったとしても、俺は君を愛したよ。』
彼が、私の価値を教えてくれた。
「私の婚約者は・・・ある事件に巻き込まれ命を失った。」
舞っていた風が止んだ。まるで停滞するように。
「彼を失った私は、文字通り目の前が真っ暗になった。描いていた未来は消え、包んでくれた温もりはもう存在しない。一刻も早く彼の元へ行きたい。そのために何度も死のうとした。」
「・・・そんな。」
「食事にも手をつけなくなり、持病も悪化する一方。感情はとうに死んでいた。」
「でもさんは立ち直ったよね。だって、今俺の前で笑ってくるあなたがいるもん。」
「ええ。友人に・・・そこにいるブレイクとレイム・ルネットという友に救われたの。」
「ブレイクが?」
ちらっと視線を送る少年に気づいたザークシーズが瞑っていた目を開く。赤い目が、私を見て、そして彼を見る。
「なんです、その『こいつが!?信じらんない!』って顔。」
「ご、ごめん。だってなんか意外で。」
ふん、とソッポを向くザークシーズに笑いかける。オズという少年の中にある彼のネガティブなイメージを垣間見た。
「無理やり大量の食物を口に突っ込まれ、容赦なく外に連れ出され、ありとあらゆる方法で私を笑わせようとしてくれました。」
『お前が死んだら残された俺達はどうなる!!!!???』
怒り、心に訴えたレイム。
『いい加減にしなさい・・・。彼が守ったあなたの命を粗末にしては私が彼に怒られてしまう。』
私の婚約者と個人的に交流のあったザークシーズは彼が守った命を蔑ろにする私を許さなかった。
「あの時彼らがいたから今の私がある。これでも感謝してるよ、ブレイク。」
知ってた?そう笑う彼女に、彼は苦笑した。
「知ってますよ。」
ああ、この2人はお互いの事をよく分かっているんだ。
彼女が言うように親友なのか、シャロンちゃんが言うように恋人なのか。どの言葉が彼らに当てはまるのかは分からない。だけど、少なくともブレイクは俺達の前では見せない柔らかい顔を、さんの前で躊躇なく見せる。
特別な存在なんだろう。
「まださんとブレイクが隠してることを、聞ける人間に俺がなったら。」
瞳を大きくする2人に笑って見せる。
「その時は聞かせてくれないかな。」
人の感情を見抜くのは、得意なんだ。
「・・・本当に聡い子だこと。」
「ええ、全くです。相変わらず可愛げのない。」
夜が静かに過ぎて行く。雲に隠れ、また姿を見せる月は明るかった。
婚約者を失くして狭まった世界で、私は今こうやって友と、その友と席を囲い自分を見つめられている。忘れたかった自分の過去をここまで穏やかに話せるようになるため費やした時間は十余年。長いようで、あっというまに過ぎて行った中で手にした今をこれからも守っていきたい。この命がいつか、尽きるまで。
それは、私が生き続けたことに対しての対価。
幸せということなのだろう。